コップの中の漣

Pman

カランコロン。
揺れた水面に、彼の顔が映る。
見間違いじゃないみたいだ。


十数年前、高校生の私。
まぁ、よくある話だけど私が野球部のマネージャーで、彼が野球部の部長だった。
甲子園につれてってくれるっていう条件で私は彼と付き合った。「君が好き」だって言われて。
でも、結局甲子園には行けずに、半年くらいで別れた。
彼はものすごく悲しそうだった。
私は引き留められなかった。引き留めることで彼の覚悟というか、プライドを壊してしまいそうで。付き合った半年で、私が彼に夢中になってるとも知らないで。


部活が終わってからも、私は彼と一緒に帰ったり、家に呼んだりした。友達のままでいい、けど彼はフった相手にそんなことされるのは嫌だったみたいで、私は本当に嫌われた。


「久しぶり」「ごめん」
もういちど会ってからかけたい言葉。
どんな言葉をかければいいのかわからない。謝るのはまた彼との思い出を傷つけそうで、怖い。何故か彼から来てくれるんじゃないかって、変な淡い期待を抱いている。大人としていい加減けじめをつけるべきなのに。


「やあ」


どこからか、彼の声が聞こえた。
声は若々しく、懐かしさを感じさせた。
そう、その声は麦茶のカップから。


「慶斗……」
「薫、この前はごめん」
「え?」
「覚えてないか?あの日だよ」
水面に映る彼はやはり若々しくて、十数年たったものとは思えない。
当時の彼に繋がったのか?
これは、私の脳がおかしくなっただけの幻覚ではないのだろうか。
何故、今に限って?
麦茶に何かあるの?
そうだ、私が麦茶にライムを入れるなんて暴挙をし始めたのは、彼との罰ゲームからだった。じゃんけんとかで、ジュースおごらされてそのノリで、変なもの入れられた。
私はカップに話し込む。


「あのさ、慶斗。私のこと怒ってる?」


「ん?」


「怒ってるもなにも、俺がお前に怒ったことなんてあったっけ?」


「いっぱい…あるよね?」


「記憶してる限りでは一回もなかったと思うけど」


「じゃ、じゃあなんで謝ったの?」


「甲子園、連れてけなくて」


「全然いいよ、そんなの。私は慶斗といた時間が幸せだったし」


「俺もだ。変なプライドに邪魔されて、別れようなんて言わなきゃよかった」


「ねぇ、そっちから私の顔見える?」


「あー、麦茶に映ってる」


「こんな不思議なことって起きるんだね。私も驚いてる。それでね、私の顔30歳くらいに見えるでしょ?」


「え?全然見えないけど、高校生の薫だよ」


ほんとに不思議だ。私が長年溜まらせていた負の感情かなにかが彼と繋げたのだろう。それとも、やっぱりライムなんていれた麦茶か?
理由はどうであれ、こんなチャンス二度とないと思う。積もらせてきた思いを今吐こう。


「私さ、今…」「俺、言いたかったことがあるんだ」


「「あっ」」


「俺、先にいっていい?」


「うん」


「薫…俺ともっかい付き合ってくれ!」


「ごめん。それは、無理だよ慶斗。私さ、ほんとは今30過ぎてるんだよね。独身だけど、そんなに待てないでしょ?」


「そっちは、今何年?」


「2018年」


「18年待つから、それでも、いいから」


窓の隙間から、小風が通る。
カラン。氷の溶ける音。


返事を考えて、カップを覗き込むと、水面に映ったのは、私の顔だった。







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