読み切り作品集

とんぼ

助けて



※このお話は同性愛を主にした話になります。
   残酷描写あり、死ネタ














「あ、光輝(こうき)!おはよう」

別の友達たちと一緒にいるのに、席に座っていた僕を見るなり挨拶をしてくれる彼。人気者の彼にとってはクラスメイトに挨拶するなんて事普通なのかもしれないけど、僕にとったら挨拶ってすごく大きなものなんだ。

それを、彼は毎日毎朝してくれる。



「おはよう」


莉久(りく)、好きだよ。




_____________



「光輝おはよう!」
「莉久おはよう」

僕が挨拶を返すと、満足そうな顔をして自分の席へと戻っていく。そして彼が戻ると、瞬く間に生徒達が彼を囲む。輪の中心にいる彼は、弾けんばかりの笑顔で会話をしている。

ワイワイとした輪の中に入れていないのは僕。彼の笑い声を聞きながら、胸の中に蟠りを抱える。

挨拶もされないほど地味なクラスメイトの僕。そんな僕に挨拶してくれる彼に、僕は惹かれていった。




「ただいま」
ぽつりとつぶやく声に反応はない。リビングからはガヤガヤとした笑い声が聞こえるばかり。足音が聞こえないようにそろりそろりと階段を上がり自分の部屋に向かう。

カチャリとドアを開ければ、中には小さなペットが待ち構えていた。

「ふふ、ただいま。『りく』」
キュウキュウと鳴きながら僕を出迎えてくれる優しい唯一の家族にそっとキスをする。
こいつは僕が内緒で飼っているハツカネズミ。ほかの仲間にいじめられてるのを見つけて、どうしても欲しくて、どこの誰のものかも分からないこの子を盗んできた。そして名前はりく。

彼の名前を唯一堂々と呼べる時間。唯一呼べる相手。


ここの家は、冷たい。

僕を暖かい目で見てくれる人なんていなかったんだ。

だから、僕には莉久しかいない。

だからさ、君もだろ?



君も、僕しかいなくなっちゃえばいいんだ。


君の居場所が僕だけになればいいんだ。




_________


「おはよう光輝!」
「………おは、よ」
「…?光輝どうしたの?」

いつもと違う挨拶をする僕を見て、彼は僕の隣に立ち止まる。
その光景に、僕は彼に見えないように薄く微笑む。


「…実は、好きな人が、できて」
「っえ!光輝に好きな人!?聞きたい聞きたい!」

そう言って近くにあった椅子を引いて僕の机のそばに座る。
いつもと違う光景。彼は今クラスメイトの中にいるんじゃない。
僕の隣に居るんだ。

「おれで良かったら聞くからさ。なんでも言って?」

こてんと首を傾げ僕の目をじっと見つめてくる彼に、頬が熱くなる。
好きな人がいるなんて、真っ赤な嘘。
好きなのは君だから。知って欲しい。そして、僕のものになって。


「…話したい、けど、その…」
ちらっと周りのクラスメイト達を見渡す。
いつもは輪の中心にいる彼が地味なクラスメイトの僕と話していることに驚いている人達が、僕達を見つめている。それに気づいた彼が、あぁ、と声を出す。

「話しづらいよね。じゃあLINE交換しよ!」
「え、LINE…?」
「あれ、ダメだったかな?」

携帯を取り出した手をそっと引っ込めようとする彼に、慌てて手を止める。

「ううん!その、…嬉しくって」
「へ?」

ぽかんと口を開けて少し固まった後、彼はあははっと笑い出した。

「そんなに!?あはは、光輝って面白いね」
「え、そ、そうかな…ふふ」
「じゃあはい!おれのIDね」
「これで、友達になれるかな…?」

そう言うとびっくりしたように目を見開く。

「何言ってんだよ、おれら友達でしょ?」
「え?とも、だちなの?」
「当たり前じゃん!光輝とおれは、」


友達。


その言葉が、酷く耳に残った。



_________



それから放課後、僕は真っ直ぐ家に帰って自分の部屋に向かう。ベッドにカバンを投げ捨てた後、その上にぼすんと座り込む。体重でベッドが沈む。

スマホを取り出し、LINEを開く。

そこには、彼の名前がある。


「……りく、」

ポソリ、と彼の名前を呟けば、その言葉は静かな部屋に消えていく。

《莉久、光輝です。今日はカトク交換してくれてありがとう》そう打って、ゆっくりと送信する。するとすぐに既読がつき、思わず身構えてしまう。

どんな言葉が返ってくるんだろう、次はなんて返そうかな。

《光輝!うわぁ〜よろしくね! 》

その文面に、思わず口元が緩む。かわいい、その一言だった。

《こちらこそよろしく!あ、それでね、朝の事なんだけど…》
《あ、そういえば言ってたね。なんでも聞くよ!》

なんでも、ね。

《ありがとう。あのね、僕の好きな人は、実は男なんだ》
ドキドキしながら文字を打つ。表情が見えない彼は、この文を見てどう思うのだろうか。彼の顔が見えない事に少しホッとするし、それでいて怖く感じる。

《男の子なの?》
《うん。……引いた?》
《いや、そういうわけじゃなくて!意外だなぁって思っただけ》
《意外、かな》
《光輝って他のやつらと話してるイメージないからさ》
《…でも、その人とはよく話すよ》
《へ〜そうなんだ!別のクラスの子?》
《ううん。同じクラス》
《うーん誰だろうなぁ……あ、》


名前聞いてもいい?


ドクン、と心臓が脈打つ。
言いたい。言いたいけど、彼はどう思うんだろう。
それが怖くて、言えない。

《秘密。莉久はさ、男同士の恋愛ってアリ?》
《おれ?俺は…考えたこと無かったな。男ととかは》
《そっか…じゃあ例えばさ、》

文字を打つ手が震える。


《僕が莉久の事好きって言ったらどうする?》


《え、光輝がおれを?》
《うん》
《うーん……》

ごめん、おれは付き合えないかな。

カタン、と音がする。自分がスマホを落とした音だった。
ショックだった。彼は、僕を恋愛対象として見ていなかった。

《そっか》

こんなに気持ちはぐるぐるぐちゃぐちゃなのに、彼との会話では素っ気ない文。
彼に僕の気持ちが伝わることは無いのかもな。

《ごめんね…でも、その子と上手くいくといいね!応援してる!》
《ありがとう、莉久》
《当たり前じゃん!だっておれたち友達だろ?》


『友達』
確かにそう。僕らは友達だ。
それ以上でも、それ以下の関係でもない。
彼の特別になれない存在の、友達。





じゃあいいよ。




無理矢理にでも君が僕を見てくれるようにしてやる。




お前の居場所は僕だけだからね。




ハツカネズミのりくを見つめる。
籠の中でうろちょろしまわっているりくを眺めた後、そのままベッドに上半身を委ねる。




_________



九月。

蝉はまだ鳴いているこの季節。
二学期になって雰囲気が変わった人もいる。その中、このクラスではある話題が持ち切りだった。

「ねぇ、莉久さぁ、ゲイらしいよ」
「え、まじ?それどこ情報?」
「学校の裏掲示板!莉久の事ばっか書いてた」
「写真とかもあったし。本当なんじゃない?」
「うわまじ?引くわー」
「莉久好きだったのになー、無理だわあいつ」

誰にも見えないように、口角をあげる。
彼の話題。それは全部偽りの情報だった。僕が全部裏掲示板に書き込んで、写真も合成したりした。
そのおかげでクラスは彼を弾き出そうとしている。

「おはよー!」

話題の張本人が教室に入ってくる。
その途端に静まるクラスメイト。違和感に気づいた彼は、顔がこわばる。

「え、何?どうしたの?」

誰も答えてくれない。目も合わせようとしない。
その姿は、みんなに囲まれて愛されていた人気者とは思えないぐらい。

「ねぇ、なんで皆無視すんの?え、おれ何かした…?」


「うるせぇよクズ」

誰かもわからない声が教室に響いた。
それは、緊張が張り巡らされていたクラスの空気を打ち破ることとなる。

「そうだそうだ」
「お前気持ち悪いな、まじ」
「ほんと有り得ねぇ」
「出てけよ」

皆から浴びせられる罵声、罵倒。
何もしていない彼は、ただ目を白黒させるだけ。

「な、何言ってるの、みんな…」

「黙れゴミ」
「お前なんか生きてる意味ない」
「死ね」
「消えろ」

「止めて、やめてよ、皆…」

彼が、耳を塞ぐ。
嫌なほど大きく聞こえる罵声は耳を塞いでも聞こえてくるほどで、僕はその光景を見ながら、静かに笑った。


「……やっと、だね」




その日、彼は早退した。




家に帰り、すぐにLINEを開く。
ポチ、と彼の名前を押せば、今までのトークが表示される。

《莉久、大丈夫…じゃないよね》
《光輝……おれ、こわい》

ふふ、怯えてる。
可愛いなぁ、莉久。

《大丈夫だよ、僕がいるから。莉久》
《うん…ありがとう》

………あれ?
僕は首を傾げる。頭の中には、ある疑問が浮かんだ。


『助けて』って言わないの?僕に助けを求めないの?

彼は強い人だ。だから、そう折れないことは分かっていたけれど…。


…じゃあいーや。


もっといじめるだけだよ。








___________



それから僕は、彼に間接的ないじめを何度も何度も与えた。
彼はとても苦しみ、悲しみ、学校にも来たくないほどだっただろう。なのに彼は、めげなかった。自分は違う、と訴え続け、決して折れなかった。


僕はイライラが募るばかり。


なんで助けを求めねぇんだよ。

僕に相談してくれれば、僕はなんだってやるよ。

なのに、なんで。


なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで



ガンッとカバンを蹴飛ばす。
鈍い音を立てて転がったカバンには、キラリと光ったキーホルダーがあった。これは、この前莉久と買ったお揃いのキーホルダー。


結局僕らは友達のままだったのかな。


恋人にも、助けを求めてもらえるような存在でもなかったのかな。







ガリッ



不意に、指先にピリッとした痛みが走る。

「いった……」

ちら、と手元を見れば、そこにはハツカネズミのりく。僕の指を、噛んでいた。







は?






なんだてめぇ。






助けてやったのに、お前は僕に歯向かうの?




あぁ、そっか。

お前も、同じなんだ。






「ピギュッ」

気づいたら僕はりくを掴んで、外に出ていた。





__________



カンカンカンカン__

目の前の踏切が、下がって僕を足止めする。今から電車がくる。
遠くからゴトンゴトンと音が聞こえる。

手元には意味もない鳴き声を上げながら暴れるりく。


「お前も、僕に助けを求めなかったからだよ」
「残念だったね。りく」


ポイ、とりくを線路に投げ捨てる。
その瞬間、目の前を電車が勢いよく通り過ぎる。風と共に、電車は去っていった。
電車が通った時、ぴぎゅ、と音が聞こえた気がしたけど、無視した。


踵を返して、僕は家に戻る。




莉久、忠告だよ。



お前もこうなりたくなかったら…わかるよね?




__________



だけどその次の日、彼は学校に来なかった。


心配になり、僕はそっと授業をさぼり、街中を走り回る。
すると、昨日と同じ場所に、莉久は立っていた。



線路の真ん中に。



「り、く…?」
「………光輝」

莉久がこっちを向く。
ドキリとするほどの美しさ。僕はそれに息を呑む。


「なんで、そんな所にいるんだよ、こ、こっちに来なよ」

ガタンゴトンと電車の音が聞こえる。


冷や汗が頬を伝う。


「り、莉久!!はやく、こっちに来なよ!!」
「ごめんね、光輝」
「………え?」
「……君は、」



ゴォ、と電車が通り過ぎる。


ピシャ、と温かいものが頬につく。
目の前に、彼はもういなかった。


へたりとその場に座り込む。


確かに聞こえた彼の声。



「君は、友達だよ」




彼はそう言った。僕の目の前で。



「…………………あれ?」




違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。


僕はこれを待ってたんじゃない。

僕はただ、彼に助けを求めて欲しくって。


「り、く?」

え?なんで?なんでこうなった?




あれ?




___________



カンカンカンカン


踏切が目の前に降りる。僕はそれを見つめながら、涙が一筋流れる。


僕の手には、スマホが握られていた。


《莉久》の名前を、削除する。





「りく、おねがい、ぼくを、」






「助けて」


そこで、意識が途切れる。
















こーき、おれね、本当は知ってたんだ。
君がおれを好きだってことも、君がおれをいじめたことも。

なんで頼らなかったかって?

おれは、君が友達だと思ってたからだよ。

友達にこんな事背負わせられない。




おれは光輝を指さす。





君は、友達なんだから。

コメント

  • ノベルバユーザー295232

    どんどん読み進められました!情景が浮かぶのが本当に凄いです。タイトル素敵です。こうきくんの気持ちでもあり、りくくんの気持ちでもあるなぁと…別の読み切りも楽しみにしてます!

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