異世界転移して無双できるほどこの世は甘くなかったようだ…
第2日目(6)〜これは一体〜
思考の闇から俺を引きずり戻すように、不意に俺の携帯が鳴った。薫からの着信だ。
「もしもし」
「もしもし、湊?大変だよ、敦と麗馨が…」
「え?ちょっと待て、麗馨ならここに…っていないし!んでその二人がどうした?」
「なんか、恋人同士みたいな雰囲気っていうか、とにかくやばいの!すぐ来て!一階のテラスだよ!」
「お、おう!」
俺は電話を切って、走ってテラスに向かった。
ーーー5分後ーーー
「湊、こっちこっち」
薫が手招きしている。
「んで、二人はどこだ?」
「もうちょっと声小さくね。あそこだよ…」
薫の指差した先には、確かに敦と麗馨がいた。互いの身体を抱き寄せあっている。
「おい…これマジかよ…」
「ね?やばいでしょ?」
「んで、なんで薫は二人を止めないんだ?」
「だって、すっごい声かけづらい雰囲気だし…」
その時。麗馨と敦が顔を近づけ、そのまま二人の唇が…
「やめてくれ二人とも!」
「やめて!」
俺たちは我慢できなくなって叫んだ。麗馨と敦は俺たちの姿を認識すると、露骨に嫌そうな顔をして二人は別々の方向へ走っていった。
「待って!」
薫が二人を追おうとした。俺は薫の肩を掴み、
「感情的になっちゃダメだ。どうせ部屋は同じなんだからこの事に関しては後から聞いてみよう」
「でも…!」
「俺、一つ思ったんだが、麗馨と敦ってあんな事するような奴らか?」
「でも、ちゃんと見たじゃん。湊も見たでしょ?」
「ああ、見たよ。でも少なくとも麗馨は、そう簡単に人を裏切るような奴じゃない」
「それは、敦もそうだけど…」
「だろ?んで、俺は考えたんだが…俺が昼に見た麗馨と、今見た麗馨と敦には、ある共通点がある」
「どんな?」
「どちらも、普段の行動からは考えられないような事をしてるんだよ。俺が昼に見た麗馨は、坂田と二人で何か話してた。口調がすっげーぶっきらぼうだったし、歩くフォームも違った」
「歩くフォームって…あんたどこまで麗馨の事チェックしてるの…」
あ、まずい。馬脚を露わしちまった。
「まぁ歩くフォーム云々(うんぬん)はさておき、だ。今見た麗馨と敦も、普段の行動からは考えられない事をしてただろ?」
「うん…あなたが見た麗馨の事は知らないけど、今の事に関してはそうだね…」
「だろ?だからさ、俺が思うに、なんだけど…麗馨と敦には、偽物がいる」
「に、偽物?」
「そう。もっと簡単に言えば『二重存在(ドッペルゲンガー)』だろうな」
「でも、そんな事あり得る?」
「だって、そうとしか説明できねぇよ。俺はさっきまで麗馨と部屋にいて…」
と、薫にその事を説明しかけたところで、俺は絶句した。そういえば麗馨は、俺が薫からの電話を受け取った時にはいなかった。これではドッペルゲンガーがいることを証明できない。
「湊、どうしたの?」
「そういえば、お前から電話もらった時には麗馨はいなかった…」
「じゃああれはドッペルゲンガーとかじゃなくて…?」
「本当に、麗馨と敦なのかもしれないな…薫も、敦と一緒じゃなかったとか?」
「私は、敦が気分転換にちょっと外出てくるって言ったから部屋で待ってたんだけど…私も暇になって、ちょっとホテルの中を散歩してたの。そしたら敦と麗馨を見つけて、今に至るって訳よ」
「そうか…二人ともアリバイはねぇのな…」
その時、俺の携帯が鳴った。確認してみると、麗馨からLIMEが来ている。
"今どこにいるの?"
こんな内容だった。薫にもそれを見せた。
「今どこにいるって、ついさっきまでここで私たちを見てるのになんで聞く必要があるの?」
薫は率直な疑問を口にする。
「いや、俺もわかんねぇよ…まぁ適当に返しとくか」
「さっきの事についても聞いてみてくれない?」
「おう、了解」
俺は薫の要求を受け入れつつ、
"俺は今テラスにいるよ。麗馨こそ、敦と何してたのさ?"
と返した。
「さっきの敦と麗馨を見たのに、なんでそんなに軽い聞き方なの?」
薫が横から返信内容を見ていたらしく、そう聞かれた。
「いや、まだドッペルゲンガーの可能性もあるな、と思ってさ。俺がそう信じたいだけなのかもしれないけど…」
「まぁ、そうだよね。…立ち話もなんだし、座らない?」
「おう」
俺たちは傍にあったベンチに腰掛けた。
「今日もいろんな事があったねー」
薫がしみじみと話し出す。
「そうだなー。基本悪い事ばっかだったけど…」
「私たちに誰も協力してくれなくなって…私たちの中でも仲間割れして…」
「いや、俺たちはまだ仲間割れなんかしてないって。きっと、さっきの麗馨と敦も、何かの間違いだよ」
勿論今言った言葉に根拠などない。そうこうしているうちに、麗馨から返信が来た。
"敦?私はトイレに行ってただけだよ。トイレに行くこと、湊に言ってから行こうと思ったんだけど、湊寝ててさ。部屋に戻ったら湊はいなくなってるし…しばらく待ってみてもあなたが戻ってこないから、送ってみたの"
思考の闇に堕ちていたと思っていたのだが、俺は寝ていたのか…俺は心の中でとても恥ずかしかった。それはさておき、やはり、麗馨が言っていることは俺たちが見た光景と矛盾する。
「麗馨、とぼけてるのかなぁ?」
薫は疑わしげだ。
「いや、そうじゃないと思うんだけど…てか、麗馨に会って直接話した方がよくないか?この事」
「そうだね」
"麗馨、お前今部屋にいるよな?ちょっと話したい事があるから今から部屋に戻ってもいいか?"
「あなたね、『部屋に戻ってもいいか?』って…あんたの部屋でしょーが」
薫から呆れ気味のツッコミが入る。そうこうしている間に、麗馨から返信が来た。
"いや、戻ってもいいかなんて私に聞かなくても…あなたの部屋なんだからw"
同じことを言われた。
「よし、んじゃ俺は行ってくるけど…薫はどうする?」
「いや、私はいいよ。敦と二人で話したい事もあるし」
「そっか。んじゃまた後でな」
ーーー5分後ーーー
「よっ」
「おー、来た来た」
俺は自室に戻った。麗馨がベッドの端に腰掛けていたので、俺もその隣に座る。
「心配したんだよ?戻ってきたら部屋からいなくなってるんだから」
「す、すまん…」
「ま、よしとしよう。んで、話したい事って何?」
「あ、そうだった。お前がトイレに行ってる時、薫から電話が来たんだよ。今すぐ一階のテラスに来てくれって」
「うん」
「んで、行ってみたらさ、お前と敦が、その…抱き合ってたというか、あれだな、恋人同士みたいな感じになってた」
「え、ちょっと待って。冗談はやめてよ?本気で言ってるの?」
「おう、本気さ。そう言われるだろうと思って写真撮っといたんだよ」
本来これは誰にも見せない写真だったはずなのに、麗馨に見せてしまった。自己嫌悪に陥りながら、麗馨に写真を見せた。
「ほ、本当だ…でも、私はそもそもテラスになんか行ってないし、敦とも会ってないよ?」
「そうだよなー。でも俺は見たんだよな…最後にもう一回だけ聞くけど、まじで敦と会ってないし、テラスにも行ってないんだな?」
「うん」
「んじゃあ、やっぱりこいつは二重存在(ドッペルゲンガー)だな」
「ドッペルゲンガー?何それ?」
「ドッペルゲンガーっていうのは、自分と全く同じ姿形をした自分の偽物の事さ。今日の昼の事があったから、怪しいなとは思ってたんだ」
「あー、あなたが私の後をつけて監視室に行った、あれね。実際私は薫と敦と一緒だったんだけど」
「そう、あれだ。…んで、俺が見た限りでは、お前のドッペルゲンガーは、坂田と手を組んでいる」
「え…」
「多分、俺らに従わないようにみんなを仕向けたのも、お前のドッペルゲンガーさ。すげー厄介な話だがな」
「じゃあ私は、他のみんなにとっては悪者っていう認識…?」
「そういう事になるだろうな」
「え、本当にどうしよう。私がみんなに迷惑かけちゃってるの?」
「いや、麗馨が責任を感じる事はないと思うぞ。確かに、ドッペルゲンガーっていうのは、本人の邪悪な部分だけを抜き取って形作られるとかいうけど、人間なんてみんな、一皮脱げばそんなもんだろ」
「そうかな…」
「俺だってそういう部分くらいいくらでもあるぞ」
「どんな?」
「それ聞くか普通⁈」
「うん、聞く」
こいつ…普通じゃねぇ…しょうがない、一つだけ言ってやるか。
「例えばな、今この瞬間にも、俺は…その…お前と一つになりたいってか、襲いたいってか…思ってるんだぜ?そういう事」
正直すごく恥ずかしい。顔は恐らく真っ赤だろう。これでもし別れるとかいう話になれば、それはそれで本望だ。そう思って、言ってやった。
「ふぇ?」
麗馨はよく意味を理解しておらず、二、三回大きな目をぱちくりさせた。とても可愛いが、とぼけるのも大概にしてくれ…
「あの…だからさ、キス…したいなとか、もっと色々大人な事やってみたいなとか…」
そこでようやく麗馨も察したのだろう。大きな目をさらに大きくした。
「な?言ったろ?俺もこれくらいはあるから。お前が責任感じる事はねぇって」
先程発した台詞が恥ずかしかったので、今の言葉は少し早口になっていたかもしれない。そのまま数分間、俺たちはただ顔を赤くして俯いていた。
「湊」
麗馨が不意に俺の名前を呼んだ。俺が麗馨の方を向いた、その刹那。
「!?」
俺の唇に、柔らかいものが触れた。そのまま、肩にしなやかな手が回される。そこでようやく状況を理解した。俺は麗馨にキスされていた。麗馨が唇を離す。
「へへ、キスしたいのは私も一緒なんだぜ?」
顔を赤らめながら、麗馨はそう言った。その姿は、あまりにも可愛かった。
「お前な…いきなり急過ぎ…」
「でも私はファーストキスだったんだよ?それくらい許してよー」
子供のように駄々をこねる麗馨。
「いや、俺もしたかったからそれでいいけど…ドッペルゲンガーについて話すはずが、目的すり替わっちゃったな」
俺は頭を掻きながら言った。
「でも、少なくとも今湊の目の前にいる私は、本当の私だよ?」
「あぁ、それが判ってるだけで十分かな。薫と敦にも言っとくよ」
「うん」
俺は敦に電話した。数コールで敦が出る。
「もしもし?」
「もしもし…俺だ」
「お前さ、その悪代官みたいな言い方やめたら?」
「おう…それより、お前薫から何か聞いたのかよ?ドッペルゲンガーがどうとかって」
「あぁ、その件か…俺も聞いた。麗馨と俺が一階のテラスでイチャイチャしてたらしいな」
「それについてなんだが、俺たちが見た敦と麗馨はドッペルゲンガーじゃないかと思うんだ。二人ともアリバイはないけどさ、お前らそんな事する奴らじゃないし…」
「確かに、今回起こった事を客観的に見れば、そうとしか考えられないよな。こんな非現実的な事を認めるのは癪だが」
「んでさ、お前ドッペルゲンガーについて何か知ってるか?」
「まぁ少しは知ってることもあるけど…つか直接会って四人で話そうぜ? 部屋近いんだし電話する意味がねぇよ」
「おう、そうするか。どっちの部屋にする?」
「正直どっちでもいいが…俺はお前らの部屋が見てみたいかな」
「んじゃ俺たちの部屋にするか。麗馨、敦が俺たちの部屋で話したいって言ってるんだけど、いいか?」
「ん、いいよ」
「よし、んじゃ俺らの部屋にカモンベイベー」
「そんなキモい言い方はよせ。背筋が凍る」
と言うなり、敦は電話を切ってしまった。
ーーー1分後ーーー
「おぉー、ここが湊と麗馨の部屋かー。結構綺麗だな」
「だろだろ?」
「まぁ掃除してるの私だけどね」
「…ウィッス」
「湊かっこわる…」
薫の貶(けな)し方が酷い。
「つーかさ湊、なんでベッドがこんなに乱れてんの?」
「お前どこ見てんだよ…」
「これ、男女の営みがあったって事だよな?」
「お前な、変な妄想も大概にしろよ…」
ちなみに俺たちはさっきキスをしたので男女の営みが全く無かったと言えば嘘になる。
「どうだった?お前の初めて」
敦がにやにやしながら聞いてくる。俺は決めた。こいつは放っておこう。俺からの反応を諦めたのか、今度は麗馨に話を振っている。
「麗馨もさー、なんかない?痛かったーとか」
俺には敦が不審者にしか見えない。因みに麗馨はというと…
「ん?すっごいどきどきした!」
自信満々に感想を述べている。どきどきしてもらえるのは嬉しいが…この恥ずかしさは一体何なんだろうか。
「痛くない…お前まさかヤリ…」
「それ以上はやめてもらおうか」
敦の台詞に被せて言った。
「ははっ、冗談だって。二人とも初々しいし、なんかいいなって思っただけだよ。まぁ俺が一番いいって思ってるのは薫だがな」
「言ってくれるじゃん敦~」
二人はそのままじゃれ合いだした。おめでたい二人である。
「んで…当初の目的が達成されてないって思うのは俺だけか?」
「あぁ、すまんすまん。ドッペルゲンガーについてだったよな」
こいつら、放っておいたらいつまでじゃれ合うつもりだよ…と、心の中で毒ついていると、敦が話し出した。
「んじゃ俺が知ってる事を言うけど…まず、ドッペルゲンガーっていうのは、自分のある側面だけを抽出して形作られる物の事だ。それが自分のいい所か悪い所かは分からない。んで、もし自分のドッペルゲンガーに自分が会うと、自分は死に、ドッペルゲンガーも消滅する…まぁこのくらいかな」
「敦って物知りだね~」
麗馨が感嘆の声を上げる。
「いや、知識だけあってもしょうがねえよ。俺、昔こういう系好きだったから。本で読んだりネットで調べたり、誰かの受け売りばっかだよ」
「誰かの受け売りって、そんな事に詳しい人、敦の周りにいたっけ?」
薫が首を傾げる。
「うん、いるよ。あー、この事は薫にも話してなかったっけ。俺の爺ちゃんは霊能力者だったんだよ。もう死んじまったけどさ。だから俺も若干霊感あるんだ。まぁこの事については今度時間があったら皆に話すよ。それより、ドッペルゲンガーの対策練った方がいいだろ」
「おう。でもその前に質問いいか?自分のドッペルゲンガーに自分が会ったら死ぬってどういう事だ?即死か?」
「いや、殆どの場合は即死じゃない。ただ、じわりじわりと体調が悪化してって、一年後には大体みんな死んじまうな…」
「なんかそれ呪いみたいでやだー」
麗馨が怖がっている。
「俺が守ってやるよ」
無意識のうちに俺はそんな事を麗馨に言っていた。
「うん、ありがと」
「お前ら、こんな真面目な雰囲気なのによくイチャイチャしてられるな…」
敦は若干呆れていた。
「確かに状況もまずい事になってきてるけど…何が何でも立ち向かうしか解決策ないんだしさ」
「それはそうだが…」
「要は、麗馨と麗馨のドッペルゲンガーを会わせなきゃいいんだろ?俺が常に麗馨のそばにいれば大丈夫じゃないか?」
「まぁそうかもしれん。でも人間の観察力には限界があるし、何よりお前はずっと緊張の糸を張っとかないといけないんだぞ。俺的には、それでお前が潰れちまうのも恐い」
「じゃあどうしろって言うんだよ?」
「ドッペルゲンガーそのものを消し去ればいいんだよ。つーかドッペルゲンガーって、大元の人が持ってる物の一部をぐっと凝縮して形作られるんだから、ドッペルゲンガーっていうのは大元の人の一部だろ?なら、俺や麗馨は今、何かが不足している状態にある」
「お前は何が言いたいんだ?」
「まどろっこしい言い方になって悪かったが、ドッペルゲンガーがずっと大元に戻らずに周囲を彷徨(さまよ)ってたら、俺たちはいずれ死ぬよ」
「し…死ぬ?!」
その場にいた全員が驚愕する。
「これは爺ちゃんが言ってた事だけどな。間違っちゃいねえと思う。だからどの道、俺たちはドッペルゲンガーをちゃんと始末しないといけないんだよ」
「でも…どうやって?」
薫が不安げに敦に聞く。
「実は俺にもよく分からないんだよなぁそこが。しかも俺はドッペルゲンガーを見てはならない、と。不甲斐ないけど、俺のドッペルゲンガーに関しては、お前ら三人で何とかしてもらわないと駄目だろうな」
「じゃあ、私のドッペルゲンガーは私以外の三人?」
「そういうことだな」
そこで会話は一旦途切れた。それぞれが解決策に考えを巡らしている。
ーーー作者よりーーー
本日は長めです。約6700字…
これからもまったりいきます。
「もしもし」
「もしもし、湊?大変だよ、敦と麗馨が…」
「え?ちょっと待て、麗馨ならここに…っていないし!んでその二人がどうした?」
「なんか、恋人同士みたいな雰囲気っていうか、とにかくやばいの!すぐ来て!一階のテラスだよ!」
「お、おう!」
俺は電話を切って、走ってテラスに向かった。
ーーー5分後ーーー
「湊、こっちこっち」
薫が手招きしている。
「んで、二人はどこだ?」
「もうちょっと声小さくね。あそこだよ…」
薫の指差した先には、確かに敦と麗馨がいた。互いの身体を抱き寄せあっている。
「おい…これマジかよ…」
「ね?やばいでしょ?」
「んで、なんで薫は二人を止めないんだ?」
「だって、すっごい声かけづらい雰囲気だし…」
その時。麗馨と敦が顔を近づけ、そのまま二人の唇が…
「やめてくれ二人とも!」
「やめて!」
俺たちは我慢できなくなって叫んだ。麗馨と敦は俺たちの姿を認識すると、露骨に嫌そうな顔をして二人は別々の方向へ走っていった。
「待って!」
薫が二人を追おうとした。俺は薫の肩を掴み、
「感情的になっちゃダメだ。どうせ部屋は同じなんだからこの事に関しては後から聞いてみよう」
「でも…!」
「俺、一つ思ったんだが、麗馨と敦ってあんな事するような奴らか?」
「でも、ちゃんと見たじゃん。湊も見たでしょ?」
「ああ、見たよ。でも少なくとも麗馨は、そう簡単に人を裏切るような奴じゃない」
「それは、敦もそうだけど…」
「だろ?んで、俺は考えたんだが…俺が昼に見た麗馨と、今見た麗馨と敦には、ある共通点がある」
「どんな?」
「どちらも、普段の行動からは考えられないような事をしてるんだよ。俺が昼に見た麗馨は、坂田と二人で何か話してた。口調がすっげーぶっきらぼうだったし、歩くフォームも違った」
「歩くフォームって…あんたどこまで麗馨の事チェックしてるの…」
あ、まずい。馬脚を露わしちまった。
「まぁ歩くフォーム云々(うんぬん)はさておき、だ。今見た麗馨と敦も、普段の行動からは考えられない事をしてただろ?」
「うん…あなたが見た麗馨の事は知らないけど、今の事に関してはそうだね…」
「だろ?だからさ、俺が思うに、なんだけど…麗馨と敦には、偽物がいる」
「に、偽物?」
「そう。もっと簡単に言えば『二重存在(ドッペルゲンガー)』だろうな」
「でも、そんな事あり得る?」
「だって、そうとしか説明できねぇよ。俺はさっきまで麗馨と部屋にいて…」
と、薫にその事を説明しかけたところで、俺は絶句した。そういえば麗馨は、俺が薫からの電話を受け取った時にはいなかった。これではドッペルゲンガーがいることを証明できない。
「湊、どうしたの?」
「そういえば、お前から電話もらった時には麗馨はいなかった…」
「じゃああれはドッペルゲンガーとかじゃなくて…?」
「本当に、麗馨と敦なのかもしれないな…薫も、敦と一緒じゃなかったとか?」
「私は、敦が気分転換にちょっと外出てくるって言ったから部屋で待ってたんだけど…私も暇になって、ちょっとホテルの中を散歩してたの。そしたら敦と麗馨を見つけて、今に至るって訳よ」
「そうか…二人ともアリバイはねぇのな…」
その時、俺の携帯が鳴った。確認してみると、麗馨からLIMEが来ている。
"今どこにいるの?"
こんな内容だった。薫にもそれを見せた。
「今どこにいるって、ついさっきまでここで私たちを見てるのになんで聞く必要があるの?」
薫は率直な疑問を口にする。
「いや、俺もわかんねぇよ…まぁ適当に返しとくか」
「さっきの事についても聞いてみてくれない?」
「おう、了解」
俺は薫の要求を受け入れつつ、
"俺は今テラスにいるよ。麗馨こそ、敦と何してたのさ?"
と返した。
「さっきの敦と麗馨を見たのに、なんでそんなに軽い聞き方なの?」
薫が横から返信内容を見ていたらしく、そう聞かれた。
「いや、まだドッペルゲンガーの可能性もあるな、と思ってさ。俺がそう信じたいだけなのかもしれないけど…」
「まぁ、そうだよね。…立ち話もなんだし、座らない?」
「おう」
俺たちは傍にあったベンチに腰掛けた。
「今日もいろんな事があったねー」
薫がしみじみと話し出す。
「そうだなー。基本悪い事ばっかだったけど…」
「私たちに誰も協力してくれなくなって…私たちの中でも仲間割れして…」
「いや、俺たちはまだ仲間割れなんかしてないって。きっと、さっきの麗馨と敦も、何かの間違いだよ」
勿論今言った言葉に根拠などない。そうこうしているうちに、麗馨から返信が来た。
"敦?私はトイレに行ってただけだよ。トイレに行くこと、湊に言ってから行こうと思ったんだけど、湊寝ててさ。部屋に戻ったら湊はいなくなってるし…しばらく待ってみてもあなたが戻ってこないから、送ってみたの"
思考の闇に堕ちていたと思っていたのだが、俺は寝ていたのか…俺は心の中でとても恥ずかしかった。それはさておき、やはり、麗馨が言っていることは俺たちが見た光景と矛盾する。
「麗馨、とぼけてるのかなぁ?」
薫は疑わしげだ。
「いや、そうじゃないと思うんだけど…てか、麗馨に会って直接話した方がよくないか?この事」
「そうだね」
"麗馨、お前今部屋にいるよな?ちょっと話したい事があるから今から部屋に戻ってもいいか?"
「あなたね、『部屋に戻ってもいいか?』って…あんたの部屋でしょーが」
薫から呆れ気味のツッコミが入る。そうこうしている間に、麗馨から返信が来た。
"いや、戻ってもいいかなんて私に聞かなくても…あなたの部屋なんだからw"
同じことを言われた。
「よし、んじゃ俺は行ってくるけど…薫はどうする?」
「いや、私はいいよ。敦と二人で話したい事もあるし」
「そっか。んじゃまた後でな」
ーーー5分後ーーー
「よっ」
「おー、来た来た」
俺は自室に戻った。麗馨がベッドの端に腰掛けていたので、俺もその隣に座る。
「心配したんだよ?戻ってきたら部屋からいなくなってるんだから」
「す、すまん…」
「ま、よしとしよう。んで、話したい事って何?」
「あ、そうだった。お前がトイレに行ってる時、薫から電話が来たんだよ。今すぐ一階のテラスに来てくれって」
「うん」
「んで、行ってみたらさ、お前と敦が、その…抱き合ってたというか、あれだな、恋人同士みたいな感じになってた」
「え、ちょっと待って。冗談はやめてよ?本気で言ってるの?」
「おう、本気さ。そう言われるだろうと思って写真撮っといたんだよ」
本来これは誰にも見せない写真だったはずなのに、麗馨に見せてしまった。自己嫌悪に陥りながら、麗馨に写真を見せた。
「ほ、本当だ…でも、私はそもそもテラスになんか行ってないし、敦とも会ってないよ?」
「そうだよなー。でも俺は見たんだよな…最後にもう一回だけ聞くけど、まじで敦と会ってないし、テラスにも行ってないんだな?」
「うん」
「んじゃあ、やっぱりこいつは二重存在(ドッペルゲンガー)だな」
「ドッペルゲンガー?何それ?」
「ドッペルゲンガーっていうのは、自分と全く同じ姿形をした自分の偽物の事さ。今日の昼の事があったから、怪しいなとは思ってたんだ」
「あー、あなたが私の後をつけて監視室に行った、あれね。実際私は薫と敦と一緒だったんだけど」
「そう、あれだ。…んで、俺が見た限りでは、お前のドッペルゲンガーは、坂田と手を組んでいる」
「え…」
「多分、俺らに従わないようにみんなを仕向けたのも、お前のドッペルゲンガーさ。すげー厄介な話だがな」
「じゃあ私は、他のみんなにとっては悪者っていう認識…?」
「そういう事になるだろうな」
「え、本当にどうしよう。私がみんなに迷惑かけちゃってるの?」
「いや、麗馨が責任を感じる事はないと思うぞ。確かに、ドッペルゲンガーっていうのは、本人の邪悪な部分だけを抜き取って形作られるとかいうけど、人間なんてみんな、一皮脱げばそんなもんだろ」
「そうかな…」
「俺だってそういう部分くらいいくらでもあるぞ」
「どんな?」
「それ聞くか普通⁈」
「うん、聞く」
こいつ…普通じゃねぇ…しょうがない、一つだけ言ってやるか。
「例えばな、今この瞬間にも、俺は…その…お前と一つになりたいってか、襲いたいってか…思ってるんだぜ?そういう事」
正直すごく恥ずかしい。顔は恐らく真っ赤だろう。これでもし別れるとかいう話になれば、それはそれで本望だ。そう思って、言ってやった。
「ふぇ?」
麗馨はよく意味を理解しておらず、二、三回大きな目をぱちくりさせた。とても可愛いが、とぼけるのも大概にしてくれ…
「あの…だからさ、キス…したいなとか、もっと色々大人な事やってみたいなとか…」
そこでようやく麗馨も察したのだろう。大きな目をさらに大きくした。
「な?言ったろ?俺もこれくらいはあるから。お前が責任感じる事はねぇって」
先程発した台詞が恥ずかしかったので、今の言葉は少し早口になっていたかもしれない。そのまま数分間、俺たちはただ顔を赤くして俯いていた。
「湊」
麗馨が不意に俺の名前を呼んだ。俺が麗馨の方を向いた、その刹那。
「!?」
俺の唇に、柔らかいものが触れた。そのまま、肩にしなやかな手が回される。そこでようやく状況を理解した。俺は麗馨にキスされていた。麗馨が唇を離す。
「へへ、キスしたいのは私も一緒なんだぜ?」
顔を赤らめながら、麗馨はそう言った。その姿は、あまりにも可愛かった。
「お前な…いきなり急過ぎ…」
「でも私はファーストキスだったんだよ?それくらい許してよー」
子供のように駄々をこねる麗馨。
「いや、俺もしたかったからそれでいいけど…ドッペルゲンガーについて話すはずが、目的すり替わっちゃったな」
俺は頭を掻きながら言った。
「でも、少なくとも今湊の目の前にいる私は、本当の私だよ?」
「あぁ、それが判ってるだけで十分かな。薫と敦にも言っとくよ」
「うん」
俺は敦に電話した。数コールで敦が出る。
「もしもし?」
「もしもし…俺だ」
「お前さ、その悪代官みたいな言い方やめたら?」
「おう…それより、お前薫から何か聞いたのかよ?ドッペルゲンガーがどうとかって」
「あぁ、その件か…俺も聞いた。麗馨と俺が一階のテラスでイチャイチャしてたらしいな」
「それについてなんだが、俺たちが見た敦と麗馨はドッペルゲンガーじゃないかと思うんだ。二人ともアリバイはないけどさ、お前らそんな事する奴らじゃないし…」
「確かに、今回起こった事を客観的に見れば、そうとしか考えられないよな。こんな非現実的な事を認めるのは癪だが」
「んでさ、お前ドッペルゲンガーについて何か知ってるか?」
「まぁ少しは知ってることもあるけど…つか直接会って四人で話そうぜ? 部屋近いんだし電話する意味がねぇよ」
「おう、そうするか。どっちの部屋にする?」
「正直どっちでもいいが…俺はお前らの部屋が見てみたいかな」
「んじゃ俺たちの部屋にするか。麗馨、敦が俺たちの部屋で話したいって言ってるんだけど、いいか?」
「ん、いいよ」
「よし、んじゃ俺らの部屋にカモンベイベー」
「そんなキモい言い方はよせ。背筋が凍る」
と言うなり、敦は電話を切ってしまった。
ーーー1分後ーーー
「おぉー、ここが湊と麗馨の部屋かー。結構綺麗だな」
「だろだろ?」
「まぁ掃除してるの私だけどね」
「…ウィッス」
「湊かっこわる…」
薫の貶(けな)し方が酷い。
「つーかさ湊、なんでベッドがこんなに乱れてんの?」
「お前どこ見てんだよ…」
「これ、男女の営みがあったって事だよな?」
「お前な、変な妄想も大概にしろよ…」
ちなみに俺たちはさっきキスをしたので男女の営みが全く無かったと言えば嘘になる。
「どうだった?お前の初めて」
敦がにやにやしながら聞いてくる。俺は決めた。こいつは放っておこう。俺からの反応を諦めたのか、今度は麗馨に話を振っている。
「麗馨もさー、なんかない?痛かったーとか」
俺には敦が不審者にしか見えない。因みに麗馨はというと…
「ん?すっごいどきどきした!」
自信満々に感想を述べている。どきどきしてもらえるのは嬉しいが…この恥ずかしさは一体何なんだろうか。
「痛くない…お前まさかヤリ…」
「それ以上はやめてもらおうか」
敦の台詞に被せて言った。
「ははっ、冗談だって。二人とも初々しいし、なんかいいなって思っただけだよ。まぁ俺が一番いいって思ってるのは薫だがな」
「言ってくれるじゃん敦~」
二人はそのままじゃれ合いだした。おめでたい二人である。
「んで…当初の目的が達成されてないって思うのは俺だけか?」
「あぁ、すまんすまん。ドッペルゲンガーについてだったよな」
こいつら、放っておいたらいつまでじゃれ合うつもりだよ…と、心の中で毒ついていると、敦が話し出した。
「んじゃ俺が知ってる事を言うけど…まず、ドッペルゲンガーっていうのは、自分のある側面だけを抽出して形作られる物の事だ。それが自分のいい所か悪い所かは分からない。んで、もし自分のドッペルゲンガーに自分が会うと、自分は死に、ドッペルゲンガーも消滅する…まぁこのくらいかな」
「敦って物知りだね~」
麗馨が感嘆の声を上げる。
「いや、知識だけあってもしょうがねえよ。俺、昔こういう系好きだったから。本で読んだりネットで調べたり、誰かの受け売りばっかだよ」
「誰かの受け売りって、そんな事に詳しい人、敦の周りにいたっけ?」
薫が首を傾げる。
「うん、いるよ。あー、この事は薫にも話してなかったっけ。俺の爺ちゃんは霊能力者だったんだよ。もう死んじまったけどさ。だから俺も若干霊感あるんだ。まぁこの事については今度時間があったら皆に話すよ。それより、ドッペルゲンガーの対策練った方がいいだろ」
「おう。でもその前に質問いいか?自分のドッペルゲンガーに自分が会ったら死ぬってどういう事だ?即死か?」
「いや、殆どの場合は即死じゃない。ただ、じわりじわりと体調が悪化してって、一年後には大体みんな死んじまうな…」
「なんかそれ呪いみたいでやだー」
麗馨が怖がっている。
「俺が守ってやるよ」
無意識のうちに俺はそんな事を麗馨に言っていた。
「うん、ありがと」
「お前ら、こんな真面目な雰囲気なのによくイチャイチャしてられるな…」
敦は若干呆れていた。
「確かに状況もまずい事になってきてるけど…何が何でも立ち向かうしか解決策ないんだしさ」
「それはそうだが…」
「要は、麗馨と麗馨のドッペルゲンガーを会わせなきゃいいんだろ?俺が常に麗馨のそばにいれば大丈夫じゃないか?」
「まぁそうかもしれん。でも人間の観察力には限界があるし、何よりお前はずっと緊張の糸を張っとかないといけないんだぞ。俺的には、それでお前が潰れちまうのも恐い」
「じゃあどうしろって言うんだよ?」
「ドッペルゲンガーそのものを消し去ればいいんだよ。つーかドッペルゲンガーって、大元の人が持ってる物の一部をぐっと凝縮して形作られるんだから、ドッペルゲンガーっていうのは大元の人の一部だろ?なら、俺や麗馨は今、何かが不足している状態にある」
「お前は何が言いたいんだ?」
「まどろっこしい言い方になって悪かったが、ドッペルゲンガーがずっと大元に戻らずに周囲を彷徨(さまよ)ってたら、俺たちはいずれ死ぬよ」
「し…死ぬ?!」
その場にいた全員が驚愕する。
「これは爺ちゃんが言ってた事だけどな。間違っちゃいねえと思う。だからどの道、俺たちはドッペルゲンガーをちゃんと始末しないといけないんだよ」
「でも…どうやって?」
薫が不安げに敦に聞く。
「実は俺にもよく分からないんだよなぁそこが。しかも俺はドッペルゲンガーを見てはならない、と。不甲斐ないけど、俺のドッペルゲンガーに関しては、お前ら三人で何とかしてもらわないと駄目だろうな」
「じゃあ、私のドッペルゲンガーは私以外の三人?」
「そういうことだな」
そこで会話は一旦途切れた。それぞれが解決策に考えを巡らしている。
ーーー作者よりーーー
本日は長めです。約6700字…
これからもまったりいきます。
コメント