異世界転移して無双できるほどこの世は甘くなかったようだ…

茅ヶ崎 大翔

第1日目(5)〜夜、そして〜

スマホをいじりだした麗馨を尻目に、俺は風呂に入った。湯に浸かりながら考える。
何してて寝ちゃったんだっけ。
あ、そうそう、麗馨の言動がどことなくおかしいのは何故かと考えていて寝てしまったのだ。今日見た限りでは、麗馨の感情は目まぐるしく変化していた。みんなでわいわい盛り上がっていると思えば、急にシリアスな感じで話し出す。そんなこともあった。どんどん変わっていく麗馨を前に俺はどうすることもできない。
大好きな、人なのに。
俺は今まで麗馨の何を見てきたのだろう。

「はぁ…」

ため息が出てしまうが、俺は取り敢えず風呂から上がった。麗馨はもう携帯を触っておらず、ベッドに座ってぼんやりと外の景色を眺めている。

「おお、上がったね」

俺に気付き、麗馨が声をかけてきた。

「おう」

俺は、少し距離をあけて麗馨の隣に腰掛けた。

「今日一日…色々大変だったね」

麗馨が喋り出す。

「だな…」

それ以上は二人とも言葉を発することなく、無言で座っていた。
無言の空間の中で俺は首を動かして麗馨の顔を見る。
物憂げな表情だ。
俺が見たいのは麗馨のこんな顔じゃない…もう我慢できなかった。

「なぁ、麗馨」
「ん?」
「もう一回聞くけどお前おかしいよな、今日」
「だから、何が?」

麗馨が氷のように冷たい表情で冷たい言葉を放つ。怖い。逃げたい。でもここで逃げるわけにはいかなかった。

「いつもみたいに明るく振る舞うかと思えば、急にシリアスな感じで話し出したり、泣いたり、笑ったり」
「湊は何が言いたいの?」
「一人の人間が、ここまでたくさんの違った表情をできるのは不自然じゃないか?」
「っ…」

どうやら核心を突いたようで、麗馨は動揺している。

「いや、それが悪いって言ってるんじゃなくて…ただ、なんでなんだろうなって。言うと失礼だけど麗馨は今まで、少なくとも俺が知ってる中ではこんなに表情豊かじゃなかった」

麗馨は何も、喋らない。俺は麗馨が口を開くのを待っていた。ただ無言で、彼女の瞳の奥を見つめる。
 
どのくらい時間が経っただろうか。麗馨が不意に話しだした。

「私、死ぬのが怖くて…怖いからって何もしないのはいけないと思うから、たまにはみんなを元気づけるようなことも言うんだけど…いつもそうやって元気なふりをするの、私にはなかなかできなくてさ…」

「死ぬのが怖いってのに理由は…ないか」

「うん…」

そうだろう。誰もが死ぬのを恐れている。麗馨の肩の荷を軽くする方法はないのだろうか。
…いや、ある。自分が犠牲になればいいのだ。俺が麗馨を守ればいいのだ。俺は確かな覚悟を決め、話し出す。

「俺だって死ぬのは怖いさ。でも、もっと怖いことが俺の中にはある」
「?」
「お前を守れないことだよ、麗馨。お前とはガキの頃からの付き合いだしさ、大切な人だから」

すごくクサい台詞を言った気がするが、これが俺の本心だ。麗馨が口を開く。

「その…えっと…あ、ありがと。こんな私を、守りたいって、思ってくれて」
「おう」
「私も、湊を守るよ」
「おう…って、え?俺守られるの?」
「私だってそんなにひ弱じゃないよ」
「おう、そっか、ありがとな」
「もう、湊さっきから『おう』ばっかり」

と言って、麗馨は少し怒ったような顔をした。

「あ、わりぃ」
「そんな注意散漫な人に守ってもらうんじゃ、私不安になっちゃうな~」

麗馨がこちらを覗き込んでくる。

「だ、大丈夫だって!俺だって伊達にバレー何年もやってる訳じゃないし!」
「ほんとかなぁ~?」

そう言って麗馨は俺の目の前で首をかしげた。その小動物のような動作に元からの美貌が加わり、その…もうだめだった。可愛い、を超えていた。

「?!」

麗馨が声にならない悲鳴を上げた。気付いた時には、俺は麗馨を抱きしめていた。

「!?」

今度は俺が、自分に驚愕する番だった。慌てて麗馨から離れ、顔を背ける。流れるのは気まずい沈黙。

「いやぁ~、ご、ごめん…」

俺は力なく麗馨に謝罪した。

「いや、いいよ。…てか、その…私も言いづらいんだけど…も、も、もう一回…して?」
「!?!?!?」

もう俺は興奮しすぎて自分が分からなくなっていた。やばいやばいやばいやばい。もう一回だと…

「あの、ごめん、嫌ならいいんだけど…湊に抱かれた時、すっごい気持ちよかったっていうか安心したっていうか…私、いつからこんなに弱くなっちゃったのかなぁ…」
「いや、俺はいいよ。麗馨は弱くないし。今日だって頑張って戦ってたじゃん。俺には到底できない芸当だよ」
「あ、あの時は必死で…でも、自分一人じゃ、何もできないんだよ…正直、もう戦いたくない…」
「まぁ、みんなそれは思ってるよな…でも俺は麗馨を守るって決めたし、戦うよ。大して役に立たねーだろうけどな」
「いや、そんなことないよ。私を守ってくれる、湊だもん!」

そう言いながら、彼女は俺に抱きついてきた。俺は一瞬驚いたが、先ほどの彼女の「もう一回」という言葉を思い出し、大人しく受け容れた。

「湊ったら『俺はいいよ』とか言っときながら華麗にスルーしようとするんだから~」

俺の腕の中で笑いながら、麗馨が毒づいてくる。

「ごめんって!俺、スルーする気はなかったんだけど、喋ってるうちに有耶無耶になって、タイミングが掴めなかったんだよ」

俺も笑いながら、返す。

「あぁ~この感じ。湊の腕の中っていい…」

麗馨はそんなことを言っているうちに、すうすうと寝息を立て始めた。俺の腕の中で寝てしまうとは、よほど疲れていたのだろう。今日は大人しく寝かせてやろう。

「ったく、少しは警戒しろよな。俺は男で、お前は女なんだぞ」

はぁー、と一つ溜息をついてから、俺はふと考えた。麗馨は俺の腕の中で寝てしまっている。起こすというのは酷な話だ。
となると、俺が麗馨をベッドに寝かせなければならない。現時点で俺はベッドに腰掛けているので、麗馨を寝かすのはそんなに難しいことではないが、短い距離とはいえ、俺は麗馨を運ばなければならない。
途端に、心臓が早鐘のように鳴りだす。やばいやばい。俺は麗馨を抱っこするのか。こんなに、可愛くて、愛おしい人を。ぬわぁぁああ~…

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