異世界転移して無双できるほどこの世は甘くなかったようだ…

茅ヶ崎 大翔

第1日目(3)〜初戦闘〜

ホテルのエントランスに着くと、敦と薫は既にいた。薫は緊張の面持ちだ。敦も焦燥感を隠せてはいない。俺はそんな二人に努めて明るく声をかけた。

「よっす、再び」
「おう」
「おっす」

分かりづらいので解説しておくが、今の台詞は最初に言ったのが敦で次に言ったのが薫である。はい、どーでもいい解説終わり。俺は本題に切り込むことにした。

「なぁ、あの薬で手に入れた能力探した?」
「ああ、探したよ。俺は物体を瞬間移動させる能力。薫は右手で触れた物を思い通りの形に変える能力だ」

二人ともとても実用的な能力だ。そういえば俺は、自分で話を振っておきながら自分の能力を見つけられていない。心の中で落胆した。

「んで?湊と麗馨はどんな能力なんだよ」
「麗馨は、物体を移動させる能力。瞬間移動ではないっぽい。俺は…まだ見つけてない」

俺は…と少しタメを作ってしまったせいか、敦と薫、麗馨までもが落胆している。

「お前まだ見つけてないの?魔物に対抗し得る力が何か分からないんじゃ、勝てるもんも勝てねえぞ」

敦は恐らく、怒っているのではなく純粋に俺を心配している。

「でも、見つけられねぇもんしょうがねぇじゃんかよ」
「まぁ、そうだな…」

そこで坂田が喋り出した。

「はーい、全員集まりましたかー?今から魔物を倒す特殊部隊であることを証明するブレスレットを渡しまーす。みなさん必ず手首につけてくださーい」

坂田は鋼鉄製のブレスレットを掲げた。なんでわざわざ鋼鉄で作ったのかは疑問だが、俺たちは取り敢えずブレスレットを受け取り、手首につけた。つけた瞬間、鋼鉄製であるはずのブレスレットがぐにゃりと曲がり、手首に完全にフィットした。

「!?」

全員が声にならない驚愕の声を上げている。

「…これ、つけたのはいいけどもう取れないよ?」

最初に口を開いたのは麗馨だった。集まった他の皆も手首を振ったりしているが、ブレスレットが取れる気配はない。

「ブレスレットが取れない仕様になっているのは、みなさんが激しい戦闘をされても特殊部隊の証明であるそれが取れないようにするためでーす。ちなみにそれは電波を発しているのでみなさんの位置情報もこちらに筒抜けでーす。みなさんが東京から出てしまわれるとそれが大爆発を起こしまーす。人が即死するレベルの爆発なのでみなさんそのブレスレットに殺されたくなかったら東京から出ずにちゃんと闘ってくださーい。ちなみに無理に外そうとしても大爆発しまーす」

坂田が喋り終わった途端、ブーイングの嵐。

「聞き分けの悪い方々ですねー。拳銃、本当に発砲しますよー?」

坂田は拳銃を構え、本当に発砲した。弾丸はある生徒の頭の横すれすれを通り過ぎていった。

「ではみなさん、大人しく闘ってきてくださーい」

俺たちは坂田にホテルから追い出されてしまった。
 
外へ出ると、死を運ぶ者(デス・ブリンガー)が暴れ回っていた。俺は何をすることもできず、ただただ壊されていく街を見ていたが

「こっちに来るぞ!みんな逃げろ!」

という敦の声で皆動き出した。

「固まっていてもあいつの思うつぼだ!みんな散らばれ!」

こんな時でも敦は冷静だ。俺も一人で、人がいない方向に逃げた。暫く走っていると瓦礫の山が見えたので、俺はその瓦礫の山の後ろに隠れることにした。ふぅ…これでひとまずは安心だ。
しかしこれではあの魔物に攻撃一つも加えることができない。俺は瓦礫の山の脇から魔物を覗き、隙を伺った。魔物は相変わらず街を破壊し続けている。
するとその時、魔物が咆哮した。俺はびびってすぐ瓦礫の山に隠れてしまったが、魔物が周囲を攻撃する様子はない。

「俺が魔物を止めている間にみんな攻撃しろ!」

敦が叫んでいる。そうか!敦の能力は物体を瞬間移動させる力。魔物が移動すると同時にもとの場所に瞬間移動させて相手を拘束しているのだ。

「私もやる!」

どこに隠れていたのか、麗馨も出てきて魔物を拘束しはじめた。

「サンキュー、麗馨。でもちょっときついな…」
「なんて力なの…!」

二人とも余裕はなさそうだ。

「俺たちの拘束は持ってあと一分だ!その間にみんな攻撃してくれ!」

この言葉でようやく周りも動き出した。雄叫びを上げて魔物に斬りかかっていく者、拳銃を撃っている者。俺も魔物の足元を一心不乱に斬っている。皆が一丸となって魔物を攻撃している。している…のだが。魔物はほぼダメージを受けていないようだ。

「まずい!そろそろ限界だ!みんな離れてくれ!」

せっかく敦と麗馨が頑張ってくれているのに、俺は何もダメージを与えられなかった。俺は自責の念に苛(さいな)まれながら魔物から離れた。

敦と麗馨による戒めがなくなった魔物は、先ほどよりも激しく暴れ出した。鋭い鉤爪で建物を次々と壊していく。恐らくこの鉤爪に巻き込まれたら、俺の命はない。俺は攻撃することもできずに、ただただ逃げていた。なんて情けないやつなんだ。でも今の俺にはこうすることしかできなかった。

また鉤爪がこちらへ迫ってくる。俺は回転レシーブの要領で鉤爪を避け、まだ壊されていない建物に身を潜めた。

「あ、湊!無事なんだね!」

あまりに急の出来事で一瞬思考がフリーズした。そして今しがた俺に起こったことを理解する。俺は逃げているうちに麗馨の隠れているところへ来たようだ。こんな時でも思考が止まるくらい緊張するのだから不思議だ。

「お、おう、麗馨か。俺は無事だよ。麗馨すごかったな」
「ああ、さっきのこと?いや、あれは…敦だけに任せるのもいけないと思って。助力できたかどうかは分からないけど…」
「いや、きっと力になってたよ。それに比べて俺は…魔物に傷一つ入れられなかった」
「私、湊が攻撃してるとこ見たよ。湊、鬼の形相だったね」

麗馨が笑いながら俺を茶化してくる。こんな状況下に置かれても、麗馨は変わらなかった。

「うっさい!必死だったんだよ」

俺も笑って返す。

「てか俺ら闘わなくていいのか?こんなとこで喋っちゃってるけど」

率直な疑問だ。

「いや、多分私たちが頑張って拘束してその間に他のみんなが攻撃するっていう形がベストだと思う。今の私たちにはもう拘束する力が残ってないから、攻撃はせずに逃げて逃げて、魔物が宇宙に帰るのを待った方がよくない?…っていう敦の意見に従って私は行動してます」

恐らく、それが一番賢明な策だろう。敦の聡明(そうめい)さには頭が上がらない。

「そうだな。今はもう待つしかないか。てか、作戦も何も立ててなかったし、今思うと無謀な挑戦だよな」
「ほんとほんと。作戦タイムくらいくれたらよかったのに。あの坂田とかいう人」
「だな」

俺の相槌を最後に、会話は途切れてしまった。俺たちは無言でただ、魔物が宇宙に帰るのを待っている。ずっと待っている。
その時、白い光が魔物を覆った。俺たちは眩しさに思わず目を逸らす。そして気付いた時には、魔物の姿は無くなっていた。どうやら宇宙に帰ったようだ。

「はぁ…ひとまず終わったか…」

俺は今まで溜まっていた疲労に急に襲われ、こんな情けない声を上げてしまった。

「終わったね…」

横にいる麗馨もかなり疲れているようだ。その時、放送が流れた。どこに音源があるのかは分からないが、結構近くから聞こえてくる。

「はーい、みなさんお疲れ様でしたー。また明日の戦闘に備えてホテルでゆっくり休んでくださーい。夕食はバイキングでーす」

夕食はバイキング、その言葉を聴いた瞬間、何人かの生徒が歓喜の声を上げた。そういえば俺たちは昼の間ずっと戦闘していたので、昼食を摂っていない。殆ど逃げているだけだったが、俺は途轍(とてつ)もなく疲れてしまっていた。

「喜べる元気があるのっていいよな…」
「ほら、元気だして。ホテルに戻ろ?みんながいい食材食べる前に、私たちが食べるんだぁ!」

麗馨は可愛らしくそう言って、俺の背中を叩いた。痛い。痛いが、それでも俺は嬉しかった。麗馨は俺を気遣ってこんなことをしてくれているのだ。

「ああ、そうだな!よし、ホテルまで競走だ!」

空元気でもいいから元気を出す。それだけでも意外と疲労感は少なくなるものだ。もっとも、俺の場合は隣に好きな人がいるから元気が出たのだろうが。

「お?言ったね?私負けないからね!よーい、どん!」

と言うなり、麗馨は走り出した。あまりにも不意打ちだったので、俺は走り出そうとして足がもつれ、その場に倒れてしまった。

「いてててて…」
「あれあれ?さっきまでの威勢のよさはどこへいったのかな?」

麗馨がからかう。俺はひっでー、と一言毒ついてから立ち上がって走り出した。

「おお、きたきた。でも私も負けないよーん」
「待てー!麗馨ー!」

結局、勝負には麗馨が勝った。俺はぜーぜー言いながらホテルのエントランスのソファに横になった。

「あー、疲れた。部活三日分くらい走った」
「湊もまだまだだねー」
「バレー部が陸上部に勝てるわけないだろ…」

言い忘れていたが俺はバレー部で麗馨は陸上部である。麗馨は百メートル走で全国大会に出場するくらい足が速いので、このクソ田舎でバレーをやっている俺が足の速さで勝てるわけがない。ちなみに、一応俺はエーススパイカーだ。

「よし湊、ご飯食べに行こう!」
「いいけど、敦と薫を待たないのか?」
「待ちたいけどお腹すいた!ねぇ湊、行こうよ」
「しょーがないなぁ。んじゃいくか」

途端に、麗馨が満面の笑みを浮かべた。やばい。可愛い。可愛すぎる。笑った時にできる笑窪(えくぼ)も魅力的だ。本当に、悩殺するやつである。

「本当は湊も食べたいくせにー!」

正直、否定はできない。
と、その時。エントランスの自動ドアが開き、敦と薫が入ってきた。

「お前ら速すぎ…」
敦はもはや呆れている。
「陸上部さすがだね」
「いやぁ、それほどでもー」

麗馨はこう言っているが、二人は恐らく俺たちを誉めてはいない。

「それよりさ、四人揃ったことだし夕食にしようぜ。もう腹減って仕方ないんだけど」

業を煮やした俺の言葉に三人とも首肯する。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品