永久凍土の御曹司

こうやまみか

 以前ならそういう風体ふうていをしている人が同じ空間に居ても視野の中で「居ないモノ」として扱っていた。
 しかし、今となっては似たような境遇かと自嘲と共に親近感まで覚えてしまう。
 指先の温かみが物凄く貴重に思えて両掌で包み込んだ。カップの中は――王関かどうかまでは分からないが――日本酒の香りがこの上もなく美味しそうな香りを湯気と共にホカホカと伝わってくる。その男性をよくよく見ると、そう悪い人には思えなかった。我が家の、いや一族の崩壊という修羅場を目にした私だからこそ判断出来るような気がした。
「有難う御座います。しかし……」
 「良く声を掛ける気になりましたね」とは失礼過ぎて聞くのを遠慮する代わりに、カップに口を付けた。カサついた唇に日本酒の香りのする湯気が安らぎと共に浸透していくような感じだった。
 一口呑むと、口から咽喉、そして――本来は温度を感じないハズの――胃にまでアルコールの温かさが沁みわたっていく。
「とても美味しいです。本当に……。温かくて、生き返ります……。
 生きていて良かったと思えるようになって」
 それ以上言葉を続けると泣いてしまいそうだったので、もう一口呑んだ。温かみが五臓六腑に沁みわたるというのが比喩ひゆではなくて実感した思いだった。
「あはは。そりゃ、良かった。ああ、カタギさんには話しかけないってか?兄ちゃんはさ、少し前までは良い暮らしをして来た。しかし今は路頭に迷っている。どうだ、当たりだろ?」
 同じように日本酒のカップを傾けながら人気ひとけのない公園のベンチの横に座っている人が言葉を続ける。
「分かりましたか?」
 こんな寒い中で、ぼんやりと座っているだけの――それでも充分怪しいだろうが――私の境遇までが良く分かるのだなと半ば感心した。
「そりゃ分かるさ。そのアルマーニの背広、くたくたになっている。店で買えば目の玉が飛び出るほどの値段だろうが、質屋に入れると二束三文だろ。それにコートもなしでこんなトコに座っているんだから」
 ホームレスの慧眼けいがんに半ば感心しながら、ポカポカと温まった身体のせいか、それともこんな僅かな量で酔ってしまったからかも知れないが今まで誰にも話していない境遇の変化をまくし立ててしまっていた。
 ホームレスの男性の相槌の上手さも相俟って、毒を吐くように。
 小学校から高校までは苗字で、そして大学時代は私の人嫌いな性格で、社会人になってからは「一族の矜持」も加わって心の中に氷のバリケードが自然と作られていた。その壁が身体の温もりとともに決壊した感じで。


コメント

コメントを書く

「文学」の人気作品

書籍化作品