永久凍土の御曹司

こうやまみか

 我が一族の壊滅的な破滅が襲ったのは、叔父がラスベガスのカジノで大負けに負け、会社の金を兆単位で注ぎ込んでしまったということが週刊誌の大々的なリークで発覚したからだった。
 居並ぶテレビ局のカメラマンや記者達の前で謝罪会見を開き、株主総会でも――安田家が当然筆頭株主だったが――世論の力を順風に受けた、そして今までは圧力に黙っていた安田家以外の社員たちの造反によってあっさりと解任の憂き目に遭ってしまった。
 そして、その横領金額を返還する義務が安田家全てに発生してしまっていたのは、財務役の番頭のような、いわゆる黒子と見下していた人間が周到に仕組んだ造反劇だったのだろう。
「安田家全体で2兆円の現金を支払うようにと。そうすればそれ以上の追及はしない」という示談書を持って来た「番頭達」お抱えの弁護士に言われて唯々諾々と従うしかなかった安田家には――保有する株も時価総額が大幅に下がっていたこともあり――別荘も屋敷も、そして全てを手放してやっと手に入れることが出来る程度の財力しかなかった。そして実権を握っていた――そしてベガスのカジノで大負けをした――叔父は多分、蒸し返されれば困るような「私的流用」をしていたのか、それとも警察沙汰が怖かったのかはっきり聞いてはいないものの、安田一族の総裁としての「決断」を下した、かつては番頭と見下していた人間達に唯々諾々と条件を呑むという形で。
 実父は、以前の贈賄に絡んでいるという黒い疑惑も有って目減りしていた全ての資産を売却して一族のモノではなくなってしまった「会社」へと全てを潔く差し出したと同時に末期ガンで死亡した。
 当然ながら元番頭達が仕切る会社に居場所など有るハズもなく、そして本郷の大学を出ているとはいえ、ロクな実務経験もない上に社会人経験すらほとんどない私を雇ってくれるマトモな会社がないという非情で冷徹な現実を突きつけられた。
 職務経歴書には「悪名高い」会社の名前と苗字を書いて提出した時点で悉《ことごと》く「残念ながら貴意に添えず。安田様の今後のご活躍をお祈りしています」という、空々しい文面が返ってくるばかりだった。
 貯金を切り崩して生活していた私は多分、年金――それも厚生年金ではなくて国民年金――受給者の老人の心境をしみじみと味わっていたものの、家賃が支払えなくなる、悲劇のカウントダウンの怖さに背筋が凍った。



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