ポケベルは鳴るのか

こうやまみか

5

 ただ、秋月さんみたいな偉い人にそんなことを聞くのも失礼のような気もした。
「その機械、何ですか?開発中のゲームアプリか何かですか……」
 話しの接ぎ穂が見つからずに、隣の男性がコートのポケットから例の機械を取り出してチラリと見たのをきっかけに聞いてみた。絶対新しいアプリとかではないとは思っていたけれども。何だか角ばった感じだし、それに古びたというかずっと持っていて自然に時が流れてしまった品物のような雰囲気だったので。
 秋月さんは虫歯が痛んだような表情で裕史を見た。
「ユウジ君の年齢では知らないだろうが、これはポケベルと言ってね……。そうか、これは見ただけでは使い方も見当が付かないのか、君たちの年齢くらいになると……」
 名前くらいは聞いたことがある。確かそんな題名の昔の曲が有ったような。スマホはもちろん携帯電話がなかった時代なんて映画の再放送をテレビで放映しているのとかでしか観たことがない古い時代のように思えてしまう。ただ、秋月さんはそれを大切そうに眺めていた、どこか遠い目をしながら。そして、君「たち」と複数形になっているのも気になった。何らかの興味が有って調べたりしない限りは。少なくとも裕史にとってその機械は、例えば時代劇に出てくる刀のように、人を斬った瞬間に直ぐに鞘《さや》に収めてしまっても大丈夫だと思う程度の関心しかなかった。クラスでも数少ない歴女と言われる女子から「そんなんじゃないわよ」と力説された覚えがある。
「えと、携帯電話が普及する前だかに至急連絡が取りたい時に使ったとか……」
 秋月さんがあまりに切なそうな表情をするので、裕史は必死に記憶の断片を拾い集めようとした。
「それは少し違うな。そうか……時代の遺物なんだね。これは。だからあんな断片しか送って来なかったの、か」
 「断片」とは何だろう、そして「送る」とは。まだ詳細は分からないものの、秋月さんは誰かからそのポケベルの機械だけで何かを「送」られたのだろう。その「断片」を繋ぎ合わせてこの何の変哲もない公園に座り続けていたに違いない。そうでないと、そんなに偉い人が昼間からこんな場所にずっと待っている理由に説明がつかない。
 そんなに大切な人を待ってここに座り続けたのかと思うと、何だか鼻の奥がツーンとなった、この寒さのせいではなくて。
「これはね」
 大切そうに古びた機械を撫でながら、独り言のように語り始めた秋月さんを待つことにした。


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