ポケベルは鳴るのか

こうやまみか

3

 ブラックの缶コーヒーを手渡しながらそう思って見ていると、男性はそそくさとポケットを探っている。
「お金なら良いです。間違えたのはオレ、いや僕なので」
 そう言いながら隣に座った。正面から見て整った顔でも横顔がイマイチという男性は多い――密かに裕史が観察した結果だったが――その男性は全くそんなこともなかった。
「そうかい、では有り難く頂いておくよ。ああ、本当に温かいな。かじかんだ手にはとても嬉しい」
 思いついたという感じで、プルトップを開ける手を止めた男性はコートの合わせ目から手を入れてこれもまた高級そうなスーツの胸ポケットを探っていた。
 カシミアも裕史の母親がボーナスの時に父に強請っていたので知っていたし、父のスーツやネクタイとは何だか全然違う高級感が漂っていた。
「私はこういう者です」
 ドラマの中でしか観たことのない丁寧さでこれまた高価そうな名刺入れの上に名刺を一枚置いて差し出してくれた。そこにはゲームを――いわゆるネトゲ――全くしない裕史でも知っているゲーム配信会社の社名と「CEO」という文字、そして秋月悟志さとしという名前が書かれていた。
「え、『CEO』って……最高経営責任者、でしたっけ?」
 若干違うかも知れないが、その程度の知識は持っていた。新聞を読まない人間が増えたと、新聞には書いてあったが、裕史の通う高校では大学入試対策という名目で読まされている。
「そうだよ。流石に良く知っているね。やはりこの高校に通っているだけのことはあるのだと感心した」
 何だか感動を露わにした表情と湿った声が「社長」には相応しくないような気もしたけれども、この高級感溢れる身なりにはピッタリと当てはまっている。
 しかし、そんな忙しい人、そして企業を大きくさせるための経営者がこんな時間にこんな場所に居て良いのだろうか、それもほぼ毎日。
 謎は深まるばかりでどう尋ねて良いのかも分からない。プルトップを指で弄って持て余す時間を誤魔化していた。

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