神殿の月

こうやまみか

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 それに各々の国では当然戦さ支度も異なるので着るにしても慣れていない分余計な時間がかかってしまっただろうし。
「頂きます。先ほどリュカスに私が神殿で漏れ聞いた知らない言葉を、覚えている限り再現してみたのです。すると、エルタニアの隣国のローゼル国の言語ではないかとのことでした」
 旺盛な食欲を満たしながらロードが告げる言葉にファロスは唸った。
「ローゼルまでが動くのか……。まあ、戦さが始まれば隣国だけに隙も出来る上に、色々と画策しておきたいのだろう。
 この戦さでどちらが勝つかによって、いや、当分は様子見をしておいて勝つと見極めた方に突如として『押しかけ援軍』でも出す心積もりかも知れない。
 もちろん、この戦さは早期に決着をつける積もりでいらっしゃる、国王陛下も。
 しかし、そのことは漏れてはいないようだな。従来の力攻めならば、長期戦になってしまうので、それに乗じようとしているのであろう」
 ロードが神殿で会ったということは、ローゼル国の王族か貴族だかが戦勝祈願に訪れたということだ。
 キリヤ様ならばその情報も当然把握しているだろうが、今はあの涼やかな声や月の精のような佇まいも見ることも出来ない。
 その代わりに銀の額飾りを密かに手で握った。キリヤ様とファロスを繋ぐ、今となっては唯一のモノだったので。
 ロードは会心の笑みを浮かべている。
「長期戦にはならないので、今回のローゼル国の代表は無駄足を踏んだばかりか、寄進の金子も残念なことになりましたな。
 しかし、王族や貴族の中には、そして神殿から離れた国では特に……聖神官様を、そこいらの娼館の男娼の高級なモノだと思い込んでいる不埒な者も居ると聞いております。
 神事ではなくて、お高くとまった高級男娼をいかに悦ばせることが出来るかを競ったり、何回埒を上げさせたかなどの勝負をしたりする……ということを小耳に挟んだことが有ります」
 ロードの言葉にファロスは顔色を変えてしまった。
 「行為自体は男娼と変わらない」という点はファロスも思ったことなので、今更驚きはしない。しかし、聖神官長のキリヤ様も含む聖神官が「高級男娼」扱いをされるのは、神殿への冒涜という点でも、そしてキリヤ様を愛おしく想う自分にも耐えがたい。


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