神殿の月

こうやまみか

43

「ファロス様、何かございましたね」 
 馬を並べて山道を下りる時には普段の気安さが戻っていた。
 この辺りに敵兵が居ないこともキリヤ様が周到に確かめていてくれていたので。
「ああ、作戦の変更点というか、更に綿密な策になった。詳しくは皆の前で話す。屋敷に帰り次第」
 皆というのは、ファロスの部下でこの作戦に加えた人間達だった。エルタニアやフランツ出身者も数人含まれている。
「分かりました。では、私は先に屋敷に戻り、皆を集めておきます」
 ロードの馬術の冴えもファロスは知っていたので任せることにした。今は少しでも良いので時間が欲しかったのも事実だ。
「分かった。では後ほど」
 ロードの後姿が見えなくなっても、逸る心のままに馬を駆って都へと急いだ。
 ファロスの考え付く全ての準備を終えた後の神殿参りだったハズだったが、キリヤ様との邂逅によってまだまだ成すべきことが有ることに気付かせてもらったの「も」僥倖だった。
 朝の気配がうっすらと空を染めている。戦さが始まるまで――騎馬隊の急襲戦法の方だが――時間も少ない。
 その策が成功して、捕虜を得てモルデーネ陛下率いる本隊の中に連行してから「離間策」が始まる。
 それまでに捕虜達に流す流言《りゅうげん》をファロスの部下達に周知徹底させなければならない。
 都は嵐の前の静けさといった感じで静まり返っていた。普段は色町とか飲食店などの灯りだけでなく喧噪に包まれている地区も息をひそめているかのようだった。
 ファロスの館に着くと、門番は待ち構えていた感じで門を開いた。ロードがそう命じていてくれたのだろう。
「急遽集まって貰って済まない。ロードから聞いていると思うが」
 集会に使っている部屋に入るや否や、全員が集まっているかを確認した。
「いえ、戦さの前ですから当然です」
 書斎に程近い小ぶりな部屋は中央にテーブルが置かれている。ロードがファロス用の上席の椅子を引いてくれた。
 参謀のファロスは将軍のように――といってもこの国には一人しかいない――物々しい戦支度をせずに済むのが幸いだった。そんなことで時間を無駄にするわけにもいかなかったので。
「エルタニアのシュターゼル宰相の娘が自分の産んだ子を王太子とすべく画策して、この戦さの最中に王位簒奪を企てるつもりらしい。もちろん、宰相もその気でいらっしゃる」

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