神殿の月

こうやまみか

39

 そういう一兵士が最も命の危険にさらされるのは言うまでもない。戦さ場に赴くという点では初陣のファロスも同じ場所に行くが参謀が命の危険を感じる程になるのは壊滅的な敗戦を意味する。もちろんそうならないように策は巡らしていたし、この戦さに関してはそれほどの脅威がありそうにも思えない。想像を絶する奇策を巡らせている気配もなさそうだった。エルタニアとフランツも利害がたまたま一致しただけで同盟を結んでいるだけのようだし、従来の「力攻め」の方法論に従って兵力が多い方が有利だと踏んでいる感じが濃厚だとファロスは見ていた。
 そういう意味では王様を始めとする――万が一王が討ち取られれば当然戦さは絶望的な負けになるが――従軍貴族達は命の危険を感じて戦に臨まないのも事実だった。
 ファロスの作戦で最も命の危険に晒されるのは山を騎馬で駆け下りる騎士隊だろうが、それは覚悟の上だと皆頼もしく請け負ってくれた。
 それに騎士階級の場合、名誉の戦死を遂げた場合はその家の誉れにもなるし、王からの見舞金も届く上に後継者は優遇される。
 その点、平民で構成される歩兵の場合はそのような保証もないのも事実だった。落命の危険が一番高いのは――「常識」の力攻めの場合では――歩兵にも関わらず。
 だからこそ、下町出身のキリヤ様の琴線に触れたのかもしれない。
「キリヤ様の有り難い助言により騎士隊の犠牲が単純計算で二分の一に減った点も感謝の言葉も有りませんが、なるべく両国の捕虜の動揺を誘って、下町出身の歩兵の戦死者を出さないように配慮致します。人死にを出さずに戦さを終わらせるためには同盟が相互不信でなし崩しに瓦解して、速やかに兵を引くというのが最善ですから。
 私の部下には疑心暗鬼フランツ王国だけでなくエルタニアの没落貴族も――ここだけの話しですがシュターゼル宰相に嵌められた――居りますので、下町言葉だけではなくて貴族が使う言葉も流暢です。そして宰相には当然ながら国を追われた恨みも持っていますので、尚更活躍してくれると思います。
 二国同盟が主戦場と定めている平原での戦さの規模を――敵が決めているだけで、我が国がそれに乗る必要は全くないのは自明なのですが――最小限にして、歩兵の犠牲は少なく済ませるように致します」
 キリヤ様が月の光に似た笑みと、大きく頷くことによって銀の額飾りが月の雫よりも綺麗に煌めいていた。

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