神殿の月

こうやまみか

34

「私もです。私のある意味粗雑な計画をさらに緻密なものに仕上げて下さっただけでも望外の喜びです。単なる神事の積もりで参拝を思い立ったのですが。ただ」
 「ただ」の次の言葉を無意識に息を殺して待ってしまっているのをキリヤは自覚した。ファロスの薄い唇が紡ぐ言葉がキリヤにとって「特別」なものになってしまっている。
 魂の在り処が似ているからだろうか。こんなにもキリヤの心の琴線に触れた人間はファロスが初めてだった。冷静沈着だと自覚もしているし神殿の中でもそう思われているらしいキリヤの心がこうも乱される人間が居ることに驚きと戸惑いを隠すのが精一杯だった。
「ただ、キリヤ様とこうして親しく、そして心開いてお話が出来て本当に良かったです。
 得る物が多かったということもありますが、それ以上に戦さに臨む自信が確固たるものになりました。一人では圧しひしがれてしまっていたであろう、不安とか焦燥めいた気持ちが、キリヤ様とお話しているうちに軽くなりました。
 流石に戦さ神を祀った神殿の聖神官長様の御心の持ち方は、世俗の人とは異なります。私の気持ちが分かるのだなと感心しきりです、畏れ多いことではありますが」
 称賛に満ちた口調と表情で見詰めてくるファロスにキリヤは心が薔薇色の浮遊感と共に暖かい居た堪れなさを味わってしまう。
「私こそ、こうして話せて良かったと思う。神殿の中でもそんなことを考えているのは少数なので……。神事をつつがなく執り行うことしか考えていない神官の方が多いのも事実だ。
 古えの英雄ではなくて『神』として祀るこの神殿なので『人としての気苦労』などに思いを馳せる人間の方が少ない。神様は思い悩んだりする存在ではないとの思い込みも有るのだろうが……」
 キリヤは日頃から思っていたことを――そして神殿の殆んどの人間に言っていなかったのも事実だった――心ゆくまで話せたこと「にも」快さを感じていた。信仰の対象としての神はあくまで「人にあらざる者」として扱われるのも仕方ないとは思うが、人であった頃の苦悩とか、熟慮の果てに辿り着いた結果でもある赫々とした戦果を正しく認識し、それを後世こうせいの人間が使いこなすことこそ意義のあるものではないかと思っていた。
 ただ、誰もそんなことを求めてくる人はいなかった。
 ファロスを除いては。
 

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