神殿の月

こうやまみか

27

「いや、そのう……。この辺りはエレアにも任せずに、私が片付けているので……」
 キリヤ様の頬の色とか全体の雰囲気が朝に咲き誇る薄紅の花の艶やかな羞恥を思わせる。
 その瑞々しさと初々しさにもファロスの鼓動は高まってしまったが。
「大丈夫です。私の書斎は足の踏み場もないほどですから。
 ほら、いろいろと調べ物をしていると次から次へと疑問がわいてきたり、不意に地図を広げようという気になったりでどうしても散らかります」
 キリヤは安堵のため息を零すとファロスにも通れるように身体をしなやかに動かしている。
 純白の絹が神々しい感じで翻るのも、戦さ神の勝利の証しのような荘厳さと、咲き初めた白い花の可憐さを彷彿ほうふつとさせる。
「お探しの物はどのような形なのですか?」
 ともすればキリヤ様の多彩な魅惑に満ちた容貌や肢体を眺めてしまいそうになる誘惑を敢えて振り切って聞いてみることにした。
「紫水晶をくりぬいた、このくらいの大きさの物だ」
 キリヤ様の優美な掌が重ねられて円形を形作る。
 聖神官として初めてファロスの前に現れた時にも紫色の衣を纏っていた。その時に感じた印象とはかなり異なるキリヤ様の内面を垣間見た想いがファロスの心をかき乱すような、それでいて癒されるような不思議な気分だった。
「これではありませんか?」
 羊皮紙が不自然な形に隆起している場所をかき分けてみるとそれらしきものが出てきたので――キリヤ様が大げさに言えば発掘作業を咎めなかったのも内心で嬉しかった。
「ああ、それだ。こんなところに埋もれていたのか……」
 キリヤはファロスが見つけてくれたことに何故だか心が弾むような気がして、このような親密な時がずっと続けばいいのにと思ってしまう自分自身に戸惑いを覚えた。
 神託が下りたと――と確かにあの時は思ったが――判断したのも、もしかしたらファロスとの語らってみたかっただけの「自分」の無意識のなせる業だったのかもしれないと思ってしまう。
 こんなことは初めてだったが、自分と「魂」が似ていると思った人間に出会えたのは初めてだったので、そのせいかもしれない。
 心が春の嵐に巻き込まれたような感じで乱れているのをファロスに気取られないように手紙用の新しい羊皮紙と、筆記具を机の上に置いて眼差しでファロスに腰を下ろすようにと促した。
 キリヤの気持ちが咲き初めた花が春の風に揺らいでいることを懸命に押し隠して。





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