神殿の月

こうやまみか

23

 禊と称する「神事」も何だか額面通りには受け取れなくなってきたが、戦を控えた今、その謎を解明している暇はない。個人的にはキリヤ様のことやそれを取り巻く神殿の謎に興味をそそられたのも事実だったが、それよりも明日の戦さが優先順位が高いことは明白だったし、キリヤ様も戦神いくさがみを祀る神殿に仕える身の上でもあり、また戦そのものにも多大な興味を抱いていると知ってしまったからには、今ファロスが戦さ以外の話題を振るのは却って逆効果になるだろう。
 ただ、キリヤ様との話を通じてさらに思考が深まったのも事実だった。
 ジャスミンの仄かな香りの湯気が漂う中でファロスは口を開いた。
「そうですね。私の手紙で事足りるかと思います。
 わが軍に死傷者をさらに出さない方法を考えたのですが聞いて頂けますか?」
 キリヤ様の端整かつ月の静けさに似た感じの美貌が月よりも眩い笑みを浮かべているのに目を射すくめられたような気がして、話を続けることにした。額飾りが縦に揺れて了承の煌めきを送ってきたので。
「すでに両端には騎兵隊を置いています。この地図ではこことここですね」
 口で説明するよりも分かりやすい上に、せっかくキリヤ様が精魂込めて作り上げた地図を少しでも触れていたい気がして立ち上がって壁へと向かった。
 すると意外なことにキリヤ様も椅子からすらりと立ち上がるとファロスの傍らに立って地図を見ていた、真剣な眼差しで。
「なるほど、馬で駆け降りるには――確かに危険はあるだろうが――最小限に抑えた感じだな。ファロスの苦心のほどが偲ばれる布陣だ」
 長い睫毛が燭台の灯で滑らかな素肌に影を作っているのも綺麗だった。
「お褒めのお言葉有難うございます。私が今夜考え付いたのは、どちらかの騎士隊に大きな石をなるべく多く谷へと向かって落とし、あわよくば道を通行不可能な状態にして戦力を削ぐという考えです。
 そうすることによって我が軍の騎士の損耗を最小限に抑えることが可能です」
 キリヤ様は月の光にも似た笑みをさらに深くしてファロスを見上げていた。
「なるほど……。そのほうが確かに効果的だな……。で、どちらの隊に石を落とすようにと命令する積りだ?」
 エルタニア国とフランツ王国の同盟軍が結集しようとしている場所は斥候《せっこう》の報告ですでに分かっている。

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