修羅道 ~レベルを上げたいだけなのに~

雷然

第18話 騎士の剣(ちかい)は砕け・・・

 本戦4日目、3回戦の第三試合が俺とフィリップの試合だ。
 2日間に分けてやってくれればいいのに、連日試合がありやがる。


 まぁいい。あの若造をぶちのめせるのだから。


 無手でも良かったが念のために今日も剣を貸してもらった。
 係りの人間は何か言いたそうな顔をしていたが結局「どうぞ」の一言以外何も言わなかった。
 暗くて長い廊下を渡り、暖かい光と喧騒けんそうに包まれてゆく。俺の応援をしてくれているのは、トトカルチョの大穴にこっそり賭けたギャンブラーとキャサリンだけだろう。


 案の定、俺の姿が闘技場内に見えると観客達からブーイングが巻き起こる。


 フィリップは先に入場を終えていた。
 「チンピラ君、まずは逃げずに来たことを褒めてやろう、君がその悪性を反省し、今日をもって清く正しい道を歩むと誓ってくれるならば、私は甚振いたぶるような真似はしない、私も弱いものイジメはしたくないのでね。早々に美しく決着をつけて差し上げるが、いかがかな?」


 「……」


 「今日は静かなんだね。昨日は観客の皆様に食って掛かっていたのに」
フィリップは美しい剣を正眼に構えて、笑みを浮かべた。


 「君の剣技が未熟なことはすでに露呈ろていしている。鎧を着た私には昨日のような見苦しい手段は通用しない。観念したまえ!
さぁ審判、始めてくれっ!」


 読まなくてもいい空気を読んでいた審判が天に手を掲げる。
 そして開始の銅鑼どらが鳴らされ。地に手を振り下ろす。
 「はじめぇッッ!」


 俺は開始と同時に左へと走る。


 「どこへゆく? 離れては剣が使えぬぞ」
 フリップが間合いを詰める。
 更に加速。俺は最初から剣戟けんげきで勝負する気などない。


 「なるほどこんなもんか」
 フィリップの速度を確かめた俺は小さな金属の円盤を取り出す。真ん中に三角を伸ばしたような穴があいている。
 走りながらその円盤を手裏剣のように投げつけた。


 俺の投げた円盤は手裏剣のように尖っていないし刃もついていない。
 およそ殺傷能力のある形状ではないものだ。
 事実として事前に準備していたそれらに[武器強化:壱]を使おうとしたが、スキルは武器として認識しなかった。


 通常、投げたところで痛痒つうようを与えることは出来ない代物だった。


 ただしそれが弾丸の速度で飛んでくれば話は違う。


 フィリップの鎧はフルプレートではなく関節部などは衣服が露出している。それに兜はしておらず頭部は無防備だ。
 俺が狙ったのは前者、鎧に覆われていない衣服を狙う。


 俺が投げた円盤はやすやすとフィリップの衣服を切り裂き、肉を削った。
「くっ」
 驚きと痛みで奴の顔がゆがむ。


 走りながら2投目、3投目・・・・。次々投げてゆく。
 フィリップも流石さすがなもので剣で迎撃するが、その全てを防ぎきることは出来ない。
 こちらを追いかける時間が減りってゆき、円盤を斬るようにして防いでいた剣を今は盾のように使っている。
 フィリップの周囲を、円を書くように走りながら円盤を投げ続ける。
20枚は投げていた。


 コレが尽きるのを待っているのか?
 もう最初に準備していたものは投げきっているが、俺の弾はなんだよ。




 スキル[武装作製クリエイトアームズ:弐」で切羽せっぱを作り出す。
 切羽とは日本刀に使う部品のひとつだ。
 走る必要がないと判断した俺は足を止め、持っていた剣を地面に突き刺してから、丁寧に切羽を握る。
 そしてピッチャーが全力のストレートを投げるようにしてフィリップのつるぎ目掛けて投げつけた。
 ついに音速を超えた切羽が、空気を振動させ怪音を唸らせる。
 空気の壁を破壊した音と共に、けたたましい金属同士がぶつかる音がし、観客も思わず耳を塞ぐ。
 フィリップとその剣は健在。
 なるほど、全力でも切羽これじゃぁだめらしい。[武器強化]もしてないし仕方ないのかもしれない。
 俺の攻撃が終わったと思ったのかフィリップが突撃してくる。
 「オラッ チ○カス騎士!死にたくなかったらしっかり剣を構えとけっ!」
 地面から引き抜いた剣を逆手に持ち、投げようとするのを見てフィリップの顔が青ざめる。


 刃引きの剣プラス[武器強化:壱]


 「これで、どうだぁッッー!!」


 上半身を十分にそらし、生み出したパワーを下半身でしっかり支える。
 踏みしめた足が地面を掘り、全身の運動エネルギーを右手に、そして今飛翔せんとする剣に込める。


 放たれた剣が奇跡のように真っ直ぐ闘技場を貫き、フィリップのもとに届けられた。


 二つの剣が砕け散り、衝撃でフィリップが吹き飛ぶ。
 鎧の胸の辺りが破損しているが命に別状べつじょうはなかった。


 起き上がったフィリップはうつろ眼差しで周囲を見渡し、よたよたと歩いたあとひざまづいて剣のつかを拾った。
 両手で柄を握り、刀身があった部分を見つめる。


 「どうするフィリップ、まだやるか?」
 うなだれたまま首を横にふる若い騎士。


 審判が決着を言い渡し、俺は闘技場を去る。
 俺に対する罵声は少なく。フィリップに声をかけるものもおらず、闘いは静かに終わった。








 その夜も独り家を出る。同じベットにいたキャサリンは起きたが何も言わない。
 ムサシもキャサリンが起きたことに気づいていたが何も言わない。


 またスラムに足を運んでいた。
 昨日つくった死体はまだ見つかっていない。あるいは見つけているが騒ぎになっていないだけなのか。




 大都市というのは大抵はスラムを生む。何故スラムが生まれるのか、そのメカニズムをムサシは知らない。国のトップが悪いのか、国や都市といったシステムが悪いのか、自らの人生だけを謳歌する市民や貴族が悪いのか……ムサシには判らないし、どうでも良かった。
 ただ自分がそれらより遥かに悪いことをしている自覚はあったし、この世界でこんなことをしている己が前世より更に最低なクズになっていっていると何処か他人事のように思案しあんした。
 きりの良いところまで作業をおこなったムサシは明るくなる前に家に帰った。
 返り血のつくようなヘマはしていないが、スラムの匂いが身体に染みついているような気がしてシャワーを浴びる。
 「おはようダーリン」
 浴室に、起きてきたキャサリンが入ってくる。
 キャサリンは何も聞かず、ムサシも何も言わなかった。


 キャサリンが優しくムサシを抱きしめ、ムサシもまたゆっくりと抱擁ほうようを返すのだった。











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