黒い花

島倉大大主

第二章:田沢京子 5

「僕の仕事について話そう。僕の肩書は覚えているね」
「特別――じゃなくて、特殊管理産業廃棄物の処理業者?」
「そう。正確に言えば『処理と保管』だ。海外には結構な数の業者や施設があるんだけど、日本では今まで一部の寺社仏閣が行っていてね、民間人は僕が初めてだ……まあ、公式な話ではってことだけどね。もぐりや好事家でそういう連中はうじゃうじゃいる。僕も実際四人ほど知っている。一人はかなりの金持ちで山奥に豪邸を持っていたりするんだが、おっと話が脱線したな」
「話が見えねえ。お寺に神社が何を処理したり保管するってんだよ」
「察しが悪いねえ。いや、馬鹿馬鹿しくて言いたくないとか?」
 あたしはラジオをちらりと見て、それから車内に目を走らせる。
「……どっちかてーとそっちだ。つまりあれか、先輩はそういう――オカルト的な、呪われたり祟られたりしている掛け軸とか人形とかそういう物を処理したり保管したりする業者ってことか?」
 真木は右手の人差し指をぴんっと伸ばす。
「そうだ。放置しておくと危険な超常的な物体を処理する。不可能な場合は厳重に保管する。処理方法が確立するまでね。僕は色々あって金持ちでね、それが可能なわけだ」
「……正気を疑う所だけど、このラジオを聞いちまうとな。『人の心を放送するラジオ』か」
「正確には、半径五メートル以内の人間の思考を受信できる、だね。某国で尋問に使われていたとの噂付きで手に入れたのだよ」
「へえ……もしかして、この車も?」
「ああ。これは調査や回収に凄く役に立つんで、許可を頂いて使ってるのさ」
「許可……おい、この事実って聞いても平気なのか?」
 真木は甲高い声で笑った。
「いやいや、ぜぇんぜん平気じゃないね! ラジオを使うまでもないな。君が思っている通り僕の上には政府、詳しく言うと公安がいるのだ」
「いや、おい、ちょっと待て。それじゃあ、あたしはどうなるんだ?」
 真木は肩を竦めた。
「さあ? 逮捕されることはないと思うが、監視されるようにはなるんじゃないかな」
 真木はにやにや笑いながら前を見て運転している。あたしは顔をしかめた。
「冗談だよな?」
「さてね。だが、まあ協力してくれたなら便宜を図らんこともない、ってね」
 あたしは抗議の声を上げた。
「先輩、あんた汚なすぎねえか? その……何にも知らないあたしに……」
「いやいやいや、冗談だよ京さん。僕が黙ってればいい事だからね。ただ、君が言いふらした時の責任は持てないけどね。僕はどちらかと言えば冷酷な人間だよ」
 あたしは頷いた。
「納得だ。蛇っぽいし」
「おや、怒ってしまったかな? まあ僕は人に好かれるタイプの人間ではないからね。数時間辛抱してくれたまえ。ところで話題を戻すんだが、何故、公安がこんな事に関わっていると思う? どうかな、京さん、わかるかな?」
「わからねえ、見当つかねえというのも芸が無いわなあ。まあ事故とか事件とか?」
 真木はうむうむと頷くと、顎で前方をしゃくった。釣られて前を見ると、道路脇に標識が立っている。住宅街なので制限速度は二十㎞。あたしはおお、と声を上げた。
「知ってるぞ。幽霊が出る場所には吃驚マークの標識がある!」
「う~む、そっちの真偽は知らないが、多分ガセだねそれは。えーっと……そう! 二年前、だったかな? 事故が多発するカーブが某県の山奥にあった」
「おう、魔のカーブって奴だな」
「そう、出だしは実話怪談だね。事故で死んだドライバーの幽霊がそのカーブで出る。そして、そのドライバーに事故らされて霊界に連れていかれる、と地元で話題になった。その時点ではただの噂話なんだが、物好きな警察官が現場に出向いてね、ある現象に出くわした」
 あたしは真木の顔を横目で盗み見る。からかっている、と考えるのが普通の流れなのだが、さっきのラジオが効いている。それにあえて聞いてないが、中講義堂でこいつの眼帯の下に見えた、緑色の光も気になっている。というわけで、あたしは真木の期待通りの言葉を発した。
「どんな現象に出くわしたんだ? 女の幽霊を車の後ろに乗せたのか? それともフロントガラスに手形がついたか?」
「いや。僕が後で調べて判ったんだが、地元で流れていた幽霊の噂は性別も年齢もバラバラだ。事故の記録にない中年の女性の幽霊まで出ていることになっている。
 つまり、ただの噂話に過ぎないんだ。
 さて、地元の人のいい警察官、仮に佐藤さんとしとくけど、佐藤さん、ぶっちゃけ怖かったんで昼間に行ってみた。同僚には山菜取りとか言ってたらしいけど、懐にはガッツリ数珠が入ってた」
 あたしは、くすくす笑った。
「いいねえ、先輩、怪談の才能があるよ。掴みとしてはかなり面白い」
「いやあ、僕もああいう動画を投稿してみたいんだけどねえ……立場的にちょっと。
 で、佐藤さんは現場に十一時半に到着。車が止められるのがカーブのちょっと離れた場所にしかなくてね、そこから歩いたそうだが結果これが彼の命、いや大勢の命を救うことになった。彼の証言をそのまま引用するなら、標識は震えながら、表示を次々と変えてみせたそうだ」
 あたしは眉を顰めた。
「なんだそりゃ? その……一方通行の標識が、鹿注意とかに一瞬で変わるってこと?」
「何故に鹿注意なのか判らないが、まあそんな感じだ。色も形も丸ごと瞬間的に変わる。元々はゆるやかな上り坂のてっぺんで、予算の問題でガードレールが付けられないが、左に曲がる急カーブがあるのでつけられた標識だ。街灯の類が一切ない夜間の山を走行中に、前方に標識があったとして、そこに『右カーブ』とあったらハンドルをどう切る?」
「……見間違い、じゃすまないわな。そのカーブの下は崖?」
「ああ。十五メートルくらいだったかな。蔦が下からびっしりと生え、標識にも絡まっていた。さて、佐藤さんは目の前で刻々と変化する標識を見て、事故との関連を想像し、大変偉い事に本署に報告した。同僚達は笑ったらしいが、上司の鈴木さん――あ、これも仮名ね――は事故の連続に異常性を感じていたらしい。公機捜こうきそうの――」
「待て。公機捜? 公安機動捜査隊? テロ関連のアレ?」
 真木はちらりとあたしを横目で見ると、にやりと笑った。
「スルーするかと思ったが、アニメで?」
 あたしは頷いた。去年、主人公が公安機動捜査隊員であるアニメが二クール放映された。彼らは爆破テロ、細菌テロ、その他諸々の国家に対する脅威と闘う組織、とアニメではなっていた。
「僕は民間業者として、公安機動捜査隊特殊管理産業廃棄物処理班に協力している。
 公機捜特こうきそうとくとか呼ばれてるね。ま、そんなわけで鈴木さんの報告で僕と公機捜特や『ちょっと言えない組織の皆さん』で現地に赴き、標識を特産廃とくさんぱいと認定。とりあえず回収し、念のためにガードレールの設置をお願いしたわけだよ」
 あたしは長く息を吐いた。
「先輩、あたしは、あんたが妄想を喋っているか、あたしをからかっているんじゃないかと思ってるんだけど、失礼とは思わないでくれよ」
 真木はうふふ、と声を出すと、ハンドルを軽く叩いた。
「慣れてるから大丈夫! それよりも君は今、嫌な予感というやつに包まれているね? 何故僕が色々話してしまうのか、と」
「……他言しても相手にされないと考えてるってとこか。そういやまだ答えてなかったけど、実はあたし霊感が少しあるみたいなんだな。あの動画じゃ少々大袈裟に言ってるけどね。まあ、虫の知らせが結構くる程度だけど……信じるかい?」
「いや。それはわかってる」
 あたしはああ、やっぱりと小さく呟いた。
「その眼帯の下か。で、先輩の『狂喜』と『焦り』ってのもそろそろ聞かせてもらえちゃうわけ?」
 真木は、ああ、というとハンドルを切った。車は国道に出た。家までは十五分といったところか。
「焦りの方は公機捜特絡みだ。十一時間前、ある事件が確認された。これは非常に特殊な事例になりつつある。もしかしたらかなり厄介かつ、もしかしたら残り時間がない事件なのかもしれず、それで、僕は『焦って』いるのだ」
「もしかしたら? それは、その……事件が深刻化しちまうってこと?」
 真木は頭を振った。
「違う違う違う! こういう事件というのはだね、迅速に対応しないと『終わってしまう』のだ。ぴたりと止まって、次に起こるのは一週間先か、一ヶ月先か、もしかしたら百年先か! 僕はこの事件には『ある動画』を回収し保管する名目で呼ばれたのだがね、個人的な理由で絶対に解決しなくてはならないと考えているのだ! ――まあ、その所為だと思うのだが、なんか朝から落ち着かなくてねえ」
 あたしは瞬きをして、ほへえ、と間抜けな声を出した。
「まあ、つまり事件を迅速に解決する為にあたしが必要ってことか……不思議だな」
「んん? 何がだね?」
「あたしも何だか朝から落ち着かねーんだよ」
 真木はこちらに凄い勢いで顔を向けた。
「そうなのかね?」
「まあ……」
「ふむ……ちなみに捜査の結果、その事件の関係者の中に君の名前が出現したのだよ」
「は、はぁ!? あたしが一体何をしたって――」
 あたしはそこで口を閉じた。こいつがここに来たのは確かあの動画を見て――
「そうだ。君が往復ビンタをした御霊桃子絡みなんだよ、この事件は。あの一瞬の関わりだったが、僕は念の為に君を調べ、しかる後に君が代役をたてた怪談動画に辿りつき、そして僕は個人的に『狂喜』したのだ」
「さっきから言ってる個人的ってのは、どういうこと?」
 真木は唇を神経質そうに湿らすと、やや早口になる。
「僕はある現象について長い間調べている。僕自身が過去に体験したある現象についてね。僕の人生を捻じ曲げ、体を普通では――まあ、それはいい。ともかく僕は現在でも恐らくはその現象に端を発するものを見て聴いているのだ。
 田沢京子君、君が夢に見た真っ黒い人々、そして黒い染み。僕は知っているんだよ。僕が追い続ける現象に、真っ黒い人々と染みは切っても切り離せないのだ!
 勿論霊感のある人々は黒い人を見ることができる。だが、染みと関連させたのは君だけ! 君だけなんだよ! だから僕は『狂喜』しているのだ! 僕以外にもやはりいた、とね!
 そして今回の事件はね、僕が過去に体験し、今まで追ってきた現象と大変良く似ているのだよ」
 あたしは声が出なかった。
「僕の予想が正しければ、君は僕と同じ、または類似する現象を体験しているはずなんだ。君はそれを忘れている。
 それこそが君が体験したという証拠なんだよ!
 そしてそれを思い出すことが――いや思い出せなくてもいい。その事実に近づくことこそが今回の事件の解決、ひいては僕の長年の疑問解決にもつながるはずだと僕は考えているのだよ!」

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