聖夜の夜にミラクルを
聖夜の夜にミラクルを
♢
―――あぁ……分かってた。こうなるってこと。
結末は最初から分かり切っていて、結局思った通り。
私は手にスマートフォンを握りしめたまま、ベッドに体を投げ出した。普段から体を預けているそのベッドは、仰向けに倒れこんだ私の体を優しく受け止める。
昨日となんら変わらぬその感触。それが逆に私の心を突き刺す。
普段と何一つ変わらない日常の一風景が、さきほどの出来事を夢か幻のように感じさせてしまう。悪い夢なら醒めて欲しい。いっそこのまま思考を放棄して眠りの底につけば、なんら変わらぬ世界が広がっているのではないか。
だがそう思えば思うほどにその出来事は現実感を増してゆく。
「ひっひぅ……えっぐ……」
滝のように瞳から溢れ出た大粒の涙は、ゆっくりと頬を伝い流れ落ちる。
私は涙を流すまいとスマートフォンを握りしめたままの右腕で顔を覆った。西の空に辛うじて浮かんでいた太陽はその夕焼けとともに既に姿を消している。
真っ暗な自室に響くのは惨めな女のすすり泣く音だけ。あぁ、その惨めな女が私か。
―――やっぱり俺たちもう終わりだと思う。別れて欲しい。
私はこの日、最愛の彼から振られた。
♢
あの日から何ヶ月経っただろう。日々の忙しさから、彼のことを思い出す瞬間は減っていた。
いや、実際には思い出さないように必死だったのかもしれない。
友達といる時間を増やしてみたり、趣味に没頭しようと小説を読み漁ったり。
でも皮肉なことに忘れようと思えば思うほどに、彼のことを思い出す。彼とよく行った公園。彼と一緒に歩いた道。彼と談笑した喫茶店。彼の仕草さ。彼の笑顔。彼の愛の言葉。彼の―――。
私はふと、イルミネーションが施された街路樹に目を向けた。すっかり暗くなった夜道に、その街路樹は青と白の光を放つ。ここは去年、元彼と歩いた道。
「……綺麗」
ぽつり、私は呟く。
そっか、世間はクリスマスか。
辺りを見回すと、幸せそうなカップルが楽しそうに歩いている。
その幸せな空間に、去年は私もいたんだよね。去年は二人。今は……。
そう思うと、周囲のカップルが急に妬ましく思えた。その幸せを分けて欲しい。
そう思ってしまう自分が嫌いだ。
私はその場から駆け出しそうになるのを堪え、踵を返し―――。
「どうした?」
え……。
私はついに幻聴が聞こえるようになったか。もう末期かもしれない。
「おいって……どこか具合でも悪いのか?」
その声の主は何でもないかのように、そう言った。数か月前までは聞きなれていたその声。私は信じられないというように、後ろを振り返る。
そこには私が会いたくてやまなかったその人が立っていた。その顔。その仕草。たった数か月しか経っていないのに、すべてが懐かしく感じられた。すべてが愛おしく感じられた。
「どう……して……」
私はそう言って口元を手で押さえた。
「本当に具合が悪いんじゃないか? つかまれよ」
私は必死に我慢していた気持ちが溢れ出るのを感じた。が、それを押し留めていることは、もはや不可能だと悟った。
大粒の涙がまたしても瞳から溢れだし、頬を伝う。
周囲の人の好奇の目が突き刺さるが、そんなこと構わない。
私は彼に抱き着いた。
彼は困惑しながらも私の背に腕を回すと、そのまま何も言わずに抱きしめた。しばらく私は彼の胸で泣き続けた。
♢
後で分かったことだが、どうやら私は一年前のクリスマスの夜にタイムリープしてしまったらしい。
つまり私の意識はそのままに、一年前の体に憑依した……のだ。
一年前の私の意識はどうなったのか。なぜこんな非現実的なことが私の身に降りかかっているのか。
そんなことはこの際どうでもいい。
私は神様からもらったクリスマスプレゼントだと思うことにした。
その日から、私は、今まで以上に彼を大切にした。
悪いと思えるところはすべて直した。
必要以上に彼の人間関係に干渉しない。彼を信じる。
彼との関係はかつてないほどに良好だ。
でも、ふと思う。
私は―――彼を騙しているんじゃないか。と。
もうすぐ私が彼に振られた日がやってくる。
私はその日すべてを打ち明ける決心をした。
場所は私の部屋。ちょうど私が彼に振られて、一人打ちひしがれていた場所だ。
私が今日、この日、本当は振られていたこと。タイムリープしたこと。今まで黙っていたこと。
怖い。言わないほうが幸せかもしれない。言ってしまったがためにまた振られるかもしれない。
だけど―――。
私は勇気を振り絞る。ベッドに腰かけた私と彼の距離はほんの数センチ。私の震えに気付いているかもしれない。
「「あの!」」
しかし私の言葉は彼の言葉と被ってしまう。
「えと……先、どうぞ」
「お前こそ……」
沈黙。
しばらくの沈黙の後、その沈黙を破ったのは彼だった。
「あの、さ……」
「うん……」
再びの沈黙。意を決したかのように彼は口を開く。
「変なこと言うっておもうかもしんないけど、俺……」
「……」
「俺、お前を本当は今日振ったことがあるんだ。信じてもらえないと思うけど……タイムリープっていうの?俺お前をずっと騙してた。ごめん」
「え……」
私は言葉を失った。彼は何と言った。私を振った?タイムリープ?
「……なんで、まさか、あなたも」
私は声を失った。まさか。
私は自分もタイムリープしたことを明かした。あのクリスマスの夜に。
彼は私より数時間早くタイムリープしていたらしい。
「それじゃぁ……私のこと、本当は」
好きじゃないのね。
私は言葉を飲み込んだ。
だが彼が告げたのは意外な言葉。
「お前を失ってから、お前の大切さに気付いた。ごめん」
「……」
「虫がいい話だとは思う。でもこの気持ちは本当だ……あの日から俺は……」
私は、首を垂れ俯きがちに涙する彼の肩をそっと抱いた。
「いいよ。許すよ……もうどこに行かないで」
「あぁ……絶対、どこにも行かない」
私と彼はそう言って抱き合った。
―――あぁ……分かってた。こうなるってこと。
結末は最初から分かり切っていて、結局思った通り。
私は手にスマートフォンを握りしめたまま、ベッドに体を投げ出した。普段から体を預けているそのベッドは、仰向けに倒れこんだ私の体を優しく受け止める。
昨日となんら変わらぬその感触。それが逆に私の心を突き刺す。
普段と何一つ変わらない日常の一風景が、さきほどの出来事を夢か幻のように感じさせてしまう。悪い夢なら醒めて欲しい。いっそこのまま思考を放棄して眠りの底につけば、なんら変わらぬ世界が広がっているのではないか。
だがそう思えば思うほどにその出来事は現実感を増してゆく。
「ひっひぅ……えっぐ……」
滝のように瞳から溢れ出た大粒の涙は、ゆっくりと頬を伝い流れ落ちる。
私は涙を流すまいとスマートフォンを握りしめたままの右腕で顔を覆った。西の空に辛うじて浮かんでいた太陽はその夕焼けとともに既に姿を消している。
真っ暗な自室に響くのは惨めな女のすすり泣く音だけ。あぁ、その惨めな女が私か。
―――やっぱり俺たちもう終わりだと思う。別れて欲しい。
私はこの日、最愛の彼から振られた。
♢
あの日から何ヶ月経っただろう。日々の忙しさから、彼のことを思い出す瞬間は減っていた。
いや、実際には思い出さないように必死だったのかもしれない。
友達といる時間を増やしてみたり、趣味に没頭しようと小説を読み漁ったり。
でも皮肉なことに忘れようと思えば思うほどに、彼のことを思い出す。彼とよく行った公園。彼と一緒に歩いた道。彼と談笑した喫茶店。彼の仕草さ。彼の笑顔。彼の愛の言葉。彼の―――。
私はふと、イルミネーションが施された街路樹に目を向けた。すっかり暗くなった夜道に、その街路樹は青と白の光を放つ。ここは去年、元彼と歩いた道。
「……綺麗」
ぽつり、私は呟く。
そっか、世間はクリスマスか。
辺りを見回すと、幸せそうなカップルが楽しそうに歩いている。
その幸せな空間に、去年は私もいたんだよね。去年は二人。今は……。
そう思うと、周囲のカップルが急に妬ましく思えた。その幸せを分けて欲しい。
そう思ってしまう自分が嫌いだ。
私はその場から駆け出しそうになるのを堪え、踵を返し―――。
「どうした?」
え……。
私はついに幻聴が聞こえるようになったか。もう末期かもしれない。
「おいって……どこか具合でも悪いのか?」
その声の主は何でもないかのように、そう言った。数か月前までは聞きなれていたその声。私は信じられないというように、後ろを振り返る。
そこには私が会いたくてやまなかったその人が立っていた。その顔。その仕草。たった数か月しか経っていないのに、すべてが懐かしく感じられた。すべてが愛おしく感じられた。
「どう……して……」
私はそう言って口元を手で押さえた。
「本当に具合が悪いんじゃないか? つかまれよ」
私は必死に我慢していた気持ちが溢れ出るのを感じた。が、それを押し留めていることは、もはや不可能だと悟った。
大粒の涙がまたしても瞳から溢れだし、頬を伝う。
周囲の人の好奇の目が突き刺さるが、そんなこと構わない。
私は彼に抱き着いた。
彼は困惑しながらも私の背に腕を回すと、そのまま何も言わずに抱きしめた。しばらく私は彼の胸で泣き続けた。
♢
後で分かったことだが、どうやら私は一年前のクリスマスの夜にタイムリープしてしまったらしい。
つまり私の意識はそのままに、一年前の体に憑依した……のだ。
一年前の私の意識はどうなったのか。なぜこんな非現実的なことが私の身に降りかかっているのか。
そんなことはこの際どうでもいい。
私は神様からもらったクリスマスプレゼントだと思うことにした。
その日から、私は、今まで以上に彼を大切にした。
悪いと思えるところはすべて直した。
必要以上に彼の人間関係に干渉しない。彼を信じる。
彼との関係はかつてないほどに良好だ。
でも、ふと思う。
私は―――彼を騙しているんじゃないか。と。
もうすぐ私が彼に振られた日がやってくる。
私はその日すべてを打ち明ける決心をした。
場所は私の部屋。ちょうど私が彼に振られて、一人打ちひしがれていた場所だ。
私が今日、この日、本当は振られていたこと。タイムリープしたこと。今まで黙っていたこと。
怖い。言わないほうが幸せかもしれない。言ってしまったがためにまた振られるかもしれない。
だけど―――。
私は勇気を振り絞る。ベッドに腰かけた私と彼の距離はほんの数センチ。私の震えに気付いているかもしれない。
「「あの!」」
しかし私の言葉は彼の言葉と被ってしまう。
「えと……先、どうぞ」
「お前こそ……」
沈黙。
しばらくの沈黙の後、その沈黙を破ったのは彼だった。
「あの、さ……」
「うん……」
再びの沈黙。意を決したかのように彼は口を開く。
「変なこと言うっておもうかもしんないけど、俺……」
「……」
「俺、お前を本当は今日振ったことがあるんだ。信じてもらえないと思うけど……タイムリープっていうの?俺お前をずっと騙してた。ごめん」
「え……」
私は言葉を失った。彼は何と言った。私を振った?タイムリープ?
「……なんで、まさか、あなたも」
私は声を失った。まさか。
私は自分もタイムリープしたことを明かした。あのクリスマスの夜に。
彼は私より数時間早くタイムリープしていたらしい。
「それじゃぁ……私のこと、本当は」
好きじゃないのね。
私は言葉を飲み込んだ。
だが彼が告げたのは意外な言葉。
「お前を失ってから、お前の大切さに気付いた。ごめん」
「……」
「虫がいい話だとは思う。でもこの気持ちは本当だ……あの日から俺は……」
私は、首を垂れ俯きがちに涙する彼の肩をそっと抱いた。
「いいよ。許すよ……もうどこに行かないで」
「あぁ……絶対、どこにも行かない」
私と彼はそう言って抱き合った。
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