異世界列島

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19.異界の国Ⅱ

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【中央大陸/ウォーティア王国/王都/王城/12月10日(接触12日目)】


 双方の認識に齟齬そごが出ることを防ぐ目的で開かれた、〝情報共有会合〟。日本側の紹介は無事に終わり、続いて王国側の紹介が始まる。


 王国側の説明に立つのは老宰相のポール・プレジール。後頭部で結った白髪が僅かに揺れた。


「……皆様に資料を」


 プレジールのしゃがれ声が響くと、控えていた役人たちは飛び跳ねるような勢いで、手に持った羊皮紙の束を配り始める。


 羊皮紙は数枚程度の極めて薄いものだが、出席者全員分の資料が用意されていた。この国で紙が貴重品だということを考えれば、中々の気合の入れようである。出席者全員に資料が渡ったのを確認し、プレジールは説明を始めた。


『初めに一枚目の資料をご覧いただきたい』


 プレジールの手にはマイクが握られているが、初めて使うであろうその機材に戸惑う様子は無い。プレジールは声を全体に響かせるが、その焦点は日本側、特に黒沢に向けられている。


『初めに我が国の……この国の歴史について説明します』


 この国の歴史と題された資料は、約2000年前に書かれた書物の引用から始まる。


『この〝文明記〟は紀元前1000年頃に記されたもので、確認されている限り最古の歴史書になります』






【大山脈の果、南西の方角に我が国に劣らぬ文明あり。人と物の往来は両文明をさらに豊かたらしめん】
 ―――文明記.第二編(執筆者不明)現代語訳版より抜粋。






 ここで言う我が国とはウォーティア王国では無く、かつてこの東方・北東諸国地域に存在した無数の国家の内の一つである。そして南西の文明とは西方・西方諸国地域に栄えた西方文明のことであろう。と、プレジールは言った。


『紀元前500年頃、西方には大きな災厄が降り注ぎます。後に西方諸国ではこの時代を、〝暗黒時代〟と称しました』




【西の方角より、数万の悪魔が襲来す。突如湧き出たそれらの軍勢は、奇怪な術を操る化け物だと聞く。もし、魔の手が東方に及ぶことになれば、我が民は蹂躙の憂き目に遭うだろう。】
 ―――古王達ノ手記集(古イース国王ボアレ・イース執筆)現代語訳版より抜粋。






 悪魔の襲来である。そこでプレジールはカッと目を見開いた。説明にも熱が入る。


 王国側の出席者は、聞き飽きた老宰相の蘊蓄うんちくに辟易とした思いであったが、使節団の面々は瀬戸によって翻訳されるプレジールの説明に食い入るように聞き入った。


 元いた世界では物語フィクションの中だけの存在であった悪魔。その暴虐無人な蛮行に耳を覆いたくなる。


 しかし使節団側が特に注目したのは「突如湧き出たそれらの軍勢」と言う一節であった。吉田は声を潜め、黒沢の耳元で囁く。


「(悪魔……と言う存在が気になりますね)」
「(そうだね。あるいは、彼らもまた我が国のように……)」


 もしも、悪魔と言う災厄が突如現れたのだとしたら。


 彼らと同様、突如この世界に現れた日本もまた、悪魔とのそしりを受けるのではないだろうか。黒沢は暗にそう告げた。実際、ガノフ宮廷魔導官は当初、日本人を悪魔ではないかと疑っていたのだから。もっとも、彼の見解は馬鹿話として一笑されたが。


 プレジールの話は続く。


『悪魔と人間。その戦いの中、稀代の大英雄が誕生しました。その大英雄は女とも男とも……。西方諸国が信奉する聖教ではその者をしゅ。つまりは神と崇めております』






【数百年もの間、饒舌しがたい暴虐の限りを尽くした悪魔の蛮行に心を痛めた我らの主は、恐れ多くもヒトの姿で下界に降臨あそばされた。主は我らに悪魔に抵抗する力をお授けになり、我ら聖使徒と共に悪魔をこの地より追放した】
 ―――聖教会正史.第三章(聖使徒カムラ執筆)より抜粋。






 聖使徒カムラは獣人蔑視を含んだ聖教典を編纂した人物として知られている。彼は、かつて大英雄(彼が言うところの主)と共に悪魔と戦った英雄の一人であった。


 彼の言によれば、〝魔法〟と呼ばれる技術は主が与えたものとのこと。よって、聖教を信奉する西方諸国では魔法師の権威は絶対的なものとなっている。


 彼らの戦績はすさまじく、破竹の勢いで悪魔を討伐したとされるが、北東諸国には戦いの歴史が生んだ虚栄と見る歴史家も多い。


 北東諸国の歴史家の多くが〝稀代の大英雄〟とは神では無く、〝悪魔討伐を主導したグループのリーダー〟だと考えている。そしてその戦いを陰で支え続けたのがイース帝国であった……と。


 ちなみに、この世界で広く使われている暦である聖歴は、大英雄とその仲間たちがこの大陸から悪魔を討伐した年を元年としている。


 プレジールはそこで一呼吸置いて、銀杯に注がれた水を飲み干した。彼の話は続く。


『西方が悪魔によって破壊される一方、予想を外れ東方はその災厄を免れました。添付の新帝国期は聖教会正史と同時期に記された書物になります』






【暴虐の限りを尽くし、無辜の民を苦しめた災厄。この暗黒期にあって帝国は常に屈することなく戦い続けてきた。帝国は西方を開放せし英雄諸君の庇護者として、今後も西方の平和と安寧に助力することが期待されている。戦い続けた英雄諸君と我が帝国に栄光あれ】
 ―――新帝国記.第四編(帝国書記官アーク・レギナス執筆)より抜粋。






 ここで言う帝国とはかつてこの北東諸国地域を統一した大帝国、イース帝国のことを指す。


 同新帝国記によると、イース帝国は紀元前200年頃には北東諸国地域を統一したとされる。同時代、西方諸国はまだ悪魔による収奪を受けた暗黒時代の最中にあった。


 なぜ、イース帝国だけが悪魔の襲撃に晒されなかったのか。今となっては大きな謎となっている。


『新帝国記は聖歴100年頃に編纂された書物でありますが、より古い時代に記されたとされる帝国記は依然、発見されておりません。すべての謎はそこに記されていると歴史家は言いますがな』


 しかし、古今東西、栄枯盛衰えいこせいすいは世の習い。暗黒時代にあって唯一、繁栄を享受したイース帝国にも陰りが訪れる。


 戦後復興著しい西方が力を付ける一方で、旧態然としたイース帝国は繁栄の絶頂を既に迎えて久しかったのである。


 汚職、腐敗、離反。


 中央では皇室・貴族社会を巻き込んだ後継者争いが頻発し、地方では西部国境を中心に西方からの流民が領内に流入した。


 その中で地方に派遣されていた貴族たちは徐々に中央から離反し、封建領主化し始める。


『そして遂に聖歴300年頃、帝国は東西に分裂。次いで、500年。東イース帝国は滅びます』


 西イース帝国は東イース帝国より100年ほど早くに滅んだとされる。


 しかし西イース帝国はその初期、武帝が皇帝の時代。滅びの予想に反して現在のスラ王国、当時ナカニア王国と呼ばれていた国を征服した。ナカニア王国は東方世界で唯一、イース帝国の版図に含まれていなかった孤高の武装国家であったと言う。


『両帝国無き後、北東の地には戦乱の世が訪れます。戦に次ぐ戦。その中で、我が国の祖、ファイン・ウォレム王はポーティア・クレル両家と同盟の末、この地を平定。ウォーティア王国を建国します。今からおよそ400年前のことです』


 ウォレム家はこれにより王を自任し、王国のいしずえを築いた。同時に、ポーティア・クレル両家は一等勲功として、王家に次ぐ爵位と権限を与えられ、今に至っている。


 ちなみに、王家の家名に付く〝ル〟というミドルネームは、イース帝国においては支配者を意味し、本来は皇帝のみが名乗ることを許された称号であった。


 一時間にも及ぶプレジールの話について行けなくなったのか、王国側の出席者の多くは夢の中。一方、日本側の出席者は興味津々とばかりに、各々、筆を走らせる。


 この国の歴史……と言いながら、この世界に疎い日本のために、世界史までも語ってくれた老宰相。彼が歴史の授業・・を終えると、日本側は惜しみのない拍手を送った。


 そんな気は無かったプレジールは、少し顔を上気させ、似つかわしくない照れ笑いを浮かべて席に着いた。

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