異世界列島

ノベルバユーザー291271

14.王都入城

 ♢
【中央大陸/ウォーティア王国/王都ウォレム近郊/12月07日(接触9日目)_午前】


 日本国使節団の面々が王都ウォレムの城郭を拝んだのは、彼らが港町ポーティアを出発した翌日のことであった。


 車に揺られての長旅であったものの、黒沢たちの顔に疲労の色は見受けられない。王都からほど近いアンヌという町に王国側が宿を用意してくれていたためだ。


 そこは王室御用達の高級宿らしく、お城にあるような大きな風呂も用意されていた。おかげで、昨日さくじつの疲れは垢と共に流されている。


 黒沢は興奮気味に声を上げた。


「吉田くん、吉田くん。見た前、あの巨大な塔を」


 黒沢の指さす先には遠くからでもはっきりと視認できる、ひと際大きな尖塔が顔を覗かせる。


「あれがウォレム城ですか。まだ外郭の外だと言うのに凄まじい存在感ですね」
「まったくだ。私たちは今からあそこに行くのだよ」
「精々、日本の代表として恥じることのないように、振舞わねばなりませんね」


 黒沢たちが談笑に耽る間にも、車列は都市の外郭に向かって走り続けた。都市をぐるりと囲む外郭の城壁が徐々に大きくなってくる。


 それに伴い車列の進行速度は緩やかなものになり、やがて豊満な水を湛えた幅約50mにも及ぶ水堀の目前で停車した。


 堀の奥には他より一回り大きな城門がその存在を主張する。これが王都ウォレムの表玄関、〝水竜門〟である。


 水竜門を通るには水堀を跨ぐ形で架けられた堅牢な石橋を越えねばならない。この水堀が戦時には敵の進行を妨げる障壁として機能するのだ。


 車列の停止を確認するや否や、近衛騎士を率いる指揮官代理エドワードは、騎乗のまま門に向け駆け出した。石造りの橋を脚竜の健脚が踏みしめる音が心地よく響く。


 エドワードが水竜門の眼前に到達すると、壁上に配置された近衛騎士が声を上げて誰何すいかする。


『汝、何用か』


 原理は不明だが彼の声は魔法によって増幅され、空気を振動させた。エドワードも負けじと魔法を発動させ声を響かせる。


『我は近衛騎士のエドワード。王命により二ホン国の使者をお連れした』
『左様か。然らば、門を開こう』


 壁上の騎士が言うや、閉ざされた鉄製の水竜門が音を立てて両側に開いた。それに合わせ、黒沢たちを乗せた車列もゆっくりと門に向かって動き出す。


 先刻の受け答えには実質的な意味は無く、単に形式的なものに他ならない。故に、変に時間を置く必要もなかった。既に使節団の車列が到達することは早にて知らされている。


 水竜門の壁上にはウォーティア王国の国旗と王室旗が対をなすように掲げられ、その両隣には日本国の国旗である日章旗が風になびいていた。ちなみに、日章旗は竜騎隊がポーティアから空輸したものだ。


 門の先には暗闇が広がる。城壁の厚みがこの暗闇を作り出すのだ。


 その闇の先には眩いばかりの陽光が降り注ぐ広場が広がる。そこは既に王都ウォレム。この国の首都だ。


「これは荘厳だな」


 黒沢の呟きに吉田も頷いた。


 彼らの視線の先には中世ヨーロッパを思わせる石造りの街並みが広がり、詰めかけた多くの市民によって沿道は埋め尽くされている。


 そして車列の通り道にずらりと立ち並ぶ近衛騎士の隊列が、黒沢たちを出迎えた。


 全身鎧に身を包んだ彼らが立ち並ぶ様は、まさに荘厳の一言に尽きる。


「ママ?あの馬車お馬さんがいないよ?」
「おいおい、あの珍妙な乗り物は一体なんだ……?」
「御伽噺に出てくるゴーレム馬車みたいだねぇ」


 詰めかけた王都の民は自動車の登場に度肝を抜かれ、食い入るように車列を見つめる。それは沿道に立ち並ぶ近衛騎士も同じだろう。


 もっとも騎士たちの顔は仮面に隠されており、その表情を伺い知ることはできない。しかし彼らもまた、仮面の下では驚きに目を見開いていた。


 一方、車内は外の喧騒が嘘のように静かだ。瀬戸陸士長は窓越しに沿道の群衆を眺め、感嘆の言葉を口にした。


「……外はすごい騒ぎですよ、隊長」
「襲撃されるよりはましさ」


 相馬三尉は肩を上げて苦笑した。釣られて瀬戸も苦笑する。


「それは同感です」


 こうして使節団一行の車列はゆっくりとした速度で市内を抜け、小高い丘の頂上に聳え立つ王城ウォレムの城門に消えた。












 ♢
【同国/王城ウォレム/同日_正午】


 人口約6万の王都ウォレム。かつてウォレム二等爵領の領都として栄えウォーティア王国建国の原動力を支えたこの都市は、建国後も王国の首都として発展を続けてきた。


 かつて内と外とを隔てた城壁は発展の歴史の中で市街地に飲み込まれ、かつての外郭の外に新たな城壁が築かれた。西部の大河〝ウォレム川〟の水を利用した水堀が外郭を取り囲むように掘られたのもこの頃だ。


 そんなこの街の中心に聳え立つひと際大きな建物が、この国の政治の中枢たる王城ウォレムである。


 小高い丘の頂上に建っていることもあり、この城からは王都のみならずその先の平野さえも見渡すことができる。


 この絶好のロケーションで、王城ウォレムは数百年にも渡り数多あまたの客人を迎えてきた。


 しかしいまだかつてこの城に自動車なる珍妙な乗り物で乗り付けた者はいなかったことだろう。今日がその歴史的な一日となったことは言うまでもない。


 王城の前庭には既に全身鎧姿の近衛騎士が整列し、軍楽隊がそのときを待ち構えていた。


 そこに現れたのはトヨタ製レクサスLs600hの車列。黒塗りの公用車が静かに王城の前庭に乗り付けた。すかさず真っ赤な絨毯が黒沢の乗る車両の前に広げられる。


 恭し気に開け放たれる後部座席のドア。


 黒沢は堂々たる態度でモーニングコートの襟を正した。


 このモーニングコートと呼ばれる服装は、男性の昼の最上級正装の一つであり、日本国内においては内閣総理大臣の親任式の他、駐日大使などが信任状捧呈式で宮中に参内する際などにも使用される。


 黒沢の右斜め後方には相馬が通訳として付き添う。相馬の服装は陸上自衛隊の儀礼服第一種礼装。礼装用肩章は相馬が三尉(少尉)であることを示す。


 大使に付き従う姿は、図らずも防衛駐在官(旧軍でいう駐在武官)と見なすことも出来る。そのため、慣例に倣い腰には儀礼刀も着用していた。もっとも、尉官が防衛駐在官に任じられることは無い。


「捧げーーー剣」


 指揮官の号令に、両脇に立ち並んだ近衛騎士が動く。腰に下げた鞘から長剣を抜き放ち、一振り。そしてその剣を己の胸の前に捧げた。


 すかさず〝歓迎曲〟と呼ばれる管弦楽曲が近衛騎士団軍楽隊の手によって演奏される。彼らの手にした楽器は地球生まれのそれと細部こそ異なるものの、大まかな形状は似通っていた。


 余談だが、この歓迎行事は日本で言うところの栄誉礼に相当するものだ。もっとも、元首間の往来が珍しいこの世界においては専ら重要国の使節を歓迎するために行われるし、当然、地球の一般的な様式とは異なる。


「ご案内いたします閣下」


 そう言って進み出てきたのは近衛騎士団長のマルコ・ウォリア二等爵。先の王前会議の席で日本警戒論を唱えていた眉目麗しい青年だ。


 しかし彼の言動からは、黒沢や使節団への不遜な態度は見られない。


 それもそのはず。国王の采は既に下されているのだから。対日友好。それが王国としての方針だ。


 黒沢はウォリアの先導を受け、ゆっくりと足を踏み出した。


 黒沢の右後方には相馬。さらにその後方に、副使の吉田を筆頭に使節団メンバーが続いた。


「緊張しますね先輩」


 と外務省職員の穂村は呟く。淡い水色のアフタヌーンドレスを身に纏った穂村だが、着ていると言うよりは着られているといった方がよさそうだ。


 ちなみに、アフタヌーンドレスとはモーニングコートと対を成す女性の昼の礼装で、女性皇族が昼の宮中行事等で着用する礼装もこれに該当する。


「俺たちは陛下に謁見するわけじゃないんだ。気楽にいこうぜ?」


 職場の先輩である山之内の軽口に、穂村も少し気が軽くなる。


「そう……ですね」


 登城したとは言え、国王に謁見するのは使節団の団長で大使の黒沢と、副使たる吉田。それに通訳の相馬だけ。その他の面々は王城内の客間にて待機の予定である。


「まあ、こんな場所に立ってるだけで緊張する……てのは分かるけどな」


 そう言って山之内は視線を上げた。視線の先には、天高く聳え立つ巨大な石造りの洋城が嫌らしいまでに存在を主張している。これで緊張しない方が無理と言うものだろう。

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