異世界列島

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11.王都へ至る道Ⅰ―魔法―

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【中央大陸/ウォーティア王国/港町ポーティア/ポーティア城/12月6日(接触8日目)_午前】


 ポーティア家のお抱え医師、ドリックの施術を受け、完全に回復した使節団一行。一行は再びポーティア城に戻り、港町最後の朝食をご馳走になった。


 特産のエビを始めとする海産物と内陸部から運ばれて来た果実。それらがふんだんに使われた朝食は、朝食というにはあまりにも豪華な代物であった。


 豪華な朝食を頂きながら、相馬は先ほどドリック医師が詠唱していた魔法言語の意味について、カーラに尋ねた。曰く、ドリック医師が口にしていた言葉は〝イース神話に登場する神々への祈り〟らしい。


 カーラの説明を黒沢と瀬戸は黙って聞いていた。カーラの話が終わるのを見計らい、相馬は隣に座る黒沢に何事か呟く。もちろん、日本語を使った。


 食事を終えた一行は、ポーティア爵の妻ジュリアとその娘であるカーラと共に、ポーティア城の前庭に足を運ぶ。


 今朝方は迎えの竜車が停まっていたその場所に、今は黒塗りの高級車が列を成して停まっていた。


 トヨタ製レクサスLs600h。


 内閣総理大臣専用車としても使用されているこの車。ハイブリッド車であることも一因となり中央官庁に数多く納品されており、往復700㎞にも及ぶ東西街道を一度の給油もなく走破できる。


 その上、四輪駆動であるから多少の悪路でも問題なく走行可能という優れもの。使節団用の公用車として選定されたのも頷ける。


「これがジドーシャという二ホンの乗り物ですの?」


 カーラはそう言って、興味深そうに車に顔を近づけた。よく磨かれた黒塗りの車体は陽光を反射し、カーラの端正な顔を映し出す。


「ええ。これが今朝方話していた自動車ですよ」


 カーラの問いにそう答える相馬。相馬が自動車について説明すると、カーラは「馬も脚竜も牽かないのに動くなんて!」と大層驚いていた。


 この世界には馬や脚竜など、その形態は様々だが、とにかく大型の動物が牽く乗り物しかないらしい。


 ファンタジー小説にあるような魔法で動く車や、ゴーレム馬車などはないのかと相馬が問うと「そんなのお伽噺のお話の中だけですわ」と笑われてしまった。


 脚竜というだけでも、相馬たちにとっては十分にお伽噺のような話なのだが……兎に角、そういったファンタジーな乗り物はないらしい。


 あくまで、カーラの知識の中には……という話なので、この世界の何処かにはあるのかもしれないが。


 その後、ささやかなセレモニーが執り行われた。その最後、黒沢からジュリア夫人に対し、数日間に渡る歓待への感謝の意が伝えられセレモニーは終わった。


「道中、お気をつけて」


使節団の身を案じるジュリアの言葉に、黒沢は「ありがとうございます」と頭を下げた。


そして思い出したように付け加える。


「ジュリア夫人とカーラさんも晩餐会には出席するのですよね?」
「はい。そのつもりでおりますわ」


ジュリアは頷いた。


明日の夜、黒沢たち日本国使節団を歓迎する宮中晩餐会が開かれることになっている。


先んじて王都に向かっているポーティア爵は今日中に王都に入るが、ジュリアとカーラは領内の町で代官をしている長男グリムの到着を待って出発する予定であった。


「ではまた王都でお会いしましょう」


 こうして一行は王都へ向けて出発した。


 車列がゆっくりと動き始めると、カーラは興奮気味に叫んだ。


「お母様!動きましたわ!」


 カーラの叫びに、ジュリアも驚きに目を見開いた。見送りの騎士や兵士の中からもどよめきが生まれる。


「脚竜も馬も牽かないのに動き出したぞ!」
「どういう仕組みだ!?」


 それはどうやら見送りの騎士たちだけではなかったらしい。王都から使節団警護のために派遣された国王直轄の近衛騎士団の面々も、声こそ上げないものの驚きに目を見開いていた。


 車窓を開け放っていたため、そのどよめきは黒沢たちの下にも届いた。吉田はポーティア城の人たちのどよめきを耳に、ほくそ笑む。


「どうやら驚いてくれたみたいですね」


 吉田の言葉に、彼の隣に座る黒沢も頷く。


「そうだね。王都でも多少は期待できそうだよ」
「わざわざ日本から持ち込んだ甲斐があります」


 使節団を乗せた車列は城門を抜け、貴族街地区と荘園地区を通ってポーティア市から抜け出した。王都はここから直線距離にして約300㎞。街道に沿って進むのならば350㎞ほどの距離になる。それは東京-名古屋間の距離にほぼ等しい。


 近衛騎士団の警護部隊も脚竜に騎乗し、使節団を乗せた公用車の車列を取り囲むように地を駆ける。


 当初、黒沢は近衛騎士による警護が付くため、移動速度は遅くなるだろうと予想していた。しかし、その予想に反して公用車の速度は30~40㎞/hほどで安定している。嬉しい誤算だった。
  










 ♢
【中央大陸/ウォーティア王国/東西街道/12月06日_正午】


 王都ウォレムと港町ポーティアを結ぶ東西街道が今の形で整備されたのは、前国王バジョニア・ル・ウォーティアの治世であった。


 幅約5m、全長約350㎞。総石畳のその街道を、騎竜に警護された黒塗りの高級車の車列が王都へ向けて走る。


 車両には〝白地に赤丸〟というよく見慣れた国旗―――日章旗が掲げられており、この車列が日本国の使節団を乗せた車列であることを示していた。


 余談であるが、警護の近衛騎士の羽織る青地のマントには、〝水竜と盾〟を象った徽章があしらわれている。この徽章は王家を表す徽章であり、ウォーティア王国の国旗にも使われている。


「しかしなかなかの速さだね」


 車窓から街道の景色を眺めていた黒沢の不意の言葉に、吉田はタブレット端末から顔を上げ、運転席の速度計を覗き込んだ。40㎞/h―――速いという言葉はあまり適さないと感じた。


「そうですか?」


 吉田の気の抜けたような返答に黒沢は首を振り、並走する騎竜を顎で指し示した。騎竜とは騎士が騎乗した脚竜のことを指す。


「脚竜のことだよ」
「あぁ、なるほど」


 黒沢の言葉を受け、吉田は納得して頷いた。吉田が納得したのを見て、黒沢は言葉を続ける。


「朝からずっとこの速度で走りっぱなしだよ?それに、全身フル武装の騎士を乗せているんだ。この速さで走り続けるのは驚異的なことだよ」
「ええ。脚竜の体力はすごいとは聞いていましたが、確かに……」
「竜、それに魔法。地球の中・近世を想定していたら、いつか足元をすくわれるかもしれないね……僕たちは」


 黒沢は車窓から移ろい行く異世界の景色を眺め呟く。黒沢にとって中央大陸の地を踏むのは今回が初めてのことであるが、この間にも学び取ることは多かった。


「……侮るべからず、ですね」


 吉田はそう言って気を引き締め直す。


「そう言えばですが……魔法に関して相馬さんたちがおっしゃっていた話。上に報告しておきました」
「ありがとう、吉田くん」


 相馬たちの話とは、ドリック邸で詠唱を聞いた相馬と瀬戸が顔を見合わせたあのときの話だ。


「それに関して、上から機密資料の閲覧が許可されまして」
「機密資料?」


 黒沢がそう先を促すと、吉田は手元のタブレット端末を黒沢に差し出した。そしてその資料のうち、該当する箇所を手で指し示す。


「ほう……相馬くんたちの話と一致するね」
「ええ。まず、ドリック先生が必ず最初に発していた言葉……日本語では発音と書き取りが困難なあの言葉の意味」
「〝マギオン・システム:起動〟……か」


 魔法を行使するとき、最初に詠唱する言葉。それは、神々への祈りなどではなく〝マギオン・システム〟への命令。


「このマギオンが何を意味する言葉かは分かっていません」
「若しくは、人名みたく単なる固有名詞に過ぎないのかもしれないよ」
「そうかもしれませんね」


 吉田は黒沢の言葉に頷いた。黒沢は「それは別にしても」と話を進める。


「それに続く言葉がもっと重要だね。例えば、私に対して使用した魔法では〝マムリオンを酸素分子に変換し肺に、マムリオンを水分子に変換し胃に出現させる〟……そんな意味の言葉をドリック先生はおっしゃっていたそうだよ」
「そのマムリオンも分かりませんが問題はそこではありませんね」
「うん。問題は先生の発していた言葉。この世界の住人は魔法言語と呼ぶそうだが、その内容が至って科学的なものだったということに尽きる」


 魔法の原理は分かっていない。だが、どうやら魔法が引き起こす現象には科学が関係しているらしい。


 現に、黒沢の場合、二日酔いの原因は酸素欠乏が原因であった。ドリック医師の使った魔法はその詠唱から推察するに、体内に酸素を何らかの形で急速に補給したのだろうと考えられる。


「しかし、それはドリック先生が例えば、黒沢さんの二日酔いの原因が酸素欠乏によるものだ。と理解しているということを意味しません」
「それはその通りだね。先生は〝めまいと頭痛だけの二日酔いにはこの魔法〟というように、自身の経験と知識に基づいて魔法を使っただけだろう」


 黒沢の返答に、吉田は満足げに頷く。この世界の科学水準は、地球の中世か近世辺りのものだろうと言うことは既知の事実だ。


「ではこの魔法を作ったのは誰なのでしょうね?」


 吉田がそう言って苦笑すると、黒沢も釣られて苦笑した。


「それこそ神様が作ったんじゃないかな」
「御冗談を。それにしてはあまりにも人為的な代物ですよ、魔法というやつは」
「相馬くんのレポートにある謎の少女。彼女が作ったといわれたら信じるよ、私は」
「であるなら彼女は何者なのか……非常に興味がありますね」


 吉田の言葉に黒沢も頷いた。自らを世界の尊重者と名乗る少女、それに魔法。この世界の深淵に謎の答えは眠っているのだろう。しかし科学者では無い、一介の外交官である二人が自らその深淵に到達することは叶わない。


「ところでこの資料は最近作られたようだけど政府はどこで魔法を?」
「どうやら特殊作戦群が持ち込んだ音声データを、相馬隊―――現地調整隊―――の潜入班が解析したそうです。これはその内容を纏めたものだとか」
「ふむ……なるほどねぇ」


 資料は、ウォーティア王国潜入中の茂木陸曹長らが、王城ウォレム内の魔法演習で使われた魔法言語を解析した内容を基にしているそうだ。この資料は数日前に作成されたばかりのもので、政府上層部でも知っている者はまだ少ない。


「今回のドリック邸での出来事で、仮説はほぼ証明されたようなものだね」
「ええ。魔法には科学の知識が含まれている。これは日本にとって大きな収穫です」


 黒沢は吉田の言葉に頷き、手元のタブレットを吉田に返した。そして、不意に窓の外に視線を移す。


「ん?なんだか外の騎士が慌ただしく……っ!?」
「!?」


 ―――そのとき。


 安定した速度で走行していた公用車が急に止まった。あまりに急な停車だったので、黒沢と吉田は慣性に従って前へと飛ばされそうになった。


「なにごとかな」


 黒沢が運転手に問いかけるが、運転手は分からないと首を振る。吉田は嫌な予感がした。


「ちょっと、様子を見てきます。黒沢さんはその場に」
「よ、吉田くん!」


 吉田がそう言い残して公用車を降りようとしたとき、外から扉をノックする音が響いた。ドアガラス越しに見える人影は警護に就いている近衛騎士の一人のようだ。


 中から扉が開かれると、その騎士は片膝を突いて首を垂れた。


「申し訳ありません使節様。お怪我は?」
「私は大丈夫だよ。それより何事かな?」


 黒沢が騒ぎの理由を尋ねると、その騎士は片膝を突いたまま声を上げる。


「いえ、たいしたことではございません。少し先に野盗が出まして……、いえ、我々にとってみればコバエのような存在です。すぐに動けるようになるかと。使節様方には申し訳ありませんがしばらくお待ちください」


 騎士はそれだけ言うと、「では」と頭を下げて扉を閉め、立ち去った。


 残された二人は顔を見合わせる。


「野盗……ですか」
「そう言えば、料理店でそんな話を聞いたね。野盗が増えていると」


 吉田が窓ガラスに顔を押し当てるようにして外の様子を伺うと、外の喧噪は遂に車内にまで届いてきた。

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