異世界列島

ノベルバユーザー291271

10.魔法師の医者

 ♢
【中央大陸/ウォーティア王国/港町ポーティア/ポーティア城/12月06日(接触8日目)_朝】


 東の空から昇った朝日の眩い陽光が、竜車を降りた黒沢の顔に降り注ぐ。


「あー、気分が悪い。完全に二日酔いだね」


 黒沢は額に手を当てて呻くように呟いた。頭痛にだるさ。二日酔い特有の症状が黒沢を襲う。


「大丈夫ですか?」
「相馬くん。見苦しいところを見せてしまったね」


 黒沢はバツが悪いと苦笑を浮かべ、声をかけてきた相馬を振り返った。相馬はケロッとしているが、何も酒豪だからという訳ではないく、むしろ酒には滅法弱い。自覚しているが故に、付き合い以上には呑まないと決めているのだ。


「若いころに比べて肝機能が衰えているのかもしれない」
「はあ……あまり飲みすぎては体に障りますよ」
「ほどほどにするよ」


 そんな会話を交わしながらポーティア城の前庭を横切ると、昨夜に帰城していたカーラが呆れ顔で出迎えてくれた。


「まさか朝まで呑んでいらしたの?」


 黒沢は「面目ない」と苦笑した。


「昼前には王都に向けて出立するのでは?」
「そうですね」
「……大丈夫ですの?」


 カーラは心配そうに呟いた。


「大丈夫か、とは?」


 相馬がそう問い返すと、カーラは事もなげに言う。


「王都までは竜車の旅。そのような状態では少しばかり不安が……」


 王都ウォレムと港町ポーティアは直線距離にしておよそ300㎞。両都市を繋ぐ東西街道を利用すれば350㎞ほどの道程になる。その距離を馬車と本質的には同じ竜車で行くとなると、車酔いも相当なものになるだろう。


 カーラの指摘を受けて、相馬は黒沢に尋ねる。


「王都ウォレムまでは車移動の予定でしたよね?」
「あぁ、そのはずだよ。日本から公用車を陸揚げしているからね」


 王国側からは王室保有の竜車を提供するとの打診があったが、護衛艦〝いせ〟に黒塗りの高級車が積み込まれていたため、日本側はこの打診をやんわりと断った。


 自動車という文明の利器を見せつけることで、日本の国力を誇示しようという意図ももちろんある。


「ということなので、竜車酔いは心配ないかと思いますよ?」
「日本の車……ですの?」
「ええ」
「それがどのようなものかは存じ上げませんが……王都へ続く街道は起伏も激しく造りも荒いんですの。どのような車であれそれなりに揺れると思いますわよ?」


 東西街道は王都へ続く主要な街道ではあるものの、その道路環境はお世辞にも良いとは言えない。日本の国道などと比較すれば月とスッポン。そんな道を二日酔いの状態で走破するというのはいささか無謀だ。


 カーラの言葉に相馬は「なるほど」と頷き、黒沢に視線を向ける。相馬の目に見ても、黒沢にはいささか負担になるように思えた。


「どうします?出発を遅らせますか?」


 まだ公式な日程すら決まっていないのだから、多少出発が遅れたところでどうと言うことはないだろう。そう考えた故の相馬の提案。しかし黒沢は首を横に振ってその提案を否定した。


「相馬くんの提案はありがたいけれど、私なら心配いらないよ。それに―――」
「それに?」
「呑みすぎたのは自業自得だからね」


 そう言って黒沢は自嘲の笑みを浮かべた。相馬が黒沢の言葉を要約し、予定通り出発するとカーラに伝えると、カーラは「ですが」と口を挟む。


「随行の方々も、ご気分の方は優れていないようでしてよ?」


 カーラの言葉に相馬は背後を振り返る。釣られて黒沢も視線を背後に移した。そこには後続の竜車から降りた使節団メンバーの姿があった。彼らの内の何人かが、同じように頭を押さえるように歩いていた。


 城ケ崎も呑んではいたようだが二日酔いの症状は出ていない。九州出身というだけはあって多少は酒に強いのかもしれないと、相馬は推測した。黒沢と相馬が視線を戻すのとほぼ同時に、カーラは再度口を開く。


「どうでしょう。ドリック先生に診ていただくというのは」


 カーラの言葉に、相馬は小首を傾げた。


「ドリック先生?」
「ええ……我が家のお抱え医師、ドリック先生ですわ」
「お医者様ですか」












 ♢
【中央大陸/ウォーティア王国/港町ポーティア/貴族街地区/同日_朝】


 カーラの勧めに乗る形で、黒沢たち使節団メンバーはドリック先生の下を訪ねることにした。ドリックはポーティア城からほど近い貴族街地区の一等地に住んでいるという。


 ドリックはポーティア爵家お抱えの医師で、治癒魔法などを得意とする魔法師でもある。


 魔法師とは所謂、魔法を扱うことのできる人たちのこと。魔法師と似た言葉に魔法士というものもあるが、それは魔法が扱えるか否かに関係なく魔法学に精通している者に送られる学位のようなもので、魔法師とはまったく意味が異なる。


 カーラの説明を聞きながら貴族街地区に面した西の城門を抜けると、ドリックの屋敷はすぐに見つかった。お抱えの医師というだけのことはあり、その屋敷は非常に立派な造りをしている。


 屋敷の門に差し掛かると、門の前に直立していた2人の騎士がカーラに気付く。彼らは臣下の礼でカーラを迎えた。つまりは跪いて出迎えたのだ。


「カーラお嬢様。本日はいかがいたしましたか?」
「使節様のご気分が優れないようなの。ドリック先生にお会いしたいのだけれど」


 カーラから用件を聞いた騎士の一人は、おそらく彼の部下であろうもう一人の騎士に「ここは頼む」と声をかけた。ちなみに騎士はポーティ爵家の騎士だが、お抱え医師の警護も騎士の仕事に含まれている。


「こちらです」


 騎士に先導される形で、黒沢たちはドリックの邸宅に足を踏み入れた。使節団メンバー15名がすっぽり収まるほどの大きさの客間でしばらく休んでいると、くだんのドリックはすぐに姿を見せた。


 ドリックは背の低い白髪の老人だ。医者に白衣というのは万国共通……いや異世界共通なのだろうか。ドリックは頭からすっぽりと被ったローブ状の白衣を翻した。


「カーラお嬢様。それに日本国の使節様方。お待たせして申し訳ありませんな」
「いえ。急にお訪ねして申し訳ありません」


 ドリックの謝罪の言葉に、使節団を代表して相馬が謝罪を返すと、ドリックはニコリと微笑み自己紹介をした。


「私はポーティア爵家に仕える医師のパルコ・ドリックと申します」


 相馬はドリックの挨拶を日本語に直して黒沢に伝えた。黒沢は同じく挨拶を返して、右手を差し出す。握手の習慣があることは既知の事実だ。


「初めまして。ドリック先生。私は使節団の全権を任せられております。日本国の外交官、黒沢晃と申します。今日はわざわざすみません」


 黒沢は本当に申し訳なさそうに頭を下げる。


「いえいえ。呼びつけていただければこちらから参りましたものを」


 ドリックはそう言って黒沢の手を握り返す。そのとき、副使である吉田は、ドリックの自己紹介に引っかかるものを感じ、直接ドリックに尋ねることにした。


「失礼ですが、ドリック先生はこの国の貴族なのですか?」


 この国では貴族でなければ家名を名乗ることができない。この国の平民は通常、名前しか持たないのである。これは東方世界……中でも旧イース帝国の北東諸国に共通する。


「ええ。ありがたいことに、ポーティア爵様から爵位を受けておりますよ」


 ドリックの話によれば、この国で叙勲できるのは国王と国王に次ぐ権力を持つクレル爵。そしてポーティア爵なのだという。


 爵位には前述のポーティア・クレル両爵位の下に相続可能な一等爵から三等爵、そして一代限りの準二等爵と準三等爵、勲功爵が存在する。爵位を継げなかった兄弟姉妹は、貴族に準じた扱いとなる聖職者や騎士の道に進むのが一般的なのだとか。


「私は南部の貧乏貴族家の三男でしたから、爵位を頂くまでは聖職者として医療活動を行っておりました」
「ドリック先生は貴族家のお生まれでしたか。平民出身の魔法師もいるのですかね?」


 ドリックの出自を聞いた吉田がそう疑問の言葉を返すと、ドリックは何を言っているんだ。と言いたそうな目で首を傾げた。


 ドリックの様子に何かおかしなことを言っただろうかと、吉田は相馬を振り返る。相馬は分からないと肩を竦めた。すると黙っていたカーラが説明を付け加える。


「この国で魔法を扱える……所謂、魔法師と呼ばれる者は、そのほとんどが貴族家か聖職者、あるいは騎士の家に生まれた者なんですの。魔法を扱えるというのはいわば貴族の特権。平民出身の魔法師であってもどこかで貴族の血が入っていると考えられておりますわ」


 カーラ曰く、平民出身の魔法師は極めて珍しいらしく、いたとしても貴族の血が混ざっていると考えられているようだ。しばらく雑談を交わした後、ドリックは早速診療に入った。まずは黒沢の診療から。


「二日酔いでしたな?」


 ドリックの問いに黒沢は「ええ」と頷く。


「筋肉痛や食欲不振などはありますか?」
「いえ」


 ドリックは矢継ぎ早に、詳しい症状を聞き出し、手元の羊皮紙に記していく。その羊皮紙は異世界版カルテのようなものだ。


「頭痛とだるさか……症状は分かりました。この症状にあった魔法は……」


 ドリックは言うや否や、白衣のポケットから胴長の水晶体を取り出した。ドリックがその水晶体に触れると、それは淡い白の光を明滅させる。


 ―――。


 使節団メンバーの注目がその水晶体に注がれた。皆、驚きを顔に浮かべ、興味津々といった様子で水晶体の発光を眺めていた。


「……なにか?」


 ドリックはあまりにも注目を浴びたため、何か粗相をしたかと黒沢の顔を確認した。


「いえ。失礼しました。我が国には魔法がない故……少し驚きまして」


 黒沢の言葉に、今度はドリックが驚く番だ。ドリックは「魔法がない……?」と驚きを顔に表した。


 日本国はウォーティア王国よりも、はるかに進んだ技術を持つと聞かされている。その国に魔法がないとはどういうことなのか。


 あの巨大な軍船を海に浮かべ、斑模様の羽虫を操り、銀翼の竜を使役するというあの国に魔法がない?ドリックは困惑の色を顔に浮かべ、助けを求めてカーラに視線を送った。


 カーラは伝えていなかったことを思い出し、ドリックに日本には魔法がないという事実を告げる。


「使節様の言葉の通りですわ。日本国には魔法が無いんですって。私も驚きましたわ」
「なんと……時間があるときにでも、詳しく聞きたいものですな」
「ドリック先生も王都に向かうのでしたわよね?」


 カーラの言葉にドリックは頷く。黒沢たちの出発と少し遅らせて、ポーティア爵グランと夫人のミシェル、そしてカーラの3人も王都に行くことになっていた。日本国と王国の仲介を引き受けたのだからグランが王都にいかない理由はない。夫人とカーラはその付き添いだ。


 そしてお抱え医師であるドリックもまた、なにか起こった時のためにグランに同行する予定である。


「でしたら王都で聞く時間もありますわ」
「そうですな。楽しみにしておりますぞ」


 ドリックは日本という国がいかにして発展したかに興味を持ったようだ。


 カーラの言葉に納得したドリックは、治療を再開した。水晶体に意識的に魔力を流し込む。


 発光する水晶体は〝魔操石〟と呼ばれる補助器具だ。相馬はそれを魔法使いが使う杖のようなものだと理解した。実際、魔操石が杖に埋め込まれた形状のものもあるという。


「では……」


 ドリックは黒沢の胸元に右手を触れ、呪文を詠唱する。呪文は魔法言語と呼ばれる未知の言語で構成されており、一つ覚えるのもなかなかに大変だ。


 魔法言語は北東諸国語を始めこの世界に存在する全ての言語体系と全く性質が異り、その解読は実に困難を極める。


 魔法を得意とするエルフ種はスラスラと詠唱できるというが、鎖国状態のエルフの国の実情はドリックもよく分かっていない。


「tele kejun cow zyu : hun guressyu weu / fiw zyu : guressyu weenu…… 」


「「―――!?」」


 ドリックの詠唱を耳にした瞬間、相馬と城ケ崎―――言語理解能力を持つ彼らの顔に驚愕の色が浮かんだ。互いに視線を向ける2人。自然と見つめあう形となる。


 何事か言いだそうとする城ケ崎。相馬は手で制して止め、首を横に振って見せた。


 今、言うべきではない―――。


 城ケ崎は開きかけていた口を閉じ、ドリックに視線を戻した。


 続いていた詠唱の言葉が終わると、魔操石は白から黄色へとその色彩を変化させた。魔操石にかざしていた左手と、黒沢の胸元に当てていた右手が共に黄色く発光する。


「……終わりました。気分はどうですか?」


 黒沢は「おぉっ!」と、驚きに目を見開いた。


「すっきりしてますよ。冴えわたるようです」


 黒沢はそう言ってドリックの腕を褒めちぎる。


「何のこれしき。これは二日酔いの中でも頭痛とだるさの治癒に特化した魔法です。地味ではありますが需要は意外にも高いのですよ」


 宴会続きの貴族には二日酔いに悩まされる者も多いのだとか。しかし、ここまで症状に特化した魔法に精通している魔法師には、そうそうお目にかかれないとカーラは言う。


 症状に対応した魔法を選択して治療する。これは科学の領域にある医療行為と何ら変わりないのではないか……と、相馬は思った。


 他のメンバーも同じように治療を受けた後、使節団とカーラはドリック邸を後にした。


 お代は結構と言われたが、ポーティア爵に借りを作るのはいささか問題があるように思えた黒沢は、全額をドリックの言い値で支払った。

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