異世界列島

ノベルバユーザー291271

08.港町見聞録Ⅱ―庶民料理店―

 ♢
【中央大陸/ウォーティア王国/港町ポーティア/港湾商業地区/市場前/12月05日(転移7日目)_夕刻】


 そんなこんなで市場巡りを終えた一行。


 一行は竜車と呼ばれる馬車のような4人乗りの乗り物に戻り、カーラが勧める飲食店に向かうことになった。黒沢、吉田、相馬、カーラが同じ竜車に乗り込み、山之内や穂村、瀬戸などその他の面々も3台の竜車に分乗して移動する。


 ちなみに竜車は、馬の代わりに獣脚類恐竜モノニクスに近い見た目をした生物、〝脚竜きゃくりゅう〟を使役する。体力が馬の比ではないそうだが、街中ではその利点を体感することはあまりできない。竜車は曲がりくねった石畳の緩やかな坂道を、ゆっくりとした足取りで登っていく。


 先ほどまで天高くにあった太陽も、この頃になるとだいぶ西に傾き、異国の空を絵具を垂らしたかのようなきれいな朱色に染めていた。


「夕日の美しさはどこの世界でも一緒だねぇ」
「ええ、まったく」


 外交官2人のしみじみとした言葉に、相馬も苦笑して頷く。


「ところで、カーラさん」
「なんですの?」
「カーラさんお勧めのお店の予約はもう済んでいるのですか?」
「ええ、すでに抑えてあるはずですわ。うちの執事見習いが」


 カーラはそう言って胸を張る。青を基調としたドレスの上からでも、その胸のシルエットははっきりと視認可能だ。


「「「……」」」


 ゴクリと唾を飲み込む音が今にも聞こえてきそうな沈黙。三者の視線が同時にカーラの一点に収束する。


 突然、注目を一身に受けたカーラは「な、なんですの?」と自身の身体を抱いた。相馬はわざとらしい咳払いをして、話を戻す。


「……しかし驚きました。貴族の令嬢は庶民向けのお店はいかないものだとばかり」


 実は、これから向かうカーラお勧めの飲食店というのは貴族街地区ではなく、平民街地区にある庶民向けのお店なのだ。なぜそこに行くことになったのかと言うと―――。


 せっかくだから今晩は街で食事をとろうということになったのときのこと。「高級料理はこれから嫌というほど食べることになる。どうだろう、今晩は庶民向けの料理でも」と、黒沢が提案したからだ。


 皆、異論は無かったが、問題は誰もお店を知らないということだ。相馬はカーラがそんな庶民向けの店を知っているはずがないと思いつつ、昼間、串焼きをおいしそうに頬張っていた姿を思い出した。串焼きはお世辞にも貴族の子女が食べるイメージの代物ではない。そして、よく城下に抜け出しているというポーティア爵の言葉を思い出す。


 ひょっとしたら知っているかもしれない、と相馬はダメもとでカーラに尋ねた。すると―――。


「庶民向けのお店……ですか?それでしたら私、行きつけのお店がありますの」
「ほ、ほんとですか?」
「え、ええ。個人的にはそのお店が街で一番だと思っていますわ」
「ではそこを紹介していただけませんか?」
「構いませんが……ソーマ様方は変わったお人達ですのね」


 貴族とは元来、変にプライドの高い生き物だ。「庶民向けの店などで食事ができるか!」という貴族が大半だろう。故に、相馬たちを貴族だと思っているカーラは、相馬たちを奇特な人たちだと少し驚いた。もっとも、市場に行きたいと言い出した時からその片鱗は感じ取っていたのだが。


 一方の相馬も、典型的なお嬢様然とした口調のカーラが庶民向けの店を押すなど想像できなかったから、たいそう驚いた。


 竜車の中に話を戻す。相馬の〝貴族の令嬢は行かない〟という言葉にカーラはムッと顔を顰め、わざとらしく拗ねて見せた。


「わ、悪いですの?」
「いえいえ、ちっとも。むしろ好感度が上がりましたね」


 カーラは相馬の言葉に顔を背ける。


「そ、それは口説いていますの?」
「違いますよ!?」
「冗談ですわ」


 楽しそうに笑うカーラに興味を惹かれた黒沢たちも話に混ざる。相馬の説明を受けた外交官二人は満面の笑みで茶化しを入れる。


「これは貴重な瞬間に巡り合わせたものだね。ウォーティアと日本。初の国際カップル誕生の瞬間だ」
「ええ。国交を結ぶ際には是非両国の懸け橋になっていただかないと」
「止めてくださいよ。自分はパンダですか」


 そんな馬鹿話をしているうちに、竜車は平民街地区にある小さな路地に入った。料理店はもうすぐである。














 ♢
【同港町ポーティア/平民街地区/庶民向け料理店〝猫の社〟前/同日_夕刻】


「ここですわ」


 カーラがそう言うと同時に、竜車のドアが外側から開けられた。執事服に身を包んだ童顔の少年が、ドア横に立ちカーラに深く頭を下げる。


「お待ちしておりました、カーラお嬢様」
「ん」


 無言で差し出された少年の手に、陶磁のように白く繊細なカーラの左手が触れると、カーラはそのまま身体を竜車の外に引っ張られた。


「お足元お気を付けください」
「ありがとう、ヘンリー」


 その言葉や動作、それそのもの一つ一つが優雅で格式高く、洗練された貴族社会の営みの一端であるように相馬は感じた。それは外交官として洗練された社会に身を置いてきた黒沢も同様だったようで、息を呑むようにカーラと執事見習いヘンリーの主従を眺めていた。


 まるでお伽話か漫画の中の話のようだと、相馬は微笑む。自分は今、異世界・・・にいるんだと実感させられる。彼らとはまるで住む世界が違うと。


 全員が竜車から降りるのを確認し、カーラはヘンリーに尋ねる。


「ところでお店の方は抑えてあるのかしら?」
「はい、勿論でございます。ちゃんと4席確保いたしました」


 褒めて褒めてと言わんばかりの満面の笑みを浮かべるヘンリー。もし彼が獣人で尻尾があったなら、今頃ブンブンと激しく振られていたことだろう。


 しかし対するカーラは「えっ?」と眉間にしわを寄せ、ウォーティア語の分かる相馬と瀬戸に言葉を投げる。


「し、しばしお待ちくださいまし」


 そしてそのままヘンリーの肩に手をかけ、彼の耳元に顔を近づけて―――。


「(ちょ、ちょっとどういうことなの!?なんで貸し切りにしてないのよっ!!)」
「(えぇっ、貸切るんですか!?てっきりいつもみたく人数分席を確保するのかと)」
「(それはお忍びで来てるからであって、今日は二ホンの使節様方をお連れしてるのよ!?)」
「(あぁ……どうしましょうか)」
「(どうしましょうかじゃないわよ!他人事みたいに!)」


 囁くような二人の会話だが、あまりに大きな声で話すものだから、相馬と瀬戸の耳にもばっちり届いていた。特に相馬は先ほどまで二人を別世界の人間だと思っていたから、二人の会話を耳にして少し親近感が湧いた気がして微笑んだ。


「隊長、なんか喜んでます?」
「あ?んなことないよ」


 そこに黒沢が「ちょっとちょっと」と声を上げてやって来る。


「相馬くんに瀬戸くん。彼らは何の話をしているんだい?」
「どうやら―――」


 相馬の説明に、黒沢は「なんだそんなことか」と笑う。そして、相馬に我々は構わないと伝えて欲しいと頼んだ。


「この国の一般市民と肩を並べて飯を食らう。実に有意義な話だ。そう思うだろう?相馬くん」
「ええ、まあそうですね。黒沢さんが言うのなら私は構いませんよ」


 黒沢はこの国の一般市民とも話したかった。特に飯というものは人と人の仲を親密にする。そしてそこから得られる情報というのもあながち馬鹿にはできない。


 相馬が黒沢の言葉を二人に伝えると、二人は聞かれていたのかと揃って目を丸くした。


「本当にいいですの?」
「構いませんよ。黒沢さんもそう言っていますし」
「使節様が?それでしたらいいのですけど……」
「よかったですね、カーラお嬢様」


 相馬とカーラの会話に、執事見習いの少年ヘンリーも嬉々として声を上げる。


「ヘンリー、なんでそう他人事なのよ……まぁ、いいわ」


 カーラはそう言って、木目調の大扉に手をかける。


 カランカラン―――。


 耳に心地よい鈴の音色が、辺りに響き、扉が開く。店内の暖かな明かりが、雑踏と共に外に漏れ出た。それはなんとも暖かな空間であったが、扉が開くと同時に店内にいた客の視線がカーラたち一行に向いた。


 シンと静まる店内。


 先ほどまでの賑やかさがまるで嘘のように静まった。


「あ……」


 そこでカーラは自身のミスに気が付く。いつもここを訪ねるときは、お忍びの町娘ファッションであることを。そして振り返って今の自身の格好を考える……これは貴族の装いだ。


 そして後ろに控えるヘンリーもまた貴族の執事然とした格好であるし、使節団も異国の貴族といった出で立ちである。それに加え、今日は重装騎士も連れているのだから、これはもう町娘とは言えない。


 黒沢たち日本の使節団は平民との同席を了承しているが、この店にいる他の客は自分たちとの同席を了承するかしら。と、カーラは考える。平民の気持ちまで想像できなかった自分にいらだつカーラは、この国では稀にみる出来た貴族であるのだろう。


「(おい、あれ貴族だよな?)」
「(ああ、違いねぇ。なんでお貴族様がこんな店に)」
「(店間違えたんじゃねぇの?)」
「(あぁん?んなわけねぇだろ。誰か探しに来たんだろう……誰だよ、貴族の嬢ちゃんに喧嘩打った大馬鹿者は)」
「(おい、あれ領主様のお嬢様じゃないか……?後ろにいる外国人も貴族か?)」


 ひそひそと囁き合う声が、洪水のようにカーラたちに押し寄せる。


「……聞こえてるのだけど」
「そうですね、完全に聞こえてます」
「あなたたち二人がそれを言いますか」


 相馬は至って真っ当な突込みを入れるが、どうしたものかと頭を捻った。

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