異世界列島

ノベルバユーザー291271

07.港町見聞録Ⅰ―市場巡り―

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【中央大陸/ウォーティア王国/港町ポーティア/城下/港湾商業地区/12月05日(接触7日目)_午後】


 太陽が天頂を少しばかり過ぎた頃。


 城下は中央市場―――。そこは港町ポーティア最大の市場であり、庶民の台所でもある。水揚げされたばかりの海産物に、内陸から届けられた穀物、野菜に果物。それに装飾品や服飾、工芸品から日用雑貨まで……多種多様な商品が入り組むように並ぶ。その様はまさに混沌カオス


「はいはい!安いよ!そこの奥さん見ていきな」
「なんのこちらもまけちゃいねぇぜ!」


 露天商の呼び込み声が奏でる市場の喧騒が、買い物客の心を躍らせる。


 そんな活気に満ちた中央市場を、重装騎士を引き連れた一団が練り歩いていた。彼らの装束は見慣れないものであったが、その仕立ての良さや騎士たちの態度から察するに、彼らが異国の貴族であろうことは想像に難くない。


 そして港の沖合には悠然と居座る異国の艦隊の姿があった。つまるところ彼らは異国、それも大国の貴族であることは間違いない。


 そんな彼らのことを、行き交う市民は腫物に触るかの如く、距離を置いて遠巻きに眺めていた。


「おい、見ろよ。ありゃきっと〝鉄の艦隊〟に乗ってやって来た大国の貴族だぞ」
「なんでこんな庶民の市場にお貴族様がいるんだい?それもあんな大勢」
「知るかよ。やんごとなき方々の考えなんか俺ら小市民には分からんさ」


 一方、その貴族の集団……改め、日本国使節団の面々は、そんな会話などまるで聞こえていないかの如く、異国情緒あふれる賑やかな市場に並ぶ露店を物色していた。


「見た前、吉田くん。これなんかお土産にピッタリじゃないか!」


 使節団団長の黒沢に吉田と呼ばれた外交官の吉田よしだ清二せいじは、その端正な顔を隣に立つ黒沢に向けた。彼は将来有望な若き外交官と上の評価も上々の男で、今回の特別使節団派遣に際しては使節団ナンバー2である副使を務めている。


「菓子ですか、それはいいですね。ですが菓子類ですと検疫にかかるかもしれません」
「それもそうだね」
「娘さんに贈られるんですよね?それでしたらあちらの服飾などはどうでしょう?民族衣装はお土産にもちょうど良いですよ」
「そうか……うん、あれなんかいいね―――あ、相馬くん!」


 黒沢の呼び声に、相馬三等陸尉は鍋類を売っている露店から視線を外した。


「このワンピースを購入したいのだけど、通訳を頼めないかな?」
「ええ!いいですよ」


 相馬がそう頷いて黒沢たちの下に駆け寄ると、黒沢の面前に立つ露天商の男は困惑した様子で「どうしたものか」と冷や汗をかいていた。


 彼にとって、黒沢たちは異国の貴族、それも言葉の通じない相手である。どう接すれば良いのか分からなくとも無理はなかった。


「すみません、これを購入したいのですが……」
「!?」


 そんなものだから、相馬がウォーティア語で話しかけると、男はあからさまに「助かった」と安堵の息を吐いて、相馬が指さした花柄のワンピースをそそくさと持ち上げた。


「貴族の旦那は、この国の言葉が分かるので?」
「貴族?あぁ、それで」


 相馬は自身らが先ほどからこの街の住民に避けられているのを感じていたが、露天商の男の言葉でその理由に気が付いた。しかしあえて訂正する必要もないと説明を省略する。


「ええ、まぁ多少わかる程度ですよ」
「多少というには流暢ですぜ、旦那」


 通常、持ち逃げを防ぐため露天商は先に代金を受け取るのだが、貴族相手とテンパってしまったのだろう。男は代金を受け取る前に、商品を相馬に手渡してしまった。相馬が受け取ったワンピースを黒沢に手渡すと、黒沢は「これはいい」と購入の意思を固めた。


「それで、いくらだい?」
「いくらでしょう。名札はないですね」


 この段階になって初めて、露天商の男は先ほどの失敗に気づく。さらに悪いことに相手は貴族、それも異国の貴族だ。普段は貴族御用達の店や、出入りの商人から買い物をする。故に、月末締めの付け払いに慣れた貴族が多く、現金を持ち歩いていないことが多い。だが、男のような露天商が取り立てに行くのは至難の業……いや、不可能と言っていいだろう。


 それに異国の貴族ならこの国の貨幣を持っていないかもしれない。金や銀が主流であるこの世界では両替商に持ち込めば済む話なのだが、大商会でもない露天商の男にとって異国の貨幣の価値をこの場で見極めるなど不可能である。


 そして、そういったトラブルに巻き込まれた場合には、市民の側が泣き寝入りするしかないのだ。


 男は精一杯の勇気を振り絞り、おっかなびっくり、貴族―――と、思い込んでいるだけなのだが―――の相馬に話しかける。


「あ、あの……お代は」


 図体に見合わない男のか細い声が相馬の耳に届く。だが、相馬としては商品だけ手渡されても値段がわからないので、そういわれても困る。


「えっと……いくらですか?」
「げ、現金を持ち歩いているので?」
「ええ」


 相馬はそう言って、懐から巾着袋を取り出して、中に入っている大量の銀貨を見せた。もっとも、代金を支払うのは黒沢であり、相馬は現金を持っていることを男に示しただけに過ぎない。


「ほぅ……」


 男はその銀貨の輝きに目を奪われた。銀貨の表面には前国王バジョニア・ル・ウォーティアの肖像が描かれている。それは相馬の持つ銀貨が、この国の貨幣であることの証左であった。


 袋一杯に銀貨が入っているのだとすれば少なくとも金貨10枚分にはなるかもしれない。露天商の男は頭のソロバンを弾く。それはこの国で約一年間に一家族が暮らしていくのに十分な金額だ。


 しかし、このとき男の心は揺らいだ。相手は金銭感覚の狂った貴族だ。しかも異国の貴族ともなれば……多少、吹っ掛けてもばれないだろう。そもそも、この国では最初にいくらか吹っ掛けるのが商売の常識だ。


「フロア銀貨2枚になりやす」


 本来は大銅貨1枚である。銀貨2枚と言えば実に10倍の値を吹っ掛けたことになる。


「銀貨2枚ですか?」
「そ、そうです」
「銀貨2枚だそうですよ、黒沢さん。どうされます?」
「銀貨1枚は確か10gで銀1gが100円だから……」


 何やらぶつぶつ呟き始めた黒沢に、男は心の中で震えていた。銀貨1枚と言えば、この国の一家の月収の1/10に相当する。


 もっとも、この国の貨幣を日本の貨幣価値に換算するのは暴論である。


 時代が変われば物やサービスの価値は変わるし、なによりここは異世界。当然、物やサービスの価値は現代日本の価値観とは相当なズレがあるだろう。


 それに、現在、日本で流通している日本銀行券は不換紙幣で、金貨や銀貨といった本位貨幣との兌換が保障されていない。1970年代に変動相場制と米国ドルの金本位制廃止が正式に確認されて以降、先進国における兌換紙幣は無くなった。


 しかし、私的なお土産代を経費で落とすことはできない以上、後々、使用した分だけ日本円で請求されるのだから黒沢が計算するのも仕方がないと言えば仕方がない。まあ、経費で落とそうと思えば落とせないこともないだろうが、少なくとも黒沢はそれを好まない。


 余談になるが、列島転移災害後の金融混乱の影響で一時1g1万円の大台を超えた金の取引価格も、今では7000円台前後で落ち着いている。銀は1g100円前後で安いように思えるが、転移前に50円程度であったことを考えれば十分に高騰していると言える。もっとも、政府は先日の交易で莫大な利益を得ており、貴金属のレートを基に黒沢たちに代金を請求することはないだろう。


 黒沢は少し考えこんだ後、素直に銀貨2枚を支払った。


「2000円程度かな?随分と安いね」


 黒沢の言葉は男には伝わらない。男はあっさりと銀貨2枚を支払う黒沢に驚きつつも、心の中でほくそ笑む。


「まいど」


 そのとき、黒沢は思い出したように相馬に問いかける。


「そう言えばチップの文化はあるのかな?」
「チップですか?……どうでしょうね。カーラさんに聞いてみますか」


 カーラとは、ポーティア爵の娘カーラ・ポーティア嬢のこと。黒沢たち日本の使節団を案内させるために、ポーティア爵が付けた案内役の少女である。


「そうしよう。チップを渡して侮辱だと思われたら堪らないからね」
「カーラさん、ちょといいですか?」


 露店で買ったポーティア名物の串焼きを口いっぱいに頬張っていたカーラ。不意に自身の名を呼ばれた彼女は、慌てて串焼きを飲み込んだ。


「ふぁいっ!?」


 カーラは変な声を上げ、相馬たちの方を振り返る。彼女の動きに合わせ、彼女のカールしたブロンドの髪が揺れる。もっとも揺れたのは髪だけにとどまらず、たわわに実った胸元の果実も揺れた。


「ソ、ソーマ様……な、なんですの?」
「いえ、この国にチップの文化はあるのかと……」
「え、えぇ、一応ありましてよ」


 串焼きを頬張っていたのを見られたカーラは、貴族令嬢としてはしたないところを見せてしまったと赤面しながら声を絞り出した。そんな彼女の様子に、同行する瀬戸陸士長は「カーラたん、かわええっ」と悶え、同行していた使節団メンバーは言葉はわからないもののカーラの姿に目を奪われる。


 それは同行していた外務省職員、山之内やまのうち浩介こうすけも例外ではなく、同じく外務省職員で後輩の、穂村ほむらゆきと共に少し離れたところからカーラのことを眺めていた。


 しかし穂村は少し面白くない。


「なんですか。先輩もああいうふわふわした感じの女の子が好きなんですか?」


 少し険のある言い方になっちゃった。と穂村は反省する。


「いやー、好きだね。実際、澄ましたお嬢様然とした彼女が見せるあのかわいさ。それは反則級だよ。ギャップ萌えってやつだね」
「いや、意味わかんないです」


 こうして異色の貴族・・一行の市場巡りは続いていく。

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