異世界列島

ノベルバユーザー291271

03.王前会議Ⅱ

 ♢
【中央大陸/ウォーティア王国/王都ウォレム/王城ウォレム/王議の間/11月末日(接触2日目)_午後】


「―――彼の国は、本当に我が国との友好関係を望んでいるのですか?」 


 近衛騎士団長、マルコ・ウォリアの言葉が〝王議の間〟に響く。


「ポーティア爵殿の報告によればそのように……」


 外務局のトップ、ロイド・モリアン外務卿はそう言って、彼のトレードマークであるラウンド型眼鏡を動かした。


 モリアン外務卿の言葉を引き継ぐように、ストローク将軍が口を開く。


「なにか気になることでも?」


「いえ……彼の国が接触する前に少し事件がありまして……私は、その件に彼の国が関与していないかと疑っております」


「と言いますと……?」


 室内の関心はすでにガノフとヤードから、ウォリア近衛騎士団長に移っていた。


「陛下と宰相閣下のお耳には既に入っているかと思いますが……最近、何者かがこの城に侵入するという事件がありました」


「なっ!?」


 ストロークはウォリアの言葉に絶句した。それはこの場に居並ぶ他の者も同様である。


「王城に侵入者だと!?」
「それで捕まったのですか?」
「なぜ近衛騎士団は我々、軍にも黙っていたのだ」
「治安を維持する我ら法務局も聞き及んでおりませんぞ!」
「きゅっ、宮廷魔導官の儂も聞いておらんぞウォリア!!」


 怒号が飛び交う室内。しかし、ウォリアは涼しげな顔で笑みを浮かべた。


「落ち着いてください」


 まだ若きウォリアの冷静さに自身らの醜態を恥じたのか、皆、一様に黙り込む。ウォリアは続ける。


「このことは王城ウォレムを守護する我らが内密に調査しておりました。まずは黙っていたことを詫びましょう」


 ウォリアは頭を下げて詫びた。こうも素直に謝罪されると、人間というものは弱い。


「……う、うむ。内密にすべきこともあろうな」
「そうですね。我々こそ声を荒げてしまい申し訳ない」


「ご理解感謝します」と顔を上げたウォリア。ウォリアはそのまま話を続けた。


「侵入者は城壁を警備していた当直の騎士が発見したものの、捕縛には至りませんでした。ですが王城内部の警報装置の作動は確認できておりません」


 王城内部の重要な場所には、所謂〝警報装置〟が隠すように設置されている。


 通常、この世界の動物は―――ヒト種であれ、獣人種であれ、亜人種であれ、はたまた魔物や単なる動物であれ―――程度の差こそあれ、一定の魔力エネルギーを体内で生成している。


 そして無意識下においても微量の魔力エネルギーが体外に放出されており、警報装置にはその魔力エネルギーの流れを感知する魔導回路が組み込まれていた。


 故に、この世界・・・・の人間が夜間に王城に無断侵入すれば一発で発見される。そう……この世界の人間ならば。


 ウォリアは続ける。


「また、各所を隈なく調べましたが幸いなことに書類はおろか、宝物の類が取られた形跡もなかったので、我々は未遂であったと断定しました」


「近衛騎士団長がそうおっしゃるのであれば……しかし、未遂とは言え気がかりですな」


 と、ストローク。


「念のため、現在は城内の警備を強化しています」


「それは頼もしい。しかし、くだんの事件……スラ王国の密偵である可能性のほうが高いのでは?」


「その可能性の方が高いのかもしれません……が、時期的に彼の国が接触を図る前であったために何か関連があるかと思いまして」


 ウォリアは城内への侵入者が日本国の密偵である可能性を疑っている。だが、対するストロークは敵対するスラ王国の密偵ではないかと考えていた。


 スラ王国の軍勢と現に国境を介して睨み合う軍としては、海の向こうから現れた謎の国よりもスラ王国の方がよっぽど脅威であると感じていたからだ。


 城内を警備する近衛騎士団と、国家を防衛する軍。両者の立場の違いが、この認識の差を生んでいた。


「なるほど……では我々軍の方でも彼の国について調査しておきます」


 ストロークの言葉にウォリアは「お願いします」と頭を下げた。


 ウォリアが日本に対する警戒感を示すと、彼以外にも日本への警戒感を露わにする者が現れる。その代表的な人物が法務局のトップ、マルコ・ウィスキー法務卿である。


「で、では、私からも一つ」


 室内の耳目が今度はウィスキーへと集中する。ウィスキーはジェスチャーを交えて話を始めた。


「話によりますと……我が国上空に、例の〝銀翼の竜〟や〝斑模様の羽蟲〟を飛ばしていたのは彼の国だそうじゃないですか」


 〝銀翼の竜〟と〝斑模様の羽蟲〟―――。


 それらは大陸調査のために日本側が飛ばしていた航空機の、ウォーティア王国側での呼称である。


 爆音を響かせながら常識を超える速さで王国上空を飛び回ったF-15J/DJ現主力戦闘機。


 その巨体を見せつけるかのように悠々と王国上空を飛行したP-3C哨戒機。


 そして低空を飛行する回転翼機を含む、その他多くの航空機の数々。


 それらへの畏怖を込めて、ウォーティア王国の民衆はこれらを〝銀翼の竜〟〝斑模様の羽蟲〟と呼んでいた。


 日本側としては〝外地法〟に基づいた大陸調査を行っていたにすぎないのだが、ウォーティア王国側からしてみればたまったものではない。


 見たこともない〝竜〟や“蟲〟がある日を境に、突如、王国上空に姿を現したのだから。


「ましてや、〝銀翼の竜〟はここ王都上空も飛行していたのですぞ?それも一度や二度などではありません!」


 ウィスキーの言葉に竜騎隊長のゾル・バードは顔を曇らせる。バードは、まるで自身の失態を責められているかのような気分になったのだ。


「面目次第もない……我が隊は彼の国に王国上空、ひいては王都上空さえも好きにさせてしまいました」


 しかしウィスキーはバードの失態を責めるつもりは毛頭無かった。ウィスキーは柄にもなく、興奮した様子で机に拳を叩きつける。


「それは今は問題ではありません!問題なのは、彼の国が我が国領空、それも王都上空に悠々と竜や蟲を飛ばしてきたことです!」


 飛竜部隊や魔導部隊の存在するこの世界では空も第三の戦場と考えられて久しい。故に、地球でいうところの中・近世並みの文明水準であるこの世界にも、領空の概念というものが備わっていた。


 ウィスキーは、なおも饒舌な口調で演説を続ける。既に室内は彼の独壇場と化していた。


「これは戦争になってもおかしくない、立派な軍事行動です!そんな彼の国の示す友好という言葉……その意味を素直に受け止めてもよいものでしょうか?」


「確かに法務卿の言う通り……彼の国の望む友好というものが、我々の思う友好と同じかはわからぬな」


 ウィスキーのその叫びに、プレジール宰相も同意を示す。宰相の同意を受け、ウィスキーは水を得た魚のように嬉々として声を張り上げた。


「そうですとも閣下!彼等に服属するのであればそれは友好とはいえません。現に彼らは我が国南部にあるモアの地の領有を主張しています。彼らがスラのような覇権主義国とも限りません」


「いや、彼の国はそれについて謝罪したのだろう?調査のためであり他意はないと」


 ヤード副将軍の牽制を受けてなお、ウィスキーは演説を続ける。


「その言葉も本当かどうか。口ではそう言っても、軍事力を誇示する意図があったのは明白でしょう。彼の国との関係を再考するには十分な理由です」


「だが、そうだとして、彼らと戦ってなんとする?〝銀翼の竜〟しかり〝巨大な軍船〟しかり……それほどの文明力と軍事力を有する者ならば、我が国を海と空の両面から攻めることなど容易たやすかろう」


「ふ、副将軍殿は我が国を売り飛ばすおつもりですか!?」


「なっ!?そうは言っておらんだろう、無礼者!!」


「言ったも同然でしょう!!」


 紛糾する議事。


 そのとき、会議中常に沈黙を守っていた国王が、右手を挙げて二人の言い争いを制止した。


 すると、騒がしかった室内が一瞬のうちにシンと静まる。これが国王の威厳というものか。


「皆の考えは相分かった……礼を言おう。ウィスキー法務卿の意見も一理あるものであった」


 国王の労いの言葉に、室内のすべての者が頭を下げる。


「だが―――今は、彼の国が覇権主義ではないことを祈るしかなかろうな。スラ王国とも緊張している今我が国に彼の国とことを荒立てる力はないのだから……」


 国王が居並ぶ王国の重鎮たちに視線を回すと、彼らは黙って頷いた。


 どれほど議事が紛糾していようとも国王が一度裁可を下せば、大臣たちはその裁に従って自身の成すべきことをするのみだ。


 日本国の脅威を熱心に唱えていたウィスキー法務卿も国王が腹を決めたのであれば、それに従うまでのこと。ウィスキーは自身の役割は、あくまで国王が最善の裁可を下せるように意見を出すことだと理解していた。


「よし。では……彼らとの交渉を始めることと致そう。モリアン外務卿……」


「はっ」


「交渉事は任せたぞ」


「お任せください陛下」


 モリアンは国王の勅命を受け、席を立ち上がって臣下の礼をとった。その様子に「うむ」と満足した国王は将軍ストロークを始めとする武官に視線を移す。


「軍は非常時に備えて準備を」


「はっ、命に換えても」


 将軍ストロークの言葉に合わせ、武官全員が最上の敬礼を国王に向ける。国王はさらにプレジール宰相の他、文官にもそれぞれ言葉をかけ、会議を纏めた。


「では、各自そのように致せ」


「「「はっ」」」


 こうして対日友好の意思が、ウォーティア王国の意思と決定され、日本国とウォーティア王国は本格的に国交交渉を始動させたのである。この出会いが双方にとって益となるかどうかは、今後の両者の交渉にゆだねられることになった。

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