異世界列島

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幕間03.人工衛星

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【日本国/鹿児島県熊毛郡南種子町/種子島宇宙センター/総合指令棟/11月上旬】


「発射5秒前―――4、3、2、1、発射」


 管制官のカウントダウンが終わると同時に、総合指令棟に備えられたモニター越しに映る発射体H-IIAロケット35号機がその巨体を持ち上げた。


 H-IIAロケットは、液体水素と液体酸素を推進剤とする2段式ロケットで、打ち上げ時に十分な推力を得るため左右2基の固体ロケットブースタ(SRB-A)を有し、搭載する衛星・探査機等の質量に応じてSRB-Aや固体補助ロケット(SSB)を追加することが可能だ。


 白煙を周囲にまき散らし、轟音を轟かせて飛翔するその様は、まさしく人類の英知の結晶にふさわしい雄大さを見せつげる。


「H-IIAロケット35号機、上空10㎞地点通過」
「成層圏突入成功を確認」
「SRB-A及びSSB分離」


 事実上の偵察衛星である「情報収集衛星光学予備機」を搭載したH-IIAロケット35号機の発射。それは、名実ともに、この世界初の実用的な〝打上げ機〟及び〝宇宙機〟の発射である。もっとも、実証実験用の簡易ロケットは既に1度打ち上げられている。


「上空50㎞地点」
「成層圏突破」
「中間圏突入成功を確認」


 なおも飛翔を続けるH-IIAロケット。管制官たちの言葉にも気合が入る。


「上空80㎞地点」
「中間圏突破」
「熱圏突入成功を確認」
「衛星フェアリング分離」


 人工衛星を覆う衛星フェアリングが分離され、搭載された人工衛星が宇宙に曝される。


「第一段ロケット分離」


 そして―――。


「上空490㎞地点―――予定軌道到達。予定軌道到達」


 その言葉に、「わぁっ」と言う歓声が室内の方々から上がった。


「第二段ロケットから衛星分離成功を確認」
「これよりクリティカルフェーズに移行する」


 管制官たちはそう言い終わると、安堵の息を吐くとともに、その成功を称え会った。ここから先は、同島内に設けられた増田宇宙通信所の仕事である。














 ♢
【同/増田宇宙通信所/追跡管制棟/同刻】


「クリティカルフェーズ移行、了解」
「クリティカルフェーズ開始」


 クリティカルフェーズに移行すると、いよいよ衛星のエキスパートである追跡管制隊の出番である。追跡管制棟内の中央管制室では、多くの関係者が分離された衛星の状態に神経を尖らせていた。


「パドルの展開を確認。正常通り」


 太陽電池が張られたパドルが、漆黒の宇宙にその羽を広げる。それはまさに人工衛星の巣立ち。しかしクリティカルフェーズはまだ始まったばかりである。


 様々な方向を向いた小さなロケットエンジンを吹かすと、徐々に姿勢が安定するようになる。


「3軸姿勢確立を確認」


 管制官による管制は続く。ここに来て、衛星はもっとも安定した姿勢に移った。


「ノーマルモード、姿勢安定を確認」
「チェックアウトフェーズへ移行」


 このチェックアウトフェーズでは、衛星を予定通りの軌道を飛ぶように少しずつ修正していく初期軌道制御が行われ、システム総合試験などを経て衛星は定常フェーズへ移行する。


 今回打ち上げられた衛星は、内閣衛星情報センターが運用する情報収集衛星。よって、今後の運用は宇宙航空研究開発機構(JAXA)の手を離れ、同センターに移管される予定である。


 南種子島の海岸線に面し、〝世界一美しいロケット発射場〟と呼ばれる種子島宇宙センターにおいてこの日行われたH-IIAロケット35号機の打ち上げは、成功裏に幕を閉じた。


 余談であるが、H-IIAロケット35号機の打ち上げ予定時期は8月上旬、搭載衛星は「準天頂衛星システム2号機」であった。


 しかし、列島転移災害の混乱と、惑星の体積・重力・自転周期・公転軌道等の各種データの調査・修正の必要性から、打ち上げは延期される。そして列島転移災害からおよそ3ヶ月が経ったこの日になり、ようやく打ち上げに漕ぎ付けた。


 なお、急遽搭載された情報収集衛星は、政府が打ち上げ失敗時の予備機として保管していたものであり、11月中に「情報収集衛星レーダー予備2号機」を搭載したH-IIAロケット36号機が打ち上げられる。


 また、翌年2月には現行機より精度を向上させた光学衛星「光学6号機」が、そして翌年の早い時期にレーダー衛星「レーダ6号機」が発射される予定だ。


 政府は従来、情報収集衛星の10機体制(2機の中継衛星を含む)を確立すべく順次打ち上げを行ってきたのだが、列島転移災害によってすでに運用されていた6機の衛星を喪失してしまっている。


 故に10機体制を確立する時期は大幅にずれ込むことが予想される。しかし、数年前まで、光学衛星とレーダー衛星の2機セット2組、計4機体制での運用を想定していたことを考えれば、2018年度上半期中には十分な運用体制が確立されることになる。












 ♢
【日本国/東京都千代田区永田町/首相官邸/総理執務室/同刻】


 藤原首相は彼の定位置である執務室の椅子に腰かけ、室内に備え付けられているテレビに見入っていた。


 部屋には彼のほかに佐々木首相政務担当補佐官がいるだけだ。


 彼らは何も仕事をさぼっているわけではない。


 テレビの画面には、丁度、喜びに沸くJAXA職員の姿が映し出される。


 列島転移災害の前であれば、ここまで注目されることのなかったであろう人工衛星の打ち上げ。


 しかし、転移後初の人工衛星打ち上げ、それも地球とは異なる惑星でのロケット発射とあって、公共放送は勿論のこと、民放各局もこぞって特集を組んでいる。


「ふぅ……成功したようで何よりだ」


 藤原はそう言って顔を天井に向けた。そんな藤原の様子を見て、佐々木も口を開く。


「我が国の科学者はさすがとしか言えませんね。地球と異なる惑星で行われた発射にもかかわらず、こうも軽くこなして見せるとは」


 佐々木は再び視線をテレビの画面に戻すと、「まあ」と前置きした上で話を続ける。


「予算的にも時間的にも、失敗されても困るのですがねぇ」


 佐々木の言葉に藤原も同意を示す。


「そうだな。ま、なんにせよ、これでこの世界の衛星画像が手に入る。これまで分かっていなかったこの世界の詳しい地形や異世界側の街並が分かることは勿論、軍事力や経済力などの情報も推察できるだろう」


 搭載予定であった人工衛星を変えてまで、政府が情報収集衛星の打ち上げに拘ったのは他でもない。この世界の情報を集めるためだ。


 この打ち上げ成功から数日後、政府は、喪失した人工衛星網の復旧を優先度の高い順に行うとする「緊急宇宙開発計画」を発表。


 喪失した人工衛星は官民合わせ130を超えるが、この計画によれば、気象衛星や通信衛星など、来年度中に20機以上の復旧を目標に掲げている。

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