異世界列島
幕間02.地球連合
♢
【日本国/東京都江東区有明/東京国際展示場/国際会議場/11月上旬・某日】
東京国際展示場、通称、東京ビックサイト。この会場は毎年夏と冬に開催される一大サブカルチャーイベント、コミックマーケットの会場として使われることで有名な日本最大のコンベンションセンターである。
当該施設の会議棟に設置された国際会議場はおよそ1000人を収容することが可能な能力を有し、英語・中国語を含む全世界8ヶ国語対応の同時通訳設備を備える。
そんな国際会議場は今、大きな熱気の中にあった。
この会議場には、新政権発足を控えたアメリカ合衆国臨時政府(新政権発足まで臨時政府が事務)を含む各国臨時政府の代表者・高官、並びに、唯一国土ごと転移し当然に全権を保持している日本政府の首相と高官が集まっていた。
各国臨時政府は正当政府を地球の各国政府としながらも暫定的に各国政府の権限を継承している。一方、アメリカ合衆国政府は、新政権発足と同時に完全に連邦政府としての全権を継承する予定である。
そして話は会議場に戻る。会議場に集まった彼ら為政者たちは、熱気に包まれた会議場で大きな会議を開いていた。
それは、日本政府主導の下、過半数以上の国々の要請で開かれた特別会、「国際連合列島転移災害特別総会」である。なお、党への忠誠心の欠如として臨時政府を樹立していない北朝鮮は、代表者不在により自動的に棄権している。
『―――それでは全会一致をもちまして、「国連総会憲章改正の決議」を採択いたします』
会議場に全世界8ヶ国語で同時翻訳されたアナウンスが流れると、各所から割れんばかりの大きな拍手が鳴り響いた。
国連憲章改正の決議―――。
それは、1995年総会決議にて決定されていた旧敵国条項削除に加え、国連の全機能の無期限停止、並びに日本国内に存在する国連資産の新組織への移管条項などを新たに盛り込んだ国連憲章の改正決議である。
旧枢軸を対象とする旧敵国条項はすでに削除が決議されているが、改正決議批准国が2/3に達していないため改正には未だに至っていない。そこで今回の改正決議に併せ、再度成文として盛り込まれる運びとなった。
この後、各国がこの改正案を批准することで効力が発する。もっとも、現状、各国臨時政府はほぼ独裁状態であり批准はつつがなく行われるであろう。
拍手の大合唱が終わると同時に、再度のアナウンスが会場に流れる。
『―――続きまして、14:00より「地球連合憲章」の署名式を行います。署名する政府の代表者はこの会場に再度お集まりください』
地球連合憲章は、新たな国際機関として考案された「地球連合(The Earth union)」発足のための国際条約である。
地球連合はその名の通り、奇しくもこの世界に飛ばされてしまった日本国を中心に、各国臨時政府などで作る国際機関である。名称は外務省の国際機関新設チームが考案した。
公式略称は「地連」とされるがその言いにくさから、現時点では地球連合と正式名称で呼ぶことも多い。
地球連合は国連加盟国の過半数を超える憲章の批准をもって、国連に代わる存在として新たに創設される。国連憲章改正決議で採択された国連資産の移管先はこの組織に当たる。
ではなぜ国連の機能を停止し、資産を移管してまで地球連合の創設に踏み切る必要があったのか。
これに関して、地球連合憲章草案の作成を主導した日本政府は後日、両憲章の批准の可否を審議する国会の場で次のように述べている。以下は藤原首相の答弁の抜粋である。なお敬語などは省略。
―――政府はなぜ国連に代わる国際機関を創設したのか?(最大野党、民政党党首・岡山)
「憲章草案は米国と共に我が国が作成を主導したが、創設はあくまで国連加盟各国臨時政府の総意に基づくもので岡山代表の発言は適切ではない」
―――質問を変更させてもらう。なぜ政府はこの憲章草案の作成を主導したのか?国連では不十分であったのか?(同)
「我々は現在の特殊な状況下において、米国を除く4つの安保理常任理事国が軍を持っていないなど、既に国連は通常有すべき機能を十分に持ち得ていないと考えている。しかしながら安易な国連改革は行うべきではない。それは、列島が再び地球に帰還する可能性を排除すべきでない以上、安保理改革を含む安易な国連改革は帰還後の法的、政治的な混乱と論争の種になりかねないからである」
―――民政党に代わり質問する。今後列島が帰還した場合、地球連合の機能はどうなるのか?(野党、社会生活党党首・松島)
「憲章を読めば分かるかと思うが、解散が決議されるまでは日本列島の地球帰還後も存続する。ただし、帰還後は速やかに国連の機能は復活し、地球連合―――以下地連とするが―――の内部には連絡委員会が設置される予定である。連絡委員会は地連組織とその資産の存続及び譲渡に係る協議を国連と行う予定である」
―――単刀直入に言うが、これは一度認めた各国政府を日本政府の傘下に収めたい政府の詭弁ではないのか?(同)
「それは誤解だ。我々は各国と協力関係を継続する意思と十分な用意がある」
♢
【日本国/東京都千代田区永田町/首相官邸/総理執務室/後日】
「無事、発足決定に漕ぎつけましたね」
そう言って瀬戸博文外務大臣は紅茶を口に運んだ。
場所は総理執務室であり、瀬戸の他には岩橋勉防衛大臣と菅原利文内閣官房長官、佐々木重行首相政務担当補佐官の3人が集まっている。
彼らは皆、それぞれ藤原が信頼している者たちであり、この国を動かす実力者たちであった。
瀬戸の言葉に岩橋は頷く。
「おぅよ。これで我が国は地球帰還後の混乱を心配することもない」
国会においてその批准の可否が審議されていた「国連憲章改正案」及び「地連憲章」は予定通りの日程で承認された。また、それに先立ち各国臨時政府は両憲章の批准を終えており、日本国の批准をもって地球連合(地連)は発足が決定した。
なお、正式な発足は翌年の1月の予定である。
余談であるが、地球連合の英名はThe Earth union。EUとしたいところであるが欧州連合との混同を避けるためにTEUと略される。
「旧敵国の日本は国連内では微妙な立場だ。次の大戦があるまでそれは変わらんと思ってたが、地連の創設によって我が国の立ち位置は名実ともに確固たるものとなった……」
名とは形式面、実とは実質面からの話。日本政府は列島転移直後から税収を得られない各国臨時政府のために臨時予算も組んでおり、実質的な日本の立ち位置は地球時代とは大きく様変わりしている。
岩橋はそう言い終えると「なぁ、藤原?」と藤原に話を振る。話を振られた藤原は手にしていたティーカップから顔を上げた。
「ん?あぁ、そうだな」
実のところ政府内にはこの機会に安保理改革などを進め、日本国を国連の盟主にすれば良いと言う者もいたが、地球帰還の可能性を考えれば、他国の目が無い状況での強引な改革には慎重論が多かった。
そこでどうせなら新しく作ってしまえばいいとなったという経緯があり、それは法と条約と建前と形式、そして地球帰還後の国際世論を意識した結果である。藤原たちは常に日本列島の帰還を想定していた。
そのとき佐々木が思い出したように口を開く。
「首相。ちなみにですが、地連本部は国際連合大学に置かれ、当分、地連総会は東京ビックサイトで開かれることになりました」
「おお、そうか。まぁ今は本部に拘ってる場合じゃないし当然か」
「はい。予算的にも」
国連大学(United Nations University)は、東京都渋谷区に本部を置く国連の自治機関である。大学という名称であるものの、教育法に定められた一般的な大学ではない。ただし、大学院の研究科に相当する機能も持っており、大学院に準ずるものとして扱われている。
列島転移後は一時的に臨時の国連本部が置かれていたが、地連発足後は、国連憲章改正に伴い旧国連資産として地連に移管される予定である。
こうして地球連合は国連に代わる組織として、旧地球圏諸国を纏める国際機関となったのである。
【日本国/東京都江東区有明/東京国際展示場/国際会議場/11月上旬・某日】
東京国際展示場、通称、東京ビックサイト。この会場は毎年夏と冬に開催される一大サブカルチャーイベント、コミックマーケットの会場として使われることで有名な日本最大のコンベンションセンターである。
当該施設の会議棟に設置された国際会議場はおよそ1000人を収容することが可能な能力を有し、英語・中国語を含む全世界8ヶ国語対応の同時通訳設備を備える。
そんな国際会議場は今、大きな熱気の中にあった。
この会議場には、新政権発足を控えたアメリカ合衆国臨時政府(新政権発足まで臨時政府が事務)を含む各国臨時政府の代表者・高官、並びに、唯一国土ごと転移し当然に全権を保持している日本政府の首相と高官が集まっていた。
各国臨時政府は正当政府を地球の各国政府としながらも暫定的に各国政府の権限を継承している。一方、アメリカ合衆国政府は、新政権発足と同時に完全に連邦政府としての全権を継承する予定である。
そして話は会議場に戻る。会議場に集まった彼ら為政者たちは、熱気に包まれた会議場で大きな会議を開いていた。
それは、日本政府主導の下、過半数以上の国々の要請で開かれた特別会、「国際連合列島転移災害特別総会」である。なお、党への忠誠心の欠如として臨時政府を樹立していない北朝鮮は、代表者不在により自動的に棄権している。
『―――それでは全会一致をもちまして、「国連総会憲章改正の決議」を採択いたします』
会議場に全世界8ヶ国語で同時翻訳されたアナウンスが流れると、各所から割れんばかりの大きな拍手が鳴り響いた。
国連憲章改正の決議―――。
それは、1995年総会決議にて決定されていた旧敵国条項削除に加え、国連の全機能の無期限停止、並びに日本国内に存在する国連資産の新組織への移管条項などを新たに盛り込んだ国連憲章の改正決議である。
旧枢軸を対象とする旧敵国条項はすでに削除が決議されているが、改正決議批准国が2/3に達していないため改正には未だに至っていない。そこで今回の改正決議に併せ、再度成文として盛り込まれる運びとなった。
この後、各国がこの改正案を批准することで効力が発する。もっとも、現状、各国臨時政府はほぼ独裁状態であり批准はつつがなく行われるであろう。
拍手の大合唱が終わると同時に、再度のアナウンスが会場に流れる。
『―――続きまして、14:00より「地球連合憲章」の署名式を行います。署名する政府の代表者はこの会場に再度お集まりください』
地球連合憲章は、新たな国際機関として考案された「地球連合(The Earth union)」発足のための国際条約である。
地球連合はその名の通り、奇しくもこの世界に飛ばされてしまった日本国を中心に、各国臨時政府などで作る国際機関である。名称は外務省の国際機関新設チームが考案した。
公式略称は「地連」とされるがその言いにくさから、現時点では地球連合と正式名称で呼ぶことも多い。
地球連合は国連加盟国の過半数を超える憲章の批准をもって、国連に代わる存在として新たに創設される。国連憲章改正決議で採択された国連資産の移管先はこの組織に当たる。
ではなぜ国連の機能を停止し、資産を移管してまで地球連合の創設に踏み切る必要があったのか。
これに関して、地球連合憲章草案の作成を主導した日本政府は後日、両憲章の批准の可否を審議する国会の場で次のように述べている。以下は藤原首相の答弁の抜粋である。なお敬語などは省略。
―――政府はなぜ国連に代わる国際機関を創設したのか?(最大野党、民政党党首・岡山)
「憲章草案は米国と共に我が国が作成を主導したが、創設はあくまで国連加盟各国臨時政府の総意に基づくもので岡山代表の発言は適切ではない」
―――質問を変更させてもらう。なぜ政府はこの憲章草案の作成を主導したのか?国連では不十分であったのか?(同)
「我々は現在の特殊な状況下において、米国を除く4つの安保理常任理事国が軍を持っていないなど、既に国連は通常有すべき機能を十分に持ち得ていないと考えている。しかしながら安易な国連改革は行うべきではない。それは、列島が再び地球に帰還する可能性を排除すべきでない以上、安保理改革を含む安易な国連改革は帰還後の法的、政治的な混乱と論争の種になりかねないからである」
―――民政党に代わり質問する。今後列島が帰還した場合、地球連合の機能はどうなるのか?(野党、社会生活党党首・松島)
「憲章を読めば分かるかと思うが、解散が決議されるまでは日本列島の地球帰還後も存続する。ただし、帰還後は速やかに国連の機能は復活し、地球連合―――以下地連とするが―――の内部には連絡委員会が設置される予定である。連絡委員会は地連組織とその資産の存続及び譲渡に係る協議を国連と行う予定である」
―――単刀直入に言うが、これは一度認めた各国政府を日本政府の傘下に収めたい政府の詭弁ではないのか?(同)
「それは誤解だ。我々は各国と協力関係を継続する意思と十分な用意がある」
♢
【日本国/東京都千代田区永田町/首相官邸/総理執務室/後日】
「無事、発足決定に漕ぎつけましたね」
そう言って瀬戸博文外務大臣は紅茶を口に運んだ。
場所は総理執務室であり、瀬戸の他には岩橋勉防衛大臣と菅原利文内閣官房長官、佐々木重行首相政務担当補佐官の3人が集まっている。
彼らは皆、それぞれ藤原が信頼している者たちであり、この国を動かす実力者たちであった。
瀬戸の言葉に岩橋は頷く。
「おぅよ。これで我が国は地球帰還後の混乱を心配することもない」
国会においてその批准の可否が審議されていた「国連憲章改正案」及び「地連憲章」は予定通りの日程で承認された。また、それに先立ち各国臨時政府は両憲章の批准を終えており、日本国の批准をもって地球連合(地連)は発足が決定した。
なお、正式な発足は翌年の1月の予定である。
余談であるが、地球連合の英名はThe Earth union。EUとしたいところであるが欧州連合との混同を避けるためにTEUと略される。
「旧敵国の日本は国連内では微妙な立場だ。次の大戦があるまでそれは変わらんと思ってたが、地連の創設によって我が国の立ち位置は名実ともに確固たるものとなった……」
名とは形式面、実とは実質面からの話。日本政府は列島転移直後から税収を得られない各国臨時政府のために臨時予算も組んでおり、実質的な日本の立ち位置は地球時代とは大きく様変わりしている。
岩橋はそう言い終えると「なぁ、藤原?」と藤原に話を振る。話を振られた藤原は手にしていたティーカップから顔を上げた。
「ん?あぁ、そうだな」
実のところ政府内にはこの機会に安保理改革などを進め、日本国を国連の盟主にすれば良いと言う者もいたが、地球帰還の可能性を考えれば、他国の目が無い状況での強引な改革には慎重論が多かった。
そこでどうせなら新しく作ってしまえばいいとなったという経緯があり、それは法と条約と建前と形式、そして地球帰還後の国際世論を意識した結果である。藤原たちは常に日本列島の帰還を想定していた。
そのとき佐々木が思い出したように口を開く。
「首相。ちなみにですが、地連本部は国際連合大学に置かれ、当分、地連総会は東京ビックサイトで開かれることになりました」
「おお、そうか。まぁ今は本部に拘ってる場合じゃないし当然か」
「はい。予算的にも」
国連大学(United Nations University)は、東京都渋谷区に本部を置く国連の自治機関である。大学という名称であるものの、教育法に定められた一般的な大学ではない。ただし、大学院の研究科に相当する機能も持っており、大学院に準ずるものとして扱われている。
列島転移後は一時的に臨時の国連本部が置かれていたが、地連発足後は、国連憲章改正に伴い旧国連資産として地連に移管される予定である。
こうして地球連合は国連に代わる組織として、旧地球圏諸国を纏める国際機関となったのである。
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