異世界列島

ノベルバユーザー291271

15.将軍と長Ⅰ

 ♢
 外地派遣部隊司令部庁舎・廊下―――。


「この扉の先に将軍が……」


 モロはそう言って口に溜まった唾を飲み込んだ。狼人ろうじん種の部族の長、モロであっても、これほどの部隊を率いる指揮官と対面するのは初めてのことである。


 モロは言葉にこそ出さないものの、酷く緊張していた。


 相馬はそんなモロの姿を共感を持って見つめる。その気持ちわかります、と。


 コンコン―――。


 短いノック音の後、内側から「入っていい」と声が聞こえた。ノックをしたのは幕僚の一人である宮内みやうち大雅たいが一等陸尉。それに答えたのは新留にいどめ真一しんいち陸将である。


「失礼します。避難民の代表者と相馬三尉をお連れしました」


 そう言って入室する宮内に、モロと相馬も続く。


「ごくろう」


 新留はそう宮内に労いの言葉をかけると、腰を沈めていた応接用のソファから立ち上がり、モロの前へと移動した。


 歴戦の猛者、戦士の中の戦士。そういった言葉は似つかわしいとは思えないが、その圧迫感と威厳は、さすがこれだけの兵を率いているだけはある。と言うのが、モロの新留に対する第一印象であった。


 新留の日焼けした肌に映える、短く整えられた黒の口髭が僅かに動く。


「初めまして。私は本部隊の指揮を任せられております、日本国陸上自衛隊、陸将の新留真一と申します」


 そう言って新留は、自身の右手をモロの前に差し出した。新留の言葉に合わせるように、相馬は現地の言葉に翻訳する。


 しかし、モロは新留の仕草の意味が分からず、困惑の視線を相馬に向けた。


「手を握ってください。握手という友好を示す我々の挨拶です」


 相馬の説明に納得して、モロも自身の右手を差し出す。


「お初にお目にかかります。新留将軍閣下。私は狼人種、〝カル村の部族〟の長、モロと申す者。この度は我らを受け入れていただき感謝しております」


 この世界に陸将という単語は存在しない。そのため、相馬の耳には将軍・・という意味の単語が聞こえた。相馬はそれを陸将に意訳して新留に伝達する。


 両者はそれぞれの自己紹介を終えると、固く手を握りあった。


 ちなみに、〝カル村の部族〟については後述する。


 こうして避難民代表、モロと外地派遣部隊代表、新留による会談が始まった。












 ♢
 外地派遣部隊司令部庁舎・応接室―――。


 外地派遣部隊司令部庁舎に設けられた応接室は、本土の基地や駐屯地にある応接室に比べても非常に質素なものである。というのも、応接室を利用する事態がまだ想定されておらず、日々の忙しさの中で後回しにされてきたためだ。


 そんな応接室に今あるものは、部隊発足と同時に新たに作られた部隊旗といくつかの調度品、テーブル、それと一対のソファーだけである。


 ソファーには四人の人物が腰かけており、向かって右側奥から新留と宮内。向かって左側奥からモロと相馬という並びで座っている。


 新留に「相馬も腰をかけなさい」と言われ、どこに座ったものか……と考えていた相馬だが、宮内が新留の横に腰を下ろしたことで自動的にモロの横に腰かけることになった。


「一応、報告はそちらの相馬から受けておりますが……」


 相馬の提出した報告書をめくりそう切り出した新留は、ちらりと視線を相馬に向けた。


 相馬は新留に頷くと、彼の言葉を素早く翻訳してモロに伝える。モロに自身の言葉が伝わったことを確認した新留は話を続けた。


「確認のためにいくつか質問させていただきます」


 相馬の翻訳を受け、モロは黙って頷く。


 新留はモロの頷きを肯定の意味で受け取った。


 この世界、少なくともモロたちは、頷きを肯定の意味で使っていると、新留は事前に説明を受けている。それを聞いたときは、その文化的類異性に多少の驚きを見せたものだ。


「あなた方は獣人種。その中でも特に、狼人ろうじん種と呼ばれる種族。……間違いはありませんか?」


 新留の問いに、モロは「間違いありません」と再び頷き、続けた。


「我ら狼人は血縁や地縁によって複数の部族に別れて集団で暮らしております。我ら部族は〝カル〟という村に定住しているため、他の部族と区別するときには〝カル村の部族〟を名乗っております」


 新留はモロの話す内容と、手に持った報告書の内容とを見比べ、相違がないことを確認する。


 余談であるが、部族(tribe)とは、同一の出自や歴史的背景を持ち、共通の文化や言語、価値観の上で共同生活を営むとされる集団の単位であり、主に近代的民族概念と異なる社会形態をもつとされる集団に対して用いられる。


 新留は続けて問いかける。


「では、あなた方は今回なぜここ東岸地域―――この辺り一帯を我々はそう呼んでいますが―――に来訪した、しなければならなかったのですか?経緯を詳しく説明してください」


 新留は相馬からの報告ですでにその理由を大まかに把握している。しかしあえて尋ねたのは、その報告に相違がないことを確認するためである。


 相馬が最初にモロから聞き取ったのは彼らを救出したとき。故に、相馬を信用しきれずにいたであろうモロが、話を偽った可能性も想定される。


 加えて、報告書作成時はモロたち避難民も、疲労感と緊張感から少なからず混乱しており、その経緯の証言があいまいであることも考えられた。


 いずれにせよ政府に詳細な聞き取りを命じられている以上、再び確認する必要がある。


 もっとも、新留の問いはモロに故郷を捨てた経緯を再び語らせることを意味し、不快感をあたえる可能性もあった。しかしモロは、不快感を抱くことなく淡々と語りだす。


「我らがこの地にたどり着いたのは……そうあの日―――」


 ―――遠方に出かけていた部族の男が昼過ぎに村に飛び戻ってきた。どうやらその男は焦った様子であった。


 事情を聴くと、遠方にある普段から交流のあった狼人種の部族の村が、人種の軍勢に襲われたという。


 モロはかつて風の便りで、遠い西にある人種の王国〝スラ〟に〝聖教〟が伝来したことを耳にしていた。


 その国の国王が病床にし、対外拡張の野望を持ち、獣人蔑視を標榜した次代の王がその地位に就いた折、獣人の村を襲ったという話も。


 そこで〝スラ王国〟の襲撃を悟ったモロはすぐに荷物を纏めさせ、故郷、カル村を捨て逃避行を開始した。


 行く先々の村々にその危険性を知らせた。


 交流のあった村に血縁がある者は彼らとともに行き、また、逆にモロたちに加わり共に東へと進んだ者もいた。


 ―――それは大変だ。すぐに我々も逃げる。


 そう言って故郷を捨てた獣人も多い。


 一方、種族の違いによる争いは、何も人種とそれ以外の争いに限ったものではない。


 獣人種の中でも縄張り争いや勢力争い、はたまた本能的な争いまで。種族間だけでなく、部族間でも争いや対立は絶えない。


 獣人種といえどその繋がりは殆ど無く、一枚岩ではないのだ。故に、中にはその忠告に耳を傾けず、逃げ出さなかった種族や部族もあった。


 モロたちに敵対的な者は言う。


 ―――なにを言うか。帰れよそ者。
 ―――我々は騙されないぞ。この村を乗っ取る気だろう。


 好戦的で自信のある者は言う。


 ―――ふん。狼人ともあろうものが人種ごときに情けない。
 ―――我らの縄張りに入る人種がいれば返り討ちにしてくれる。


 果たして彼らがどうなったのか、今では誰も分からない。


 こうして東へ東へと進んだモロたち〝カル村の部族〟。もっとも彼らは自分たちが確実に東へ進んでいるという自覚はなかったが、彼らが気がついたとき、彼らはいつしか荒野にいた。そこをさらに東へ進むと―――。


「―――あなた方、ニホン人がトウガン地域と呼ぶ緑豊かな平原に出たのです……後はあなた方が知っての通りです。魔物に襲われているところを助けていただいた。皆様には感謝してもしきれません」


 そう言ってモロは話を終えた。


 話が終わると同時に、ぽつりぽつりと小さな雨粒が窓に当たる音が応接室に響き始める。


 やがてその雨音はザァァァァ―――という雨音に変わった。本格的に雨が降り始めたのである。


 モロの話を翻訳することに集中していた相馬は、そのときようやく窓の外が薄暗くなっていることに気が付いた。遠くの空にあった雨雲が、いつの間にか東岸拠点の上空に差し掛かっていたのである。


 矢吹たちは片づけを終えられただろうか。と、相馬は心配そうに窓に当たる雨を見つめた。


 相馬の視線につられ、一瞬、窓の外に視線を向けた新留だが、すぐに視線をモロに戻し、「礼は十分受けました」と言葉を返すと、横に座る宮内の顔を振り返った。


 報告書と大まかな差異は無い。新留はそう目で語りかける。


 宮内はそれを察し、首を縦に振った。そして閉じていた口を開く。


「ありがとうございます。では、ここからが本題なのですが……」


 そう言って宮内は話を切り出す。


「あなた方の今後について―――」


 相馬の訳した宮内の言葉に、モロの身体がピクリと震えた。宮内の言う通りモロにとっても、ここからが本題である。


 日本人の容姿はこの世界の一般的な人種とは異なるものの、同様の容姿を持った北方人と呼ばれる人種がいることは知っている。


 つまり、日本人は人種であって獣人ではないことはモロにも分かる。


 そして、日本がこの世界に転移してきたという話はモロにとっても既知の話。元の世界には〝聖教〟や獣人が存在していなかったこと、故に獣人に対する差別感情は存在しないこと。それらも既に聞き及んでいた。


 だが、人種である日本人が〝スラ王国〟に自分たちを引き渡さないと言えるだろうか。外交の道具、あるいは、政争の道具に利用され―――。


 いずれにしてもそれは安寧とは程遠い。と、モロは自身らの今後について不安視していた。


 故に宮内の放った言葉は、モロにとっての最大の関心事でもある。


 ここでの会談の結果が自分たちの命運を―――ひいては獣人種全体の命運を握っていると言っても過言ではない。少なくともモロはそう考えていた。むしろ、考えてしかるべきである。


 そのとき、窓の外から響いた大きな落雷の音に、モロの不安は最高潮に達した。

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