異世界列島

ノベルバユーザー291271

11.重要人物

 ♢
 首相官邸・総理執務室———。


「それじゃあ、報告を頼む」


 首相である藤原は、執務室の椅子に深く腰掛け、政務担当秘書の佐々木にそう促した。佐々木は銀縁眼鏡の端をそっと手で持ち上げてから、報告書を読み上げる。


「現地からの報告によれば、くだんの現地人との接触は極めて穏便に行われたようです。目立った衝突は報告されていません」


 佐々木の言葉に藤原は「ふぅ」と息を吐く。そして、夕刻、普段通り涼しい顔で「緊急の案件」だと告げた佐々木の言葉を回想する。


「なに?現地人の一団を発見しただと?」


 それは相馬小隊が魔物に襲われそうになっている現地人を発見したという報告。


 佐々木は藤原の声に「はい」と頷き、続けた。


「外地調査部隊の指揮官から防衛相経由で報告が上がりました。それと、対処方針を示してほしいとの要請が」


「そんな暢気なことを言っている場合か?」


 藤原は現地人の身を案じてそう言い放ったが、現地人との接触を禁じてきたのは我々だと思い至り、口を閉じた。


 政府の意向が無ければ、自衛隊が行動できないことは高校生でも分かることだ。自衛隊は戦前の関東軍ではない。そもそも現場が勝手に行動を起こせば、政府の意図に反して戦線が拡大した戦前の二の舞になりかねない。


「……彼らは異世界の軍人か?それとも民間人か?」


「現場からの報告では民間人に見えると……それとその一団には女子供も混じっているとのことです」


「付近に集落や人の存在は?」


「無いとのことです。現場は魔物の闊歩するエリア。周囲には人の影は無く、西方に広がる荒野までは無人のはずです。なぜそんな場所に民間人がいるのか謎なくらいです」


 佐々木の返答に、相馬は即座に指示を飛ばす。


「今すぐ救助だ。もたもたしてたら全滅だ……俺が直接、東岸拠点の指揮官に繋ぐ」


 藤原の指示はすぐに相馬の下にも届いた。もっとも、その時点では魔物———ボルムキラ——―は相馬の判断で蹴散らされた後だったのであるが。


 藤原はそこで回想を止める。


 そして再び佐々木に問うた。


「それで結局彼らは何者だったんだ?」


 彼らとは勿論、モロたちのことだ。


 現場からの報告によれば、彼らはどうやら避難民だったようです」


「避難民?」


 藤原の問いに佐々木は「はい」と一言頷いた。藤原は再び問い返す。


「避難民って、迫害か何かから逃げて来たってことだよな?迫害の原因は?」


「人種差別……それも常軌を逸したレベルのものです」


 佐々木の言葉に、藤原の脳裏に一人の男が浮かんだ。その男の身柄はアメリカ側にあるが、既に日本政府にもその存在は通知されている。


 佐々木は藤原の表情から、藤原が避難民の素性に思い当たったことを察した。


「お察しの通り、彼らは獣人種です。この世界では獣人種が差別の対象になっているようで、〝スラ王国〟という名の〝国家〟から逃げるように荒野を越えてこの東岸地域まで辿り着いたと」


 佐々木はそう言って〝スラ王国〟の大体の位置を記した地図を藤原に示した。この世界に飛ばされてから二ヶ月以上が過ぎたが、未だに喪失した人工衛星の復旧には及んでいない。故に、その地図はモロたち避難民からの情報を基にした大雑把なものであった。


 藤原はその地図に視線を向けたまま再び口を開く。


「それで避難民たちは今どうしている?」


「彼らは現在、東岸拠点に。けがを負っている者もいるとのことで、その者たちについては療養中です」


「そうか……」


 藤原は安心したように息を吐いた。そして、思い出したかのように「しかし」と切り出した。


「腑に落ちないんだが、なぜこの短時間でここまでの情報が?……そもそもなぜ彼らを説得できたんだ?言葉は通じていないんだろう?」


 佐々木はその言葉を待っていました、と言わんばかりにほくそ笑む。そして一呼吸置いた後、再び口を開いた。


「そのことなのですが、とても興味深い……いえ、驚くべき報告が上がっています」


 佐々木は報告書をパラパラとめくり、該当の箇所を藤原に指し示す。そして続ける。


「現地人と接触した部隊の一部、正確には一三名の隊員が彼らの話す言葉を理解している……と」


 佐々木の言葉をに、藤原は耳を疑った。


「……それはどういう意味だ?」


「そのまま言葉通りの意味です。日本語とは明らかに異なる、しかし意味が理解できる。一三名の隊員がバイリンガルのように日本語と現地語を無意識に理解し発しているようです」


 佐々木は真顔でそう答えた。


 実際のところ、相馬を含め一三名の隊員がモロたちの言葉を理解している。理解するだけではなく発話することもできた。


 藤原は佐々木がこのような場面で冗談を飛ばすような人物であるとは思っていなかったし、彼が嘘を吐く理由にも皆目見当がつかなかった。


 もしもこれが嘘や冗談の類であったなら、藤原は彼への評価を変えなければならない。


「こんなときに冗談を飛ばすほど私は愚かな人間ではありませんよ?」


 藤原の沈黙からその胸中を透視したかのように、佐々木はそう言って弁明した。


「あぁ、知ってるよ」


 藤原はそう言って「ふぅ」と息を吐きだし、言葉を続ける。


「こんな状況だ……いちいち驚いていたらきりがない。そう言うものだと割り切って政策を定めないといけなのかもしれないな」


「えぇ、私も同意です」


 かつての常識は非常識となり、非常識に基づく政策決定は大きな齟齬を生みかねない。藤原も佐々木も、その思いは同じであった。


 藤原は手元に置かれた資料をめくり、現地語を解する隊員の情報がリスト化されたページに目を通す。そして佐々木に対して言葉を発した。


「ここに名前の書かれた自衛官、一三名は現時点から我が国の最重要人物だ。佐々木、岩橋に連絡を取ってくれ」


「分かりました。至急取り次ぎます」


 佐々木はそう答えると、再び銀縁眼鏡を手で持ち上げ、一礼とともに執務室を後にした。


 執務室に一人となった藤原は、佐々木から受け取った資料に再び視線を落とす。


「これでアメリカの手札は無効化された」


 アメリカ側が手札として拘束している現地人。彼らから(現地語の解読も含めて)どれほどの情報を得たかは知らないが、現時点で最も現地の情報に近いのは日本側になった、と藤原は考えている。


「相馬小隊、か。彼らが現地語を解する理由の調査も並行しないといけないな」












 ♢
 東岸拠点・外地調査部隊本部———。


 相馬が外地調査部隊・隊長に呼び出されたのは、翌日の早朝であった。


「相馬和也三等陸尉、入ります」


 若干の緊張感を持って入室した相馬。そんな相馬を出迎えたのは、物腰の柔らかそうな中にも威厳を感じさせる四〇代後半ほどの男であった。


 彼は新留にいどめ真一しんいち陸将。彼がこの外地調査部隊の隊長であり、かつ相馬の原隊である中央即応集団の司令官でもある。


 統合任務部隊(Joint Task Force 略称:JTF)として編成された外地調査部隊は、中央即応集団を中心に海自・空自の一部を指揮下に持つが、その規模はそう大きくはない。


 しかし陸将である彼が隊長として任命されたのは、ひとえにこの任務の重要性にあった。新大陸の上陸調査が日本国の命運をかけた任務であったがゆえに、彼が選ばれたのだ。


 新留は入り口の戸の前に立つ相馬に、ソファーに腰かけるよう促す。


「そこに座りなさい」


「いえ、このままで結構です」


 相馬の返答に新留は「いいからいいから」と、着席を勧めた。そこまで言われれば頑なに断る理由もない。逆に失礼にあたると、相馬は礼を言って座った。


「失礼します」


 新留は相馬が腰かけたのを確認すると自身もその対面に腰を下ろす。そこにすかさず自衛官の一人が二人分の湯呑を持ってやって来た。彼はそれをそっと二人の前に置くと、静かに退出した。


 湯呑からは湯気が昇っているのが分かる。


「こっちの世界ももう秋のようだ。だいぶ朝晩冷えるな」


 新留はそれだけ言うと湯呑に注がれた温かいお茶を喉に通した。


 日本がこの世界に転移したのが二ヶ月前であったことを考えると、もう秋か冬であってもおかしくはない。しかしそれはこの世界にも元の世界同様、四季が存在したことの証左であった。


 宇宙航空研究開発機構(JAXA)と気象庁の発表によれば、この世界の自転周期は二五時間(地球時間)、公転周期は三六〇日(地球時間)であるという。


「陸将、それで話と言うのは……」


「あぁ、君も分かっているだろ?相馬」


 新留の言葉に相馬は昨日の出来事を思い浮かべた。本部の命令を待たずに行動したことに対する処分の話だろう、と。


「独断で行動したことについてでしょうか?」


 しかし新留はそんな相馬の言葉を、首を振って否定した。


「それは大事の前の小事にすぎんよ。上も、我々も、そのことで君を追求するつもりは無い」


 新留はそう言って再び湯呑に口を運ぶ。相馬は新留が湯呑から口を離すのを見計らい、口を開いた。


「では、あのことでしょうか?」


 あのこと、が意味するところをくみ取った新留は「あぁ」と頷いた。そして続ける。


「上は君たちに興味津々のご様子だ。なぜ君たちが現地語を解するのかと」


 新留はそう言って相馬を見つめた。相馬は分からないと言うように首を振って、返答する。


「私にも何が何だか」


 相馬の言葉に新留は「だろうな」と相槌を打つと、一枚の紙を差し出した。


「これは?」


「本省からだ。相馬三等陸尉」


 新留はそう言って立ち上がった。相馬も遅れて立ち上がる。


「はっ」


「相馬三等陸尉を本日付けで外地調査部隊本部直轄、現地調整隊の隊長に任命する」


 新留はそう言って手元に持つ紙を相馬に差し出した。

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