異世界列島

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08.獣人難民Ⅱ

 ♢
『———相馬隊長。こちら三班、至急応答願います!』


 三班班長である別府二曹からの無線。相馬は何事かと即座に応答した。


「どうした」


『たった今、恐竜に似た生物二体に遭遇。規程に基づき交戦しました』


 至急、と言う別府の言葉に相馬は一瞬、交戦中かと気負った。が、それにしては別府の声に焦りが無いと思い立ち冷静に先を促す。


「状況は?」


『この場は死守しました。勿論、こちら側に死傷者はおりません』


 別府は当然とばかりに声を返す。


「よくやってくれた。それで件の生物は?」


『その生物、おそらく魔獣は軽傷を負った後、西の方角へ駆けて行きました』


「逃げたのか?」


『いえ、ただ逃げたというより他の獲物を見つけた……というように思えました』


 別府は勘ですが、と断りそう私見を述べる。そして続けた。


『それに、周囲の警戒網にも複数の個体がかかりました。それらはすべて息を合わせるかのように西に向かったようです。調査のために我々も追うべきかと具申します』


 相馬は別府の報告を聞き終えると、即座に判断を下す。


「分かった。どちらにしても我々の任務はこの地の調査だ。その恐竜に似た魔獣が新種なら、生体調査の必要もある。俺たちもすぐにそっちに戻る」


『分かりました』


 別府の返答を耳に、相馬は遺跡の周囲を調査していた一班班長、小森二曹に無線で呼びかける。


「小森、聞こえていたな?」


『はい。こちらも調査を切り上げて合流します』














 ♢
 ギャァァァァァァァ―――。


 林が点在する東岸地域の平原に、魔獣の叫び声が響いた。魔獣の名はボルムキラ。ウォーティア語で“兵隊殺し〟を意味する俊敏かつ凶悪な魔獣だ。


 体長は平均して約二mほど。全身を深緑色の羽毛に覆われた鳥のようなその容姿は、はるか太古の地球に存在した恐竜のそれである。


 魔獣、と言われるように、ボルムキラは極めて原始的な魔術を扱うことができる。代表的なものは突風を起こす・聴覚を奪う・周囲の物を動かす……など。


 ところで、魔物の用いる極めて原始的な魔術は、亜人種や人種を含め人間が扱う魔術・魔法とは大きく異なる。


 人間が自然界から発見してきた魔術というある規則性を持った力や、魔術を体系化・簡略化したものとされる魔法とは異なり、魔物はそれを本能のままに操ることができる。それが、魔物の用いる魔術。


 故に、人間が用いる魔術や魔法と異なり、汎用性に欠けるという欠点がある。が、魔物の繰り出すそれらの攻撃は極めて厄介で恐ろしいものだ。


 なぜなら魔物はそれらを生来に持ち、本能のままに扱えるのだから。一方、人間が魔術を扱うためには、様々な知識と準備が必要であるし、魔法は魔法の才が必要である。


「……我らの運もここまでか」


 モロは鋭い眼光で彼ら避難民一行を囲むボルムキラの群れを睨み、そう呟いた。


 群れ。そう、彼らを取り囲むボルムキラは一体ではなく群れなのだ。ここに〝兵隊殺し〟と呼ばれる所以がある。


 彼らは非常に頭が良く、群れで連携を取りながら効率的に狩りをするのだ。彼らは自分たちが不利と悟ればその俊敏さを生かして姿をくらまし、有利と悟れば獰猛な本性を現す。


 ボルムキラは雄雌合わせて平均二〇~三〇体ほどで一つの群れを形成するが、肉食獣が一家族の枠を超えた群れを形成するのは非常に珍しい。


 このときもボルムキラは群れで行動していた。


 モロたちは完全にボルムキラの標的にされていたのである。


「おじじ……さすがにまずいよね?」


 ミラはそう言って後続の荷車に分乗する村の屈強な男たちを振り返った。


 彼らは皆、一様に疲労しており兵隊殺しと恐れられるボルムキラを相手に戦う余裕はない。


 というのも、ここに至るまで、既に何度か魔物の襲撃を受けていた。


 普段のミラは勝気な少女だが、このときばかりは不安を顔に出す。


「……」


 モロは孫娘の呟きに、返す言葉が見つからなかった。兵隊さえも殺す魔獣。これは本当にまずいのだ。もうどうしようもない。


 その思いは他の仲間も同じであった。耳を澄ませば後方から村人たちの声が聞こえてくる。もっとも、獣の血が濃いモロは耳を澄ますまでもなく、その声を拾うことができた。


「あー俺たちももうここまでか」と、普段は陽気なお調子者がぽつり。


「この数はさすがにもう無理だ……」と、村一番の狩人がぽつり。


「人種に辱められるよりは魔獣に食われた方が……まだましよ」と、精一杯強がって婦人がぽつり。


 それらの声を耳に、モロは何かしらの決心をすると、荷車の御者台の上で立ち上がった。


 荷車を引く馬のようなラクダのような動物はすでにボルムキラに怯え、立ち止まったまま動かない。


「みなの衆!聞いてほしい!」


 モロはありったけの大声でそう声を絞り出す。モロの叫びに村人の視線はモロに集中した。


「もうこれ以上、皆で逃げることは叶わないじゃろう」


 モロの言葉に村人たちは落胆した。分かり切っていたことではあったが村長であり、長老であるモロの口から告げられればやはり落胆してしまう。


 そんな彼らを見回したモロは、「それならば」と強調するように声を張り上げる。


「男衆は今こそ最後の力を振り絞り、未来ある愛すべき子供たちを、そして愛する妻を守るべきではなかろうか」


 モロは既に皆で逃げることを諦めた。だが、せめて女や子供はこの場から逃がせないだろうか。せめて時間を稼ぐくらいなら出来るだろう。


「おじじ!」


 ミラは叫ぶ。


「どういう意味!?皆で逃げなきゃ!」


 モロは横から割って入ったミラの目を顔の正面から見据える。ミラの目は困惑し、必死にモロを止めようとしているように見受けられた。


 モロは我ながら自分勝手な提案だ。と、そう思いつつも、この純粋な瞳を持った最愛の孫娘だけはなんとしても生き延びて欲しいと願った。


 それは他の男たちも同じである。モロの言葉に男たちは奮起した。彼らは手に武器を取った。


 そのとき―――。


  バリバリバリバリバリバリバリバリ


「!?」


 聞いたことのない音がモロの耳に届く。何事かと目を凝らすと、草原の遠方、木々が生い茂る森の中から、空飛ぶ虫が飛び立つのが見えた。


 モロは自分たちのいる場所と遠方に広がる森との距離と耳に届いた大きな羽音から、その虫が決して可愛らしい大きさではないと瞬時に悟る。


 それは自分たちよりもはるかに大きな虫。……であれば、自然とその生物は虫系の魔物である可能性が高くなる。


 少なくとも、それほどの大きさを持つ飛行する生物を、モロはドラゴンしか知らなかった。もっとも、竜を魔物に含めるのかどうかは議論の余地があるのではあるが。


 いずれにせよ、状況がさらに悪化したことに変わりはない。と、モロはさらなる脅威の出現に身震いした。


 愕然がくぜんとする思いで遠方を睨むモロ。そこにミラの声が割って入る。


「お、おじじ!あれ!すごい速さでこっちに向かってくる!」


 ミラはその虫のような何かを指差し、そう叫んだ。ミラが叫んだその数瞬後、その虫……否、相馬らを乗せた陸上自衛隊所属の回転翼機、ヘリの編隊は既にミラたち避難民一行の上空に達していた。


「「「!?」」」


 耳をつんざくような爆音が辺りに響き渡り、強風が周囲の草木を揺らす。


 モロたちをいつ襲おうかと、タイミングを伺っていたボルムキラの群れは、突如乱入してきたヘリを見上げ口々に威嚇の声を上げる。


 ギャァァァァァァァ―――。


 一方、狼人種の避難民たちも口々に叫び声を上げた。自分たちに降りかかる不運を呪った。


「な、なんだあれは!」
「ま、魔物よ!もうだめ!」
「空を飛ぶ魔物なんてどうすればいいんだ!?」
「あぁぁ……もう終わりだ」


 モロは自身も叫び声を上げたい衝動をこらえ、上空を飛行し旋回するヘリをじっと見つめる。彼の瞳は、開け放たれたヘリのドアから身を乗り出す自衛官の姿を捉えた。


「あれは……」


 と、モロは心の中で絶句した。あれは人間か?あの虫を、いや、あの魔物を人間が操っているのか?と、モロは驚愕に目を見開く。


 瞬間———。


 光の発光とともに、これまた聞いたことのない炸裂音が辺りに響く。


 ババババババババ。


 その炸裂音は周囲の空気を振動させた。


「なっ、なんじゃ!?」


 その光と音に、モロはついに叫び声を上げる。


 見ると、モロたちを取り囲んでいたボルムキラの群れに、光の雨が降り注いでいた。

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