異世界列島

ノベルバユーザー291271

07.獣人難民Ⅰ

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 日本人が新大陸と呼ぶここ〝中央大陸〟にはヒト種以外の種も暮らしている。彼らは亜人だとか獣人だとか総称されるが、その中で獣人種と呼ばれる人々は西方諸国において、歴史的に激しい迫害を受けてきた。


 それは大陸のほぼ全土に強い影響力を持つ〝聖教〟の教えに表れており、教典には「獣人は人にあらず、獣人は悪魔の先兵である」との記述がある。


 もっとも、大陸の北東部に位置するウォーティア王国を始めとする国々は例外である。彼の地は、大陸北部を分断する大山脈の東にあり、聖教の影響が薄い。


 故に、古くから南の地に住まう獣人種と交流があった。と言っても、建国の経緯から国王や貴族は人種がほとんどであるし、差別の酷い地域も存在している。これは、地球での人種差別に近いものかもしれない。


 獣人の特徴はその獣と人を足して割ったような姿にある。人の血の濃いものは人に耳や尻尾を生やした出で立ちである。一方、獣の血が濃いものはまさしく獣を二足歩行させたような出で立ちであった。


 獣人は人を遥かに凌駕りょうがする身体能力を持つ一方で、その多くは魔法の才を持たない。












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 東岸地域から荒野を越えたさらにその先に〝スラ王国〟と言う国がある。


 その国はかつては多神教を謳う一小国に過ぎず、獣人を迫害するような国ではなかった。しかし、先々代の国王〝ドランポルⅡ世〟の治世に、西方より伝来した〝聖教〟がこの国を獣人迫害へと向かわせる。


 スラ王国と東岸地域・荒野の間にあるステップとサバナで構成された大平原。


 彼の地にはいにしえの昔より、多種多様な獣人種が暮らしていた。だが、彼らは国家を持たない。代わりに血縁で結びついた原始的な集落を形成し、細々と暮らしてきた。


 そこにある時スラ王国は進出する。


 聖教圏の国々の支援を受け、〝聖教〟の教えを大義に掲げたスラ王国軍にとって、国家も持たぬ獣人居留地を侵略することなど赤子の手を捻るよりも簡単にだった。


 それはいくら獣人が人族に身体能力の面で優れているとは言っても、覆しようのない事実。


 スラ王国は瞬く間に獣人種の居留地を征服し、土地や財貨を奪い、女は犯して、男は奴隷にした。


 こうして地を追われ、家や財を失った避難民達は、北へ南へ東へと命からがら逃げだした。


 北東諸国に近い者たちはスラの兵士たちの目を掻い潜り、北へ。それ以外は東や南へ。


 その様はまさに、建国期のアメリカを想像してもらえば分かりやすい。アメリカに渡った白人は圧倒的武力で先住民であるインディアンの土地を奪った。インディアンは土地を追われ、西へ西へと徐々に追い詰められていく。


 似たような、いや、それ以上のことがこの世界でも起こっているのだ。スラ王国と獣人の間で。


 運よく逃げ延びた者はそう多くない。逃げ延びることが叶わなかった多くの避難民を待つものは、〝死〟か〝奴隷〟と言う残酷な二択であった。


 そしてここにも、そんな過酷な逃避行を行う集団が一組、荒野を東の方角に進んでいた―――。


「どこまでいくの?」


 ミラは揺れる荷車の御者台で、祖父であり、集団の長でもあるモロにそう問いかける。彼らの後ろには十数台の荷馬車に似た荷車が続く。


 荷車を引くのは馬のような見た目に、ラクダのようなこぶを付けた不思議な生物。馬のように早く、どんな環境でも生きることができる生命力の高い動物だ。


 そんな荷車と共に、東へと逃げる一団は狼人種。同じ知性をもつ人間でありながら、人種に迫害される存在だ。


 彼らを率いるモロは、この集団の中では最も獣の血が濃い、毛深く背の低い初老の男である。


 一方、彼の孫にあたるミラは対称的に、人に近い容姿を持つ、年の頃一三ほどの少女だ。赤の混じった黒髪に、人種と比べても断然に整った容姿。


 獣人種の容姿に、このような差が出る理由を彼らは知らない。突発的に獣の血が薄い狼人種が生まれることも多かった。


 それ故、ミラもモロと似ても似つかない容姿を気にしたことはあまりない。


 ちなみに彼女はモロに育てられた。ミラの両親は、ミラが物心つく前に流行り病で亡くなったとモロから聞かされている。


 そんな孫娘ミラの問いに、モロは優しい口調で答える。


「どこまでも東へ、スラの兵士が来ない場所までな」


 モロたちは迫りくるスラの軍勢から逃れるため、定住していた村を捨て東へ東へと歩を進めてきた。


 緑豊かな草原はやがて、草木もまばらな荒れ地に変わり、気が付いたら赤茶けた荒野の中を進んでいた。


「……行く当ては、あるの?」


 再びかけられたミラの言葉に、モロは周囲をちらりと確認し、押し殺すような小声で囁いた。


「……当てはない。じゃが逃げるより他に選択肢はない」


 そう、モロたちは行く当てもなく東へと逃げていた。


 ミラはそのことを分かってはいたが、実際にモロの口から聞くとやはり不安になる。


 ミラは不安を少しでも紛らわせるためか、笑顔を浮かべ言葉を絞り出す。


「でも、魔法の水袋があってよかったよね」


 魔法の水袋。それは、獣の皮で出来た魔道具の一種。その名の通り、永遠に水を出すことができる不思議な袋だ。


 どうしてそんな貴重なものがミラの村にあったのか。モロ曰く、それは昔、村で保護した旅人の置き土産だとか。


 笑顔を見せるミラに、一瞬複雑そうな顔を見せたモロ。モロはミラに「そうじゃな」と言って笑顔を返し、視線を前へと戻した。


 モロは荷車に揺られながら考える。


 我々は幸運な者か、それとも不運な者か……と。


 だが今考えても仕方ないと頭を切り換える。


 今は村の全員が無事であることを、孫娘ミラが笑顔を見せてくれることを幸運だと思おう。と、モロは心の中で頷いた。


 モロたちが荒野を抜けたのはそれからしばらく後のこと。


 荒野の先には緑豊かな平原が広がっていた。


 それだけなら良かったのじゃが、とモロは歯噛みし、周囲を取り囲む五体の魔物を睨みつけた。

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