異世界列島

ノベルバユーザー291271

03.魔獣遭遇Ⅱ

 ♢
 異世界の地に、バンバンバンという5.56mm弾の炸裂音が響いた。


 89式小銃から放たれたその弾頭は吸い寄せられるように、向かい来る魔獣の顔面に命中する。


 ギャゥァ―――。


 5.56mm弾を食らった魔獣はそう叫ぶと、その場に足を止めた。


『効きましたね』


 と城ケ崎三曹。だが茂木陸曹長は即座に否定する。


『いや、威力不足だ』


 相馬も茂木の声に頷き、魔獣を睨む。対する魔獣も相馬らを睨んでいるように見えた。


 実際、の獣は大きなダメージを受けていない。突然の攻撃に足を止めたに過ぎなかった。魔獣は相馬らの動きを警戒するようにその場に佇む。


 そこに茂木が口を挟む。


『隊長、本部から通信です』


 茂木の報告に対する返答だろう。相馬は「繋いでくれ」と茂木に頼み、本部からの通信を受ける。


『こちら相馬三尉。送れ』


 しばらく連絡を取っていた相馬は『了解。送れ』と本部との通信を切る。と、今度はAH-1Sコブラ機長からの無線が届いた。


『相馬三尉!撤退しますか?』


 しかし相馬はその問いに頷かなかった。


『いや、ここは魔獣には悪いですが、俺たちの調査に協力してもらいましょう』


『協力……ですか?』


『今、上から指示が来ました。サンプルが欲しいとのことです。このまま攻撃を続行します』


 魔獣のサンプル。それは異世界の生物・植生等を調査する上での貴重な情報源となる。生死は問わないと言うのが上からの指示。さすがに生け捕りは不可能だ。


『分かりました』


 相馬の指示に、AH-1Sコブラ機長はそう了解の意を示した。相馬は続けて、小隊の隊員にも指示を飛ばす。


『全員聞いたな。このまま攻撃を続行する!重機関銃も使っていい!全力で行くぞ!』


『『『はっ!』』』


 三機のUH-1Jヒューイから隊員らによる、89式5.56mm小銃と12.7mm重機関銃の連続射撃が行われる。ちなみに12.7mm重機関銃は射程が広く、ドアガンとして使用されることもある対空・地兼用の重機関銃だ。


 ババババババババババババ―――。


 銃口から連続して射出される5.56mmと12.7mmの銃弾が、様子をうかがう魔獣めがけて叩きこまれる。――—が、今度は当たらなかった。


 魔獣が銃を警戒していたからだ。魔獣はその巨体からは想像できない軽やかさで右へ、左へと身を動かし銃弾をかわす。


『……速いな』


 と、そのとき、魔獣が動きを止めた。瞬間、紫がかった光が激しい音を立てて魔獣の周囲を包み込み、生臭く特徴的な刺激臭が辺りに立ち込めた。


『!?』


 その光景は神秘的でもあり、不気味でもある。


『うっ……のどがなんだか』


『大丈夫か!城ケ崎!』


 かく言う相馬も喉に痛みを感じていた。それだけでなく頭痛も。それは他の隊員も同じであった。


『機長!ひとまず離脱してください』


『了解』


 高度を上げ、その場から退避した四機のヘリ。しかし、それは魔獣の攻撃による副産物に他ならなかった。


 魔獣の身体全体から、青白い光が放たれ、ヘリとヘリの間の空をる。辺りには、先ほど同様、嫌なにおいが立ち込めた。


『……い、今のは!?』


 相馬はその光が魔獣からの攻撃だと悟る。


『た、隊長!あの魔獣、魔法使いましたよね!?本当に魔獣・・じゃないですか!?」


『……あ、あぁ。ありゃ、魔獣・・だ』


 相馬は辺りに光を放つ魔獣を上空から見下ろして、そう呟いた。既に、先ほど感じた喉の痛みや頭の痛みは退いている。


『全員無事か!?』


 相馬の呼びかけに各機から返答が返る。


 全員が無事である。不調も一時的なものだった。という報告に相馬は安堵の息を漏らし、眼下で魔法のようななにかを放つ魔獣に再び視線を向ける。


『隊長!どうしますか?』


 城ケ崎の問いかけに相馬は少し考え、指示を出す。


『幸い機体も隊員も無事だ……しばらく安全なところから様子を見よう。瀬戸せと


『は、はい!』


『魔獣の状況を記録していてくれ』


『りょ、了解です』


 相馬の指示に瀬戸陸士長は機内に積み込まれた機材の中から、カメラを持ち出して来て録画を始めた。


 数分後、魔獣の周囲を覆っていた紫がかった光が徐々に収束し、魔獣からの攻撃も止んだ。


『持続時間は数分間、攻撃の射程はおよそ一〇〇〇mってところか』


 相馬はそう呟くと、『よし』と話を区切った。そして、相馬小隊の隊員と、各機を操縦する機長らに向けて指示を飛ばす。


『これより魔獣を掃討する。非常時は機長らの判断で離脱してください』


 相馬の指示で四機のヘリは高度を下げる。


『ガトリング砲用意』


 AH-1Sコブラに備え付けられた20mmM197ガトリング砲の砲口が魔獣の身体を捉える。


『撃て!』


 瞬間、20mmの鉄の雨が魔獣めがけて降り注ぐ。


 辺りには土煙が立ち込め、視界が遮られる。


 ギャィィィィィィィィィィィィィィィィン―――。


 魔獣はその痛みに声を上げるが、ガトリング砲の爆音にかき消され相馬らの耳にその声は届かなかった。
 だがそれは、相馬たちにとって幸いだったのかもしれない。


 土煙が晴れたとき、そこに横たわってたのは身体の半分を吹き飛ばされ、息絶えた魔獣。


『……』


 相馬は無言だった。それは相馬以外の隊員も同じだ。


『うっ……』


 一部始終を記録していた瀬戸は急に胃が締め付けられるのを感じ、慌てて開け放たれたヘリのドアから顔を外に突き出した。そして嘔吐。


 グェェェェッ―――。


『くっ……はっ……』


『おい、瀬戸!大丈夫か!』


 慌てて相馬や小隊の隊員が瀬戸に駆け寄る。


『ず、ずいません……き、気分が』


 無理もない。この光景はあまりにも精神に悪い。相馬も我慢しなければ今にでも吐き出してしまうかもしれない。と、そう感じていた。


『瀬戸はしばらく休め』


 相馬はそう言って、松野と城ケ崎に瀬戸を頼んだ。


『隊長』


 相馬の耳に茂木の声が響く。


『茂木さん……いえ、死骸の一部を回収しましょう。特に額の半透明の水晶、あれが気になります』


 相馬は口に出しかけた言葉を飲み込み、指示を出した。撤退しとけばよかったですかね?などと言うわけにはいかない。


 こうして相馬小隊と〝新大陸巨獣〟通称、〝魔獣〟の遭遇は、相馬小隊の勝利という結果を残し幕を閉じる。


 相馬小隊と航空科隊員の拠点帰投後、彼らの証言から魔獣が本当に魔法のような超常的な力を持っている可能性が浮かび上がった。


 ちなみに、相馬小隊が持ち帰った魔獣の肉片及び水晶は厳重に封がされ、本土の研究機関に送られた。今後、魔獣の詳細な情報や水晶の謎も、少しずつ分かってくるだろう。












 ♢
 魔獣戦からの帰投後。東岸拠点医務棟———。


 相馬小隊と航空科隊員らは念のため、医療機器による検査と医官による診察を受けることになった。医官とは他国・旧軍で言うところの軍医に相当する。


 ここ東岸拠点医務棟は、複数の医務室や手術室を持ち、最新の医療機器を備える言わば一つの病院である。拠点整備に合わせて真っ先に作られた施設の一つで、まだ稼働して数日しか経っていない。


「……相馬二尉らのお話から察するに、それはオゾンでしょう」


 医官、村塚むらづか一等陸尉はそう言って手に持っていたカルテを机に置いた。


「オゾンってあの?」


「えぇ、あのオゾンです。紫がかった光はおそらく高エネルギーの電子と、空気中の酸素分子が衝突したときに発生したプラズマ。そのときに発生したオゾンを吸い込んでしまったために、身体に不調が出た……というところでしょうか」


 もっともこの世界の科学法則が地球のそれと同一であれば、と前置きしたうえで、村塚は喉の痛みや頭痛をオゾン吸入による症状だろうと言う。実際、この世界の大気成分が地球のそれと似通っていることは既に判明している。


「ただ比較的短時間であったということなので心配することでもなさそうですね。検査の結果でも身体的な異常は見受けられませんでした」


 村塚の言葉に安心した相馬。だが、村塚は「ただ」と言葉を挟む。


「私は精神面が心配です。心的外傷後ストレス障害PTSDなどにならないよう何らかの配慮が必要ですね」


 村塚は今後戦闘の機会も増えるであろう、前線に立つ隊員たちの精神面を心配していた。これは今後、上層部が考えなければならない一つの問題であろう。


 村塚と少し雑談を交わした後、相馬は「ありがとうございました」と感謝の言葉を述べ、医務室を後にする。


 相馬小隊は慰労を兼ねた二日の休暇ののち、内陸部の調査任務に復帰した。

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