異世界列島
01.大陸上陸
♢
日本の異世界転移から二月。
中央即応集団隷下の中央特殊武器防護隊を中心に編成された混成部隊を乗せた輸送艦〝おおすみ〟は、護衛艦〝いなづま〟を伴い広島県呉港を出港した。
中央特殊武器防護隊は、化学兵器や生物兵器などのNBC兵器によって汚染された地域の偵察および除染を行う部隊であり、新大陸への上陸調査に適していると判断されたのである。
数日の航海を経て新大陸沿岸に到達した〝おおすみ〟と〝いなづま〟。
〝おおすみ〟の艦内後部ウェルドックに搭載された輸送用エアクッション艇(LCAC)が水飛沫を上げ、上陸ポイントである新大陸東部の海岸線に乗り上げる。
外地調査隊第一次要員、上陸―――。
政府はこの東部一帯の無人地帯を東岸地域、上陸ポイントをポイントαと呼称した。東岸地域は西に赤茶けた荒野、東と北に海、南に熱帯雨林と、周囲4方を囲まれた南北600㎞東西300㎞ほどの平野だ。平野には森や林が点在している。
第一次要員に与えられた任務は新大陸の植生・地質・気候の調査及びサンプルの収集であり、調査隊の持ち帰るサンプルを分析して得られた情報をもとに今後の活動方針が決定される算段であった。
結果―――新大陸、少なくともポイントα周辺に人類の脅威となる細菌・ウイルスは存在しない。
政府は全国の大学・研究機関の報告を基にそう結論付けると、本格的な新大陸・東岸地域の調査と開拓に乗り出した。
自衛隊P‐3Cが一月前に発見した異世界人の港町や村は、調査隊が上陸したポイントαから陸路で北西に1000㎞ほどのところにある。本当であれば接触したいところだが、今は言語の解読の進行を待つ他ない。
政府としては言語の解読と並行して無人地帯である東岸地域の調査・開発を進め、ゆくゆくは国際法にのっとってこの土地を日本の領土として利用したい。と、そう考えていた。
半月後、
外地派遣部隊第二次要員、上陸―――。
彼らはポイントαからほど近い丘(後に希望ヶ丘と命名)に実質的な自衛隊基地〝東岸拠点〟を短期間で建設。また、ポイントα近くの湾内に海上自衛隊の港作りも開始した。
これら東岸拠点は、陸・海・空自衛隊の共同基地であり、政府の活動拠点でもある。
一方、臨時政府下に置かれたアメリカ軍も、外地派遣部隊第二次要員の派遣に合わせ新大陸に上陸した。
アメリカ軍の外地派兵部隊は自衛隊の東岸拠点に隣接するエリアに東岸基地を設立。
日米両政府は、自衛隊とアメリカ軍の調整を行うべく、防衛省のある市ヶ谷と、現地である東岸拠点にそれぞれ調整所を設置した。
♢
【日本国/東京都千代田区永田町/首相官邸/廊下/某日】
「それで第一次要員のメンバーは?」
この国の首相、藤原三郎はそう問いながらも足を止めない。彼には立ち止まる時間すら惜しいと思えるほどに、やらねばならない仕事が詰まっていた。
「国立感染症研究所を中心に全国数か所の施設に隔離しています」
藤原について歩く政務担当秘書官の佐々木重行は、そんな藤原の対応に不満を見せずに淡々と述べる。もっとも藤原のスケジュール調整を行っているのも彼なのだから文句を言うはずもないが。
「そうか……彼らには悪いな」
「それは仕方ないかと。現時点で新種のウイルスが確認されなかっただけの可能性もありますから。少なくとも数ヶ月は隔離が妥当です」
新大陸・ポイントα周辺で地球人類にとって未知のウイルスや細菌は確認されなかった。それは実に驚くべきことである。
それなら万々歳じゃないか……とはいかず。より精密に、念入りに調査する必要性を研究者は訴えたのである。万が一でもパンデミックが起こっては困るためだ。
だが、政府はここに来るまでに二月半以上の時間を浪費している。国内の食糧事情、資源事情等を鑑みればこれ以上もたもたしてもいられなかった。
そこで藤原は苦悩した末、科学的調査と並行して第二次要員を新大陸へ送ることを決定した。それは第二次要員にとって完全に安全な旅路とは言えない。藤原にとっても苦渋の決断であった。
藤原はすまないと心の中で自衛官に謝り、「ところで」と話を切り替える。
「米軍との調整はうまくいっているのか?」
「現状ではうまくいっているものと思います。しかし二月半も座していた米軍がここに来て介入してくるとは……」
佐々木はそう言って、第二次要員の上陸に合わせて派兵したアメリカ臨時政府の動きを訝しむ。
「要するに新大陸の安全確認を日本に押し付けたんだろう?それで安全だと分かるや否や、利権を得ようと出張ってきた」
「……でしょうね。まぁ、我々が動くまで静かにしていたときは不気味でしたけど」
♢
【日本国/東京都港区赤坂/アメリカ合衆国臨時政府庁舎(旧大使館)/某日】
「それで?最初に上陸した日本の部隊は?」
「CIAの報告によると日本国内の研究施設に隔離されているとか」
臨時大統領の肩書を得た元・駐日大使、キャサリン・コナーの問いに、補佐官となったマイク・ジョブスは報告書片手にそう返答した。
「隔離?新大陸は安全だったんじゃなかったの?だから軍を上陸させたのだけれど……」
「おそらく安全というのは暫定的に、ということでしょう。今の日本に悠長に詳細な研究をしている余裕はありませんよ。もちろん我々にも」
「まぁ……それも、そうね」
コナーはそう言って天井を仰ぎ見て、軍の新大陸派兵までの経緯を思い出す。
日本列島が異世界に転移した。そのときには既に、新大陸上陸を求める声が大使館だけでなく、軍の中からも上がっていた。
しかし米軍は結果的に一度も単独で上陸したことはない。
それは〝新大陸の安全性が不確定〟〝政治的意思の不在〟〝指揮系統の混乱〟〝戦力温存の必要性〟〝メリットの不足〟という五つの理由があった。
一、〝新大陸の安全性が不確定〟。既出の通りアメリカは新大陸の安全性が証明されない中での軍上陸を避けた。異世界人を検査した限りでは脅威となるウイルスなどは見つからなかったが、他の動植物に関しては確認できていない。また、地質・気候などに有毒性があることも考えられていた。
二、〝政治的意思の不在〟。これはまさにアメリカ政府の不在である。米軍はもちろん関東軍ではないから文民統制の原則に縛られる。
三、〝指揮系統の混乱〟。これは、日本列島とともに転移した米軍の指揮系統がばらばらであったことが関係している。在日米軍はアジア太平洋軍の下で行動することが前提で、在日米軍司令官は作戦指揮権を持っていなかった。
四、〝戦力温存の必要性〟。これは、そのままの意味だが、日本政府に対する外交的カードの意味合いもあった。
五、〝メリットの不足〟。「先んずれば人を制し、遅るればすなわち人に制せらる」とは言うものの、今回ばかりは急いだとしても、研究施設・専門業者の不在などで情報収集や資源開発が米軍単独では困難だった。
つまり五つの理由が複雑に絡み合った結果、米軍はこれまで上陸をしてこなかったのである。
だが、臨時政府の樹立と日本の自衛隊派遣。これによってようやく米軍も活動が可能となった。この機会を逃せば、アメリカは新大陸利権の大半を失うことになっただろう。
コナーはそこで思考を止め、補佐官に向き直る。そして一言。
「そう言えば、例の件。既に状況は整ったんじゃない?進捗は?」
ジョブスはコナーの言う例の件が意味するところに、すぐに気が付いた。ジョブスも補佐官としての役割に徐々に慣れてきているのだろう。
「新大陸の安全が暫定的にでも分かったことで、状況がクリアになりました。既に軍は準備を整えているかと」
ジョブスの言葉にコナーは満足そうに頷く。
「そう。兎に角、報告をありがとう」
「いえ、これが私の仕事なので」
そう言ってジョブスは執務室を後にする。
本当にまじめな男だな。コナーはジョブスをそう評価した。
日本の異世界転移から二月。
中央即応集団隷下の中央特殊武器防護隊を中心に編成された混成部隊を乗せた輸送艦〝おおすみ〟は、護衛艦〝いなづま〟を伴い広島県呉港を出港した。
中央特殊武器防護隊は、化学兵器や生物兵器などのNBC兵器によって汚染された地域の偵察および除染を行う部隊であり、新大陸への上陸調査に適していると判断されたのである。
数日の航海を経て新大陸沿岸に到達した〝おおすみ〟と〝いなづま〟。
〝おおすみ〟の艦内後部ウェルドックに搭載された輸送用エアクッション艇(LCAC)が水飛沫を上げ、上陸ポイントである新大陸東部の海岸線に乗り上げる。
外地調査隊第一次要員、上陸―――。
政府はこの東部一帯の無人地帯を東岸地域、上陸ポイントをポイントαと呼称した。東岸地域は西に赤茶けた荒野、東と北に海、南に熱帯雨林と、周囲4方を囲まれた南北600㎞東西300㎞ほどの平野だ。平野には森や林が点在している。
第一次要員に与えられた任務は新大陸の植生・地質・気候の調査及びサンプルの収集であり、調査隊の持ち帰るサンプルを分析して得られた情報をもとに今後の活動方針が決定される算段であった。
結果―――新大陸、少なくともポイントα周辺に人類の脅威となる細菌・ウイルスは存在しない。
政府は全国の大学・研究機関の報告を基にそう結論付けると、本格的な新大陸・東岸地域の調査と開拓に乗り出した。
自衛隊P‐3Cが一月前に発見した異世界人の港町や村は、調査隊が上陸したポイントαから陸路で北西に1000㎞ほどのところにある。本当であれば接触したいところだが、今は言語の解読の進行を待つ他ない。
政府としては言語の解読と並行して無人地帯である東岸地域の調査・開発を進め、ゆくゆくは国際法にのっとってこの土地を日本の領土として利用したい。と、そう考えていた。
半月後、
外地派遣部隊第二次要員、上陸―――。
彼らはポイントαからほど近い丘(後に希望ヶ丘と命名)に実質的な自衛隊基地〝東岸拠点〟を短期間で建設。また、ポイントα近くの湾内に海上自衛隊の港作りも開始した。
これら東岸拠点は、陸・海・空自衛隊の共同基地であり、政府の活動拠点でもある。
一方、臨時政府下に置かれたアメリカ軍も、外地派遣部隊第二次要員の派遣に合わせ新大陸に上陸した。
アメリカ軍の外地派兵部隊は自衛隊の東岸拠点に隣接するエリアに東岸基地を設立。
日米両政府は、自衛隊とアメリカ軍の調整を行うべく、防衛省のある市ヶ谷と、現地である東岸拠点にそれぞれ調整所を設置した。
♢
【日本国/東京都千代田区永田町/首相官邸/廊下/某日】
「それで第一次要員のメンバーは?」
この国の首相、藤原三郎はそう問いながらも足を止めない。彼には立ち止まる時間すら惜しいと思えるほどに、やらねばならない仕事が詰まっていた。
「国立感染症研究所を中心に全国数か所の施設に隔離しています」
藤原について歩く政務担当秘書官の佐々木重行は、そんな藤原の対応に不満を見せずに淡々と述べる。もっとも藤原のスケジュール調整を行っているのも彼なのだから文句を言うはずもないが。
「そうか……彼らには悪いな」
「それは仕方ないかと。現時点で新種のウイルスが確認されなかっただけの可能性もありますから。少なくとも数ヶ月は隔離が妥当です」
新大陸・ポイントα周辺で地球人類にとって未知のウイルスや細菌は確認されなかった。それは実に驚くべきことである。
それなら万々歳じゃないか……とはいかず。より精密に、念入りに調査する必要性を研究者は訴えたのである。万が一でもパンデミックが起こっては困るためだ。
だが、政府はここに来るまでに二月半以上の時間を浪費している。国内の食糧事情、資源事情等を鑑みればこれ以上もたもたしてもいられなかった。
そこで藤原は苦悩した末、科学的調査と並行して第二次要員を新大陸へ送ることを決定した。それは第二次要員にとって完全に安全な旅路とは言えない。藤原にとっても苦渋の決断であった。
藤原はすまないと心の中で自衛官に謝り、「ところで」と話を切り替える。
「米軍との調整はうまくいっているのか?」
「現状ではうまくいっているものと思います。しかし二月半も座していた米軍がここに来て介入してくるとは……」
佐々木はそう言って、第二次要員の上陸に合わせて派兵したアメリカ臨時政府の動きを訝しむ。
「要するに新大陸の安全確認を日本に押し付けたんだろう?それで安全だと分かるや否や、利権を得ようと出張ってきた」
「……でしょうね。まぁ、我々が動くまで静かにしていたときは不気味でしたけど」
♢
【日本国/東京都港区赤坂/アメリカ合衆国臨時政府庁舎(旧大使館)/某日】
「それで?最初に上陸した日本の部隊は?」
「CIAの報告によると日本国内の研究施設に隔離されているとか」
臨時大統領の肩書を得た元・駐日大使、キャサリン・コナーの問いに、補佐官となったマイク・ジョブスは報告書片手にそう返答した。
「隔離?新大陸は安全だったんじゃなかったの?だから軍を上陸させたのだけれど……」
「おそらく安全というのは暫定的に、ということでしょう。今の日本に悠長に詳細な研究をしている余裕はありませんよ。もちろん我々にも」
「まぁ……それも、そうね」
コナーはそう言って天井を仰ぎ見て、軍の新大陸派兵までの経緯を思い出す。
日本列島が異世界に転移した。そのときには既に、新大陸上陸を求める声が大使館だけでなく、軍の中からも上がっていた。
しかし米軍は結果的に一度も単独で上陸したことはない。
それは〝新大陸の安全性が不確定〟〝政治的意思の不在〟〝指揮系統の混乱〟〝戦力温存の必要性〟〝メリットの不足〟という五つの理由があった。
一、〝新大陸の安全性が不確定〟。既出の通りアメリカは新大陸の安全性が証明されない中での軍上陸を避けた。異世界人を検査した限りでは脅威となるウイルスなどは見つからなかったが、他の動植物に関しては確認できていない。また、地質・気候などに有毒性があることも考えられていた。
二、〝政治的意思の不在〟。これはまさにアメリカ政府の不在である。米軍はもちろん関東軍ではないから文民統制の原則に縛られる。
三、〝指揮系統の混乱〟。これは、日本列島とともに転移した米軍の指揮系統がばらばらであったことが関係している。在日米軍はアジア太平洋軍の下で行動することが前提で、在日米軍司令官は作戦指揮権を持っていなかった。
四、〝戦力温存の必要性〟。これは、そのままの意味だが、日本政府に対する外交的カードの意味合いもあった。
五、〝メリットの不足〟。「先んずれば人を制し、遅るればすなわち人に制せらる」とは言うものの、今回ばかりは急いだとしても、研究施設・専門業者の不在などで情報収集や資源開発が米軍単独では困難だった。
つまり五つの理由が複雑に絡み合った結果、米軍はこれまで上陸をしてこなかったのである。
だが、臨時政府の樹立と日本の自衛隊派遣。これによってようやく米軍も活動が可能となった。この機会を逃せば、アメリカは新大陸利権の大半を失うことになっただろう。
コナーはそこで思考を止め、補佐官に向き直る。そして一言。
「そう言えば、例の件。既に状況は整ったんじゃない?進捗は?」
ジョブスはコナーの言う例の件が意味するところに、すぐに気が付いた。ジョブスも補佐官としての役割に徐々に慣れてきているのだろう。
「新大陸の安全が暫定的にでも分かったことで、状況がクリアになりました。既に軍は準備を整えているかと」
ジョブスの言葉にコナーは満足そうに頷く。
「そう。兎に角、報告をありがとう」
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