契約の森 精霊の瞳を持つ者

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 森との繋がりを絶ったウッドエルフ達でも、王家の存在は知っていた。

 いつの間にかエルフ達が勝手に決めた王は、森の全てがエルフのものだと決めていた。それは、シルフの山も例外ではない。初代の王やエルフ達が山を登ってくることはなかった。それは、シルフが許さないからだった。

 けれど、精霊の瞳を持つ新しい王は、シルフの山に登ることを許された。そしてウッドエルフの前に現れた。精霊の瞳を持つ者同士が出会うことは、他のウッドエルフ達にとってはどこか恐ろしくもあった。

 王は言った。

「あなた達の住処はここじゃない。本当の居場所に、必ず戻そう」

 ウッドエルフの長は、それを鼻で笑う。

「仮宿だとしても、私たちには今はここが故郷だ。追い出したいのかもしれんが」

 王はその言葉を最後まで聞かなかった。背を向けシルフへと向かいながら、ぼそりと呟く。

「忘れているかもしれないが、あなた達には使命がある」

 その言葉の意味を、ウッドエルフが知ることはなかった。




 長い年月が過ぎ、精霊の瞳を持つ王が死んだあとも、王家は変わらずに存続し続けた。けれど、その後の王たちの中に精霊の瞳を持つものはいなかった。

 時代がどんなに変わっても、王家は精霊と契約を交わすために、シルフの山に登った。シルフの山に登れるのは、ウッドエルフと王家の者のみだ。それにはエントも同行する。

 王家の中で特殊な者が生まれ、時の王は精霊との契約を王子に継がせた。その王子は存在すら公表されず、その姿を見たもの達にも口外することを禁じていた。

 幼い王子はシルフの山へはじめて来ると、ウッドエルフを見てすぐ、エントに耳打ちをした。エントは困惑しながらも、さも自分が考えついたことのように話をはじめた。

 それは、交換条件だった。戦闘に長けた種族を護衛団として城に招きたい。その代わり、生活物資を王家が用意し、運ばせる。

 ウッドエルフは岩山で生活しながらも、食料は森へ降りなければならない。その都度、待ち受けている者達と戦闘を繰り返す。その度に強くなっていたものの、争いごとを好む種族ではない。守るための技術として培った力だった。

 エントの説得もあり、遠ざけた森へと帰ることになる。エントとウッドエルフには強い絆がある。森から離れながらも、森で今何が起こっているのか、エントがいなければ、知ることもできなかった。

 ウッドエルフよりもさらに長く生きるエントは、王家の存在よりも、はるかに大きなものだった。そのエントが言うのだから。と、ウッドエルフが大きな決断をした要因は、それだけだった。

 ウッドエルフは護衛団として、王ではなく、王子の護衛に配属された。それは、王でさえもウッドエルフに偏見を持っていた象徴だった。護衛団として最高地位の実力を持ちながら、彼らが認められることはなかった。

 味方でいる間はいい。いつ敵になるか分からない。ウッドエルフは森に恨みを持っていると囁かれ、偏見や差別は、森に戻ってきても拭われなかった。

 その中でも、王子だけはウッドエルフへの偏見がなかった。まるで友人のように彼らに接し、生活物資を届ける役割も、ウッドエルフの護衛団に命じた。

 護衛団に入ることは、王家の城内での生活しか許されないため、遠く離れた故郷に帰ることは難しい。シルフの山にはウッドエルフしか登れないことを理由に、その役割を任命する。

 森から遠く離れた山の上に住む民も、森の住人であることに違いはないと、王子はことあるごとにエントに言っていた。しかし、王子は戦闘技術を学びたいだけなのだと、エントは最初から分かっていたようだ。

 時が経ち、成長した王子は新人のウッドエルフに得意げに戦い方を指導するようになる。そのウッドエルフとは、ライルとウィルだ。

 現在、闇の者に怯える森の暮らしでは、ウッドエルフの偏見も差別もほとんど見られない。むしろ、ウッドエルフに頼る生活へと変わっている。

 ウッドエルフ達も、エルフに対しての嫌悪感もない。気がかりは、王子と、シルフのこと、それにエントの安否だ。彼らには、いまだに森は暗く重たく閉ざされている。

 新たな風が森へとやってきた今、彼らはやっと目覚めるはずだ。

 彼らの風は、はるか上空で身を潜めている。

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