契約の森 精霊の瞳を持つ者
14
「イズナ、あの、じつは謝らないといけないことがあって」
今話さなければ、もう二度と言い出せなくなってしまう。タカオはそんな気がしていた。イズナは何も言わずに、タカオの次の言葉を待った。
「これ、白い狐から渡すように頼まれたんだ。戻ってきてほしいって言ってた」
タカオは、白狐から預かった木の箱をコートのポケットから出した。タカオは歩きだすと、イズナにその箱を渡す。イズナは渡された箱をじっとみつめていた。
「白い狐……」
イズナはそう呟いて、箱を開けようとした。
「でも、ごめん!その、中身をなくしたみたいで……」
タカオはイズナを見ることができずにうつむいてそう言った。イズナは静かに箱を開けた。タカオの言うとおり、中には何も入っていなかった。イズナは蓋を戻すと、少し考えてから、タカオに聞く。
「箱はこの状態でもらったの?」
「紐で開かないようになってたはずだけど、その紐もなくなってたんだ。きっと箱の中身はレッドキャップの襲撃の時か、片付けの途中でどこかにまぎれたんだと思う。もし何が入ってたのか分かれば、ウェンディーネの瞳で探せるかもしれない」
タカオはなんとか、この木の箱の中身をイズナに戻したかった。白狐もまさか、荷物をなくされるとは思っていなかっただろう。けれど、イズナは箱の中身のことを気にしてはいなかった。
「きっと最初から何も入ってなかった。気にすることない」
そう言って、木の箱をタカオに渡す。思わず受け取ってしまったけれど、タカオは困惑していた。
「え?!でも」
イズナはユミルの家に向かうためにタカオに背を向ける。タカオは思わず、言葉がこぼれていた。どう切り出すべきか、分からずにいたこと。
「ミサキ神」
その言葉にイズナは足を止めた。
「白い狐は、ミサキ神に渡してほしいって言ってたんだ。イズナがその、ミサキ神なのか?」
イズナは振り返りもせず、まっすぐ前を向いたまま答えた。
「……人違いだよ。もし神なら、今こんなところにいるはずない」
たしかにそうだと、タカオは思った。けれど、タカオには、白狐の探している神はイズナ以外には考えられなかった。
「でも」
タカオが言い出そうとすると、イズナはやっと振り返った。
「アレルさんと同じで、からかったんじゃない?こんな馬鹿げた話はしたくない。もう戻ろう。ジェフとシアが騒ぎだす」
イズナはそう言うとさっさと歩きだした。タカオはイズナから受け取った木の箱を握りしめたまま、それ以上は何も言えなかった。
ーー人違いだとは思えない。白狐は一体、何を渡したかったんだろう。
イズナに気にするなと言われても、人違いだと言われようとも、タカオはやはり大切なものをなくしてしまったという思いは変わらなかった。
そしてふと、イズナの「アレルさんと同じで、からかったんじゃない?」という言葉を思いだして、はっとする。
「この気味の悪い鍵って、からかわれてるだけなのか?」
タカオは再び、背後の音や、灯りの届かない闇に恐怖しはじめていたせいで、イズナが呟いたことは聞こえもしなかった。
「気にしなくていい。なくした物は、いつかこの手に戻る」
イズナの呟いた言葉は、タカオの怯える悲鳴にかき消されてしまった。イズナは振り返ると、「置いてくよ」冷静にそう言ってタカオを急かした。
タカオとイズナの気配が遠ざかると、先程タカオが怯えた、水から出てきた何かが動き出した。それはカエルではなく、黒いトカゲのような姿をしていた。それは素早くコダの荷物に紛れた。それを目撃したのは、コダの馬だけだった。
今話さなければ、もう二度と言い出せなくなってしまう。タカオはそんな気がしていた。イズナは何も言わずに、タカオの次の言葉を待った。
「これ、白い狐から渡すように頼まれたんだ。戻ってきてほしいって言ってた」
タカオは、白狐から預かった木の箱をコートのポケットから出した。タカオは歩きだすと、イズナにその箱を渡す。イズナは渡された箱をじっとみつめていた。
「白い狐……」
イズナはそう呟いて、箱を開けようとした。
「でも、ごめん!その、中身をなくしたみたいで……」
タカオはイズナを見ることができずにうつむいてそう言った。イズナは静かに箱を開けた。タカオの言うとおり、中には何も入っていなかった。イズナは蓋を戻すと、少し考えてから、タカオに聞く。
「箱はこの状態でもらったの?」
「紐で開かないようになってたはずだけど、その紐もなくなってたんだ。きっと箱の中身はレッドキャップの襲撃の時か、片付けの途中でどこかにまぎれたんだと思う。もし何が入ってたのか分かれば、ウェンディーネの瞳で探せるかもしれない」
タカオはなんとか、この木の箱の中身をイズナに戻したかった。白狐もまさか、荷物をなくされるとは思っていなかっただろう。けれど、イズナは箱の中身のことを気にしてはいなかった。
「きっと最初から何も入ってなかった。気にすることない」
そう言って、木の箱をタカオに渡す。思わず受け取ってしまったけれど、タカオは困惑していた。
「え?!でも」
イズナはユミルの家に向かうためにタカオに背を向ける。タカオは思わず、言葉がこぼれていた。どう切り出すべきか、分からずにいたこと。
「ミサキ神」
その言葉にイズナは足を止めた。
「白い狐は、ミサキ神に渡してほしいって言ってたんだ。イズナがその、ミサキ神なのか?」
イズナは振り返りもせず、まっすぐ前を向いたまま答えた。
「……人違いだよ。もし神なら、今こんなところにいるはずない」
たしかにそうだと、タカオは思った。けれど、タカオには、白狐の探している神はイズナ以外には考えられなかった。
「でも」
タカオが言い出そうとすると、イズナはやっと振り返った。
「アレルさんと同じで、からかったんじゃない?こんな馬鹿げた話はしたくない。もう戻ろう。ジェフとシアが騒ぎだす」
イズナはそう言うとさっさと歩きだした。タカオはイズナから受け取った木の箱を握りしめたまま、それ以上は何も言えなかった。
ーー人違いだとは思えない。白狐は一体、何を渡したかったんだろう。
イズナに気にするなと言われても、人違いだと言われようとも、タカオはやはり大切なものをなくしてしまったという思いは変わらなかった。
そしてふと、イズナの「アレルさんと同じで、からかったんじゃない?」という言葉を思いだして、はっとする。
「この気味の悪い鍵って、からかわれてるだけなのか?」
タカオは再び、背後の音や、灯りの届かない闇に恐怖しはじめていたせいで、イズナが呟いたことは聞こえもしなかった。
「気にしなくていい。なくした物は、いつかこの手に戻る」
イズナの呟いた言葉は、タカオの怯える悲鳴にかき消されてしまった。イズナは振り返ると、「置いてくよ」冷静にそう言ってタカオを急かした。
タカオとイズナの気配が遠ざかると、先程タカオが怯えた、水から出てきた何かが動き出した。それはカエルではなく、黒いトカゲのような姿をしていた。それは素早くコダの荷物に紛れた。それを目撃したのは、コダの馬だけだった。
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