契約の森 精霊の瞳を持つ者
5,
ウェンディーネの湖の辺りは、透明な水の壁で覆われていた。一見すると壁のようには見えない。薄く、均等に地面から空へと向かい、頭上を通って、また地面へ降りてくる。
タカオはズボンの裾を膝までたくしあげて、水際に腰掛けている。足は湖に入れ、上半身はばたりと草の上に倒れて、空を見つめた。正確には空を流れる水を見ていた。
「誤解されてます」
急にシアンの声が聞こえると、タカオはぎくりとする。次の瞬間には、頭上を流れていた水の流れは途切れ、ざあっと、とおり雨のように辺りに降り注いだ。
シアンもタカオも逃げ切れず、そのまま水をかぶってしまった。
「せっかくいい感じで作ったのに」
タカオはまだ湖に足を入れたまま転がりながら笑う。
「まだまだですね」
シアンもかぶった水を吹き飛ばすように頭を振る。その仕草にタカオは身構えるけれど、シアンから風は生まれなかった。この数日ですっかりと力の使い方を分かってきたようだ。
「シアンはすごいな」
タカオはそう言って、羨ましそうにため息をついた。タカオも力を使えるようにと努力してみたけれど、出来ることは透明な水の壁を作ることくらいだった。
サーカス墓場の時のようには自由に使えなくなってしまい、自分の出来の悪さに焦り、落胆する。
ーーあの時はどうやってたんだっけ?
同じようにやっているつもりでも、同じようにはできない。その変わりに、力を使う瞬間を意識することが出来た。頭の中のイメージでしかないけれど、ウェンディーネを探し出し、その手を掴むような感覚だ。
左目の視界はより鮮明になる。集中すれば、この辺りの出来事ならウェンディーネの瞳で見ることも、聞くこともできる。
「誤解って、さっきのグリフとコダが話してたこと?」
タカオは顔だけを動かしてシアンを見る。
シアンは上着を脱ぎ、木にかけているところだ。シアンも風を使い、辺りの様子を知ることができる。タカオとは違って、精霊の瞳を通しているわけではないようだった。
「ええ。村の誰もが疑問に思っていることです。シアも、タカオさんがふてくされてるんだと、僕に何か聞きたそうでした」
「ふてくされてるって、子供じゃないんだから」
タカオは首を振る。
「ええ、そうですね。けれどみんな、タカオさんが村から距離をとっているのは、別れが辛くなるからだとか、怒っているからだとか、力の使い方を教わるためとか、色々思ってます」
村の出来事まで分かるのかと、タカオは声に出さず驚きの表情で見ていると、シアンは気がついて補足する。
「これはユミルさんから聞いた話です」
それを聞いてタカオは納得して頷く。
「本当の理由を聞いたら、みんな呆れます」
シアンはひどく冷静にそう言う。タカオはそっと目をそらすとどうしたものかと遠くを見つめた。
「イズナさんに渡すはずの荷物を失くしてしまって、合わせる顔がないだなんて。正直にちゃんと話すべきですよ。みんな出発する前に」
ウェンディーネの湖に来た理由をシアンに話してからというもの、シアンからこうやってお説教をされている。
そのたびに今日はイズナに正直に話しに行こうと、空になった箱を手にとるけれど、結局はずるずると日にちだけが過ぎてしまった。
「でも、許してくれるかな。きっと、大切なものだったはずなんだ」
シアンは励ますように、寝転がったままのタカオを起き上がらせる。
「許してくれなくても、そうすべきです。嫌われても、なんでも、誠意を尽くす。今タカオさんにできることはそれだけです。父ならきっとそう言います」
「うう……うん。そうしてみるよ」
まるでライルから直接言われているような気になり、タカオはやっとそう返事をした。
シアンはほっとした顔をして、話を続ける。
「タカオさん、言ってたじゃないですか」
何をだろうと、タカオはシアンに振り返る。
「あの日、森の中で僕を見つけてくれた時、〝みんな待ってる。勝手に決めつけずに向き合ってみろ〟って」
ああ、と、タカオは思いだしていた。サーカス墓場の帰り道、遠くですすり泣きのような音を辿り、シアンを見つけたことを。
シアンは真っ暗な森の中で膝を抱えて震えていた。顔を上げれば、黄金の瞳が輝き、暗い森に光が生まれた。あの時、タカオは心底ほっとした。
シアンは、忌み嫌われた精霊の瞳を宿して、村に帰ることなんてできず、途方に暮れていたのだ。無理矢理でも連れ戻してくれたことを感謝していた。
「みんな、待ってますよ」
シアンはタカオにそう言って、優しく笑った。そして、また力を使いこなすための特訓をはじめる。
辺りは、太陽の柔らかい光にあふれて、水の粒があちこちで輝いていた。
タカオはズボンの裾を膝までたくしあげて、水際に腰掛けている。足は湖に入れ、上半身はばたりと草の上に倒れて、空を見つめた。正確には空を流れる水を見ていた。
「誤解されてます」
急にシアンの声が聞こえると、タカオはぎくりとする。次の瞬間には、頭上を流れていた水の流れは途切れ、ざあっと、とおり雨のように辺りに降り注いだ。
シアンもタカオも逃げ切れず、そのまま水をかぶってしまった。
「せっかくいい感じで作ったのに」
タカオはまだ湖に足を入れたまま転がりながら笑う。
「まだまだですね」
シアンもかぶった水を吹き飛ばすように頭を振る。その仕草にタカオは身構えるけれど、シアンから風は生まれなかった。この数日ですっかりと力の使い方を分かってきたようだ。
「シアンはすごいな」
タカオはそう言って、羨ましそうにため息をついた。タカオも力を使えるようにと努力してみたけれど、出来ることは透明な水の壁を作ることくらいだった。
サーカス墓場の時のようには自由に使えなくなってしまい、自分の出来の悪さに焦り、落胆する。
ーーあの時はどうやってたんだっけ?
同じようにやっているつもりでも、同じようにはできない。その変わりに、力を使う瞬間を意識することが出来た。頭の中のイメージでしかないけれど、ウェンディーネを探し出し、その手を掴むような感覚だ。
左目の視界はより鮮明になる。集中すれば、この辺りの出来事ならウェンディーネの瞳で見ることも、聞くこともできる。
「誤解って、さっきのグリフとコダが話してたこと?」
タカオは顔だけを動かしてシアンを見る。
シアンは上着を脱ぎ、木にかけているところだ。シアンも風を使い、辺りの様子を知ることができる。タカオとは違って、精霊の瞳を通しているわけではないようだった。
「ええ。村の誰もが疑問に思っていることです。シアも、タカオさんがふてくされてるんだと、僕に何か聞きたそうでした」
「ふてくされてるって、子供じゃないんだから」
タカオは首を振る。
「ええ、そうですね。けれどみんな、タカオさんが村から距離をとっているのは、別れが辛くなるからだとか、怒っているからだとか、力の使い方を教わるためとか、色々思ってます」
村の出来事まで分かるのかと、タカオは声に出さず驚きの表情で見ていると、シアンは気がついて補足する。
「これはユミルさんから聞いた話です」
それを聞いてタカオは納得して頷く。
「本当の理由を聞いたら、みんな呆れます」
シアンはひどく冷静にそう言う。タカオはそっと目をそらすとどうしたものかと遠くを見つめた。
「イズナさんに渡すはずの荷物を失くしてしまって、合わせる顔がないだなんて。正直にちゃんと話すべきですよ。みんな出発する前に」
ウェンディーネの湖に来た理由をシアンに話してからというもの、シアンからこうやってお説教をされている。
そのたびに今日はイズナに正直に話しに行こうと、空になった箱を手にとるけれど、結局はずるずると日にちだけが過ぎてしまった。
「でも、許してくれるかな。きっと、大切なものだったはずなんだ」
シアンは励ますように、寝転がったままのタカオを起き上がらせる。
「許してくれなくても、そうすべきです。嫌われても、なんでも、誠意を尽くす。今タカオさんにできることはそれだけです。父ならきっとそう言います」
「うう……うん。そうしてみるよ」
まるでライルから直接言われているような気になり、タカオはやっとそう返事をした。
シアンはほっとした顔をして、話を続ける。
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