契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

36,

「シアが、どうして風を……」


 シアが屋根の上にふわりと降り立つと、ライルがそう呟きながらタカオ達をすり抜けて行く。


 シアは得気になって風を操るけれど、近づいてきたライルは少しも嬉しそうではなかった。


「すごいでしょ!」


 ライルの様子が何かおかしいと思いながらも、この力を使いこなせていることを褒めてほしくてそう言う。


 コダは身動きを取らずに目を凝らした。


「何がどうなってるんだ。シアは精霊の瞳もないのに……あ、もしかしてあれか?」


 そして何か思い出したように、空を見上げた。グリフはコダの言っていることが分かっているようだった。


「あれでこんな力を使えるものなのか」


 ルースはその2人の間で、わけが分からず顔をしかめながらその会話を止める。


「あれって何?……あ、もしかして、あれのこと?」


 ルースがそう聞いている間に、はしごから男が現れ、そこから大声を出した。


「ルース!無事かぁああ!」


 タカオは大きな声にびくりとして、はしごを見る。真っ黒な髪とヒゲを伸ばした、まるでライオンのような男がいた。


「父ちゃん」


 ルースは身構えたようにはっとする。タカオはサーカス墓場の地下にいた時、ルースが父親の話をしていたことを思いだす。あの時は、仲が良さそうな印象だった。けれど、今のルースは違うようだった。


 ルースは何も言わずにコダの影に隠れる。コダは父親とルースを交互に見ると、思いついたことを口にする。


「ウィル、もしかしてルースに何かしたのか?」


 遠慮のないコダの言葉がルースの父親に向かう。コダにしては、遠慮して言葉を濁している。


 ウィルは屋根に上がると、コダに近づく。目は鋭く、今にも噛みちぎろうとするのを抑えているように鼻息は荒い。ウィルはルースを力強く掴みながら、顔はコダに近づける。今にも唾が飛んできそうだ。


「こいつは、ウッドエルフとしての自覚が無さ過ぎるんだ。まぁ、お前には到底、関係のない話だ」


 ルースは父親の手を力任せに振り払う。コダは嫌そうな顔をして、ライルに怒鳴る。


「おい!ライル!どうにかしろよ!なんでこいつ切れてんだよ」


 ウィルはコダをさらに睨むと、ライルの元へ行く。ライルはウィルを落ち着かせるほどの余裕はなかった。


「何か大変なことがあったのかもしれないが、こっちもわけが分からないんだ」


 それでもウィルはライルの横に立つ。


「ああ、向こうで見てた。問題続きだな。どうなってんだ」


 ウィルはため息をつき、頭を掻きむしる。その後ろで、ルースを守ろうとタカオが駆け寄り、コダが小声で説明している。


「ウィルは理由もなく、子供を殴ったりしない。まぁ、切れるとまるで別人だけどな。息くせーのにぎりぎりまで寄ってきたら、もう手もつけられないくらいブチ切れてるから気を付けろ」


 それにはルースも微かに頷く。コダはルースの肩を掴むと、静かに聞いた。


「あいつがあんな風になるのを、最後に見たのはガキの頃だ。それとも、最近じゃずっとああなのか?」


 ルースはウィルを見つめて首を振った。


「俺も最後に見たのは、ずっと昔だよ。今あんなに怒ってるのは、俺が本当のことを言わないからだ」


 コダは何をしたのか聞こうと口を開く。けれどその前にルースがコダを見上げて言った。


「父ちゃんの言ってることは正しい。俺にはウッドエルフの自覚がないのかも。それでも、これでよかったんだ」


 恐怖と困惑を抱えながらも、ルースの瞳は輝いている。


「今日のシアを見て、やっぱりそう思う」









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