契約の森 精霊の瞳を持つ者
28.
その足には見覚えがある。タカオがそう思うのと同時に、トッシュが屋根の上に声をかけた。
「盗み聞きをしようとして足を滑らせたみたいだが、私は反対側の屋根の修理を頼んだはずだがな」
トッシュは落ちた屋根の一部を拾い、見上げる。タカオも同じように眩しさに顔をしかめて見上げた。逆光で真っ黒になった頭が出てくると、コダの声が降ってくる。
「悪い悪い。こっち側の屋根も修理の必要がないか見に来ただけだ」
そう言うと、さっと頭を引っ込めて、もう向こうの屋根へと移動している。その音を聞きながらタカオは顔を戻す。
「トッシュさんのほかに、コダも手伝ってたんですね」
「あと、グリフとイズナも。まぁ元々はグリフが言い出したことだ」
トッシュは屋根の一部をタカオに渡すと、くるりと背を向けてまた橋へと向かっていく。
「1人呼び忘れたよ。あの人を呼びに行く途中だったんだ。悪いがグレイスを手伝ってやってくれ。こっち側の屋根の修理も必要になったみたいだから」
最後は強調するようにゆっくりとそう言うと、橋を渡って行ってしまった。タカオは沢山の荷物と屋根の一部を持ったまま、取り残されてしまった。
屋根の上からはなんの音も聞こえない。家に入ろうと足元を見れば、このあたりの血は、もう拭き取られていた。彼らがいつもの生活に戻れるよう、少しでも力になりたい。タカオはそう思いながら扉を開ける。
家の中は、沢山の写真のガラスの破片や泥、壊れた家具が辺りに散乱していた。壁もまだレッドキャップの爪跡が残ったままだ。その中に、箒を持ったグリフとイズナがいた。
「あ」
まさか扉を開けてすぐに出くわすとは思っていなかったタカオは、思わずそう言って、目をそらす。先ほどまではコダとグリフを説得しようと思っていたものの、今ではその勢いはすっかりとなくなってしまった。グリフも目を合わそうとはしなかった。
「コダを手伝うように言われて」
聞かれてもいないのに、タカオは慌ててそう話す。イズナは視線だけをタカオに投げて、興味がなさそうに適当に相槌を打つと掃除に戻る。
いつまでもここにいるわけもいかず、タカオは廊下を進む。グリフはボロボロになった壁紙を剥がしているところだ。タカオはグリフを通り過ぎてから、ためらうように足を止めて、グリフの後ろに戻る。
「グリフ、あのさ、旅のことだけど、このまま帰るつもりはないんだ。やらなきゃいけないことが残ってる」
それでもグリフは何も言わず、作業を続ける。
「だから、一緒に連れて行ってくれないか?迷惑はかけない……ように努力する」
グリフは最後の壁紙を剥がし終えて、壁を見たまま冷たく言う。
「グレイスを手伝いに来たんなら、屋根裏に行け」
タカオの真剣な眼差しは暗く沈んでいくように光を失った。それでも話しかけ続けた。
「まだ何も解決してないんだ。シルフのこともノームのことも、こんな中途半端な状態では戻れない」
そう言うのが精一杯だったけれど、それでもグリフは何も言わない。タカオは次第に混乱してしまった。
ーー話し合うことすらしないつもりか。
そう思うと頭に血がのぼる。
「何も話すつもりがないなら、この話はもう終わりにする。……みんなの王子なら、こんな時はもっとマシな説得をするんだろうな」
タカオはそう言い捨てると、廊下の隙間にある階段に勢いよく向かい、屋根裏を目指す。
タカオの足音が階段を登り、屋根裏へと進んでいく。先ほどまで作業をしていたグリフの手は止まり、今はただ、爪痕の残った壁を見つめている。
「本当は怖いって、そう言えばいいのに」
イズナの声が、荒れた廊下にぽつりと落ちた。
「盗み聞きをしようとして足を滑らせたみたいだが、私は反対側の屋根の修理を頼んだはずだがな」
トッシュは落ちた屋根の一部を拾い、見上げる。タカオも同じように眩しさに顔をしかめて見上げた。逆光で真っ黒になった頭が出てくると、コダの声が降ってくる。
「悪い悪い。こっち側の屋根も修理の必要がないか見に来ただけだ」
そう言うと、さっと頭を引っ込めて、もう向こうの屋根へと移動している。その音を聞きながらタカオは顔を戻す。
「トッシュさんのほかに、コダも手伝ってたんですね」
「あと、グリフとイズナも。まぁ元々はグリフが言い出したことだ」
トッシュは屋根の一部をタカオに渡すと、くるりと背を向けてまた橋へと向かっていく。
「1人呼び忘れたよ。あの人を呼びに行く途中だったんだ。悪いがグレイスを手伝ってやってくれ。こっち側の屋根の修理も必要になったみたいだから」
最後は強調するようにゆっくりとそう言うと、橋を渡って行ってしまった。タカオは沢山の荷物と屋根の一部を持ったまま、取り残されてしまった。
屋根の上からはなんの音も聞こえない。家に入ろうと足元を見れば、このあたりの血は、もう拭き取られていた。彼らがいつもの生活に戻れるよう、少しでも力になりたい。タカオはそう思いながら扉を開ける。
家の中は、沢山の写真のガラスの破片や泥、壊れた家具が辺りに散乱していた。壁もまだレッドキャップの爪跡が残ったままだ。その中に、箒を持ったグリフとイズナがいた。
「あ」
まさか扉を開けてすぐに出くわすとは思っていなかったタカオは、思わずそう言って、目をそらす。先ほどまではコダとグリフを説得しようと思っていたものの、今ではその勢いはすっかりとなくなってしまった。グリフも目を合わそうとはしなかった。
「コダを手伝うように言われて」
聞かれてもいないのに、タカオは慌ててそう話す。イズナは視線だけをタカオに投げて、興味がなさそうに適当に相槌を打つと掃除に戻る。
いつまでもここにいるわけもいかず、タカオは廊下を進む。グリフはボロボロになった壁紙を剥がしているところだ。タカオはグリフを通り過ぎてから、ためらうように足を止めて、グリフの後ろに戻る。
「グリフ、あのさ、旅のことだけど、このまま帰るつもりはないんだ。やらなきゃいけないことが残ってる」
それでもグリフは何も言わず、作業を続ける。
「だから、一緒に連れて行ってくれないか?迷惑はかけない……ように努力する」
グリフは最後の壁紙を剥がし終えて、壁を見たまま冷たく言う。
「グレイスを手伝いに来たんなら、屋根裏に行け」
タカオの真剣な眼差しは暗く沈んでいくように光を失った。それでも話しかけ続けた。
「まだ何も解決してないんだ。シルフのこともノームのことも、こんな中途半端な状態では戻れない」
そう言うのが精一杯だったけれど、それでもグリフは何も言わない。タカオは次第に混乱してしまった。
ーー話し合うことすらしないつもりか。
そう思うと頭に血がのぼる。
「何も話すつもりがないなら、この話はもう終わりにする。……みんなの王子なら、こんな時はもっとマシな説得をするんだろうな」
タカオはそう言い捨てると、廊下の隙間にある階段に勢いよく向かい、屋根裏を目指す。
タカオの足音が階段を登り、屋根裏へと進んでいく。先ほどまで作業をしていたグリフの手は止まり、今はただ、爪痕の残った壁を見つめている。
「本当は怖いって、そう言えばいいのに」
イズナの声が、荒れた廊下にぽつりと落ちた。
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