契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

27.

 慌ててユミルの家からでると、村のお祭りは先ほどよりも賑やかになっていた。音楽と笑い声が村中から聞こえる。


ーー王子と似たようなことは避けないと。


 先ほどレノに言われたことが、タカオの中では引っかかっていた。サーカス墓場で、王子だったらよかったと聞いてから、その王子の存在は遠ざけたいことだった。


 どんなにひっくり返っても、自分は王子ではない。似ているだけで、彼らの期待には少しも応えられない。森を救うことも、王子として振る舞うこともできるはずがないのだから。


 けれど心の端の方では、どこか特別な存在であることが嬉しくもあった。それが、グリフを苦しめていたことも、弱みになっていることも、気が付いていた。タカオはそんな考えから離れたくて、歩き出す。


「とにかく、コダとグリフを探さなきゃ」


 1人でそう呟いてみたものの、2人がこの村の中で行きそうな場所について、全く検討がつかなかった。足は馬小屋に向かっていたけれど、そこにいるとは思えない。


 すると、後ろから力強く肩を掴まれた。振り返ればトッシュが沢山の荷物を持って、にっかりと笑っている。


「いいところで会った」


 トッシュはそう言って、持っていた荷物を突然タカオに渡す。


「村を救ってくれた人に、こんなことを頼むのはどうかと思うけど、これ、ライルの家に届けてもらえるか」


 渡された荷物を見れば、工具や木の板、ペンキ、まるで日曜大工だ。タカオは瞬時に、レッドキャップに荒らされたライルの家を思い出した。


「ライルさんの家、修理してるんですね」


「ああ、俺の他にも何人かでな。ライル自身は、他の家の片付けや修繕を優先してるから」


 ほらと、タカオの後ろに視線を投げる。タカオがその方向をみると、ライルが他の家の窓を直しているところだった。ライルの人の良さに、タカオは思わず笑顔になる。


「本当だ。ライルさんて面倒見がいいですよね」


「昔から、ああいう奴でね。今回1番の被害にあったのはあいつだから、みんな心配してるんだ」


 タカオは荷物を持ち直すと、トッシュに歩み寄る。


「何か手伝わせてください」


 その言葉を待ってましたと言わんばかりに、トッシュはタカオの肩を強く掴んで、満面の笑顔になった。ライルといい、トッシュといい、ものすごい力なせいで、タカオの肩は今にも壊れてしまいそうだった。


「トッシュさん、手、手離してください」


 今にも荷物を落としそうになり、タカオは切羽詰まった声を出す。トッシュはやっと手を離した。


「ああ、すまんすまん。……ライルの家まで一緒に行くか」


 タカオの震える腕をみて、トッシュは持たせた荷物を半分持ち、ライルの家に一緒に向かうことにした。


 家から家へは細い橋がかけてあり、水はすぐそこまで迫っている。橋の上から水の中を覗くと、水は透き通り、石畳の地面まではっきりと見えた。小さな魚達まで泳いでいる姿もあった。


「この村って、まるで最初からこうなることが分かっていたみたいですね。ボートとか、橋とか、家は全部石で補強された丘の上にあるし」


 水に浸かった村の中を見渡しながら、タカオはそう考えていたことを口にする。タカオの言うとおり、家々の土台は地面の石畳と同じ石で出来ている。ほとんどの家は土台に草が生い茂り分かりにくいけれど、草が生い茂っていない家をみればそれに気がつく。


「ああ、昔、水の精霊を怒らせた奴がいて、家が流されたらしい。それからは、村の家々はこういう造りなんだって聞いてる。大昔の話だ」


 タカオは橋から落ちてしまわないように注意しながら歩く。


「ウェンディーネを怒らせるなんて、普通の神経じゃ考えられないな」


 タカオはそう言って、想像しただけで背筋が寒くなる。


「ああ、そうか。エルフの種族について知らないのか」


 トッシュは、タカオがこの森に来たばかりだということを思いだす。


「いえ、ちゃんと知ってますよ。エルフの他にもウッドエルフがいるって」


 タカオは最近覚えたばかりのエルフの種族について得意げになって答えた。


「ああ、確かに詳しいようだ。だが、この森のエルフは4種族だということはまだ知らないみたいだな」


 エルフとウッドエルフだけじゃないのかと、タカオは聞き返す。


「4種族ですか。エルフと、ウッドエルフと、あと2つはどんなエルフなんですか」


 タカオはトッシュに追いつこうと早歩きになる。トッシュはゆっくり歩いているように見えるのに、歩幅が広いせいかあっという間に先に行ってしまう。


「ああ、グレイスのようなエルフ、ライル達のようなウッドエルフ、それから、ストレンジに、ダークエルフ。この4種族だ」


 トッシュは振り返ってしばらくタカオが追いつくのを待ってから続けた。


「水の精霊を古い昔に怒らせたのは、ストレンジと呼ばれるエルフだ。普通の神経じゃやらないことをやりたがる、変わり者達。分かりやすく言えば、グレイスを酷くしたみたいな奴らだな」


「コダを酷くした?」


 タカオは可笑しそうに笑う。


「ああ、ストレンジ達は、基本的に自分達の興味のあることにしか取り組まない。その興味のためなら、どんな犠牲も払う。たとえ自分が死にかけてでも」


 どんな犠牲も払う。その言葉にタカオはぞくりとする。犠牲を払ってまで、彼らがやりたいこととはなんだろうと、思わず考えてしまう。


「すごい人達ですね」


「昔から伝わっている話だが、ストレンジ達はその好奇心の強さから、他の者達の繋がりを必要だとは思っていないらしい。家族ですら、彼らには自分とは関係のない存在だって、聞いたことがある。はっきり言って、自分勝手で冷たい奴らだ」


 タカオはその話を聞いて、トッシュがストレンジ達に抱く感情は、感じの良いものではないと知る。


「トッシュさんは、そのストレンジって種族に知り合いでもいるんですか?」


タカオがそう聞くと、トッシュは鼻で笑う。


「ストレンジの知り合いなんていない。会ったこともないはずだ。だが、ストレンジとは昔からそういうものだと決まっているんだ」


 トッシュのその言い分に、タカオは後ろから納得できないような顔で付いていく。


「会って話してみたら、案外違うってことはよくありますよ」


 橋は終わり、もうライルの玄関先に着いていた。やっと水に落ちる恐怖から解放された。トッシュは振り返って首を振る。


「この森の住人でない君には、理解できないことかもしれないな。ストレンジと関わるなんて馬鹿げたことだ」


 トッシュのその決めつけは、長年抱き続けたもので簡単に変えられそうもない。そのうえ、これはトッシュだけが思っていることではないような気もした。


 随分と根深い問題だとタカオが思っていると、何か重たい物が上から落ちてきてトッシュのそばをかすめる。地面には、屋根の一部が転がっていた。落ちてきた先を見上げると、屋根の上でジタバタと這い上がる足が見えた。

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