契約の森 精霊の瞳を持つ者

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26.

 誰もが驚いたまま口もきけず、呆然とグリフの消えた扉を見つめていた。ただ1人を除いて。


 部屋の中が静まり返るなか、コダはむしゃむしゃとパンケーキを食べ、コーヒーを注ぎ直してすする。そして食べ終わったのか、満腹そうに腹をさすると、さっさと立ち上がり、窓から出て行こうとしている。


 ジェフは慌ててコダの足を掴んで止めた。コダはすでに窓の外に体を半分出した中途半端な状態で、危うくどちらかに転んでしまいそうだった。


「待ってよ!タカオを連れて行かないってどういうこと!?なんで!?」


 コダはジェフの手を振り払い、窓の外に出る。


「ジェフ、お前だって分かってるはずだ」


 コダは顔を上げてイズナを見て、それからタカオへと視線を移した。


「帰る方法なら分かってるだろう。ウェンディーネの力が戻るまでここで待てばいい。関係のないことに首を突っ込むのは、もう止めろ」


 コダはそれだけ言うと、どこかへ消えてしまった。


「コダ!タカオはサラとウェンディーネを助けたし、レッドキャップから子供達も救ったのに!タカオがいなきゃ、精霊達との繋がりがなくなっちゃうよ!」


 ジェフの言葉は聞こえたはずだけれど、コダがそれに返事をすることはなかった。


「コダのバカーーーーっ!」


 最後はただの悪口を叫び、大声を出して疲れたのか、ジェフはお祭りへは行かずタカオの隣に座った。


「2人とも、急にどうしちゃったんだろ」


 今にもずり落ちそうに椅子にもたれかかりながらジェフはそう言った。ライルも困ったように考えて、独り言を呟いた。


「グレイスの言うとおり、タカオさんは1度ウェンディーネの力で元の世界へ戻ってる。確かに旅へは行かずに、帰ることもできる」


 ジェフはライルのその独り言に食ってかかった。


「でも、ウェンディーネはノームを救えってタカオに言ったよ!シルフに会えって。そしたら、呪いを解いてくれるって。このまま帰ったら、一生ウェンディーネの片目を付けたままになるんだよ?それか、たぶん殺されちゃう……!」


 ジェフは幼い姿のウェンディーネではなく、最初に会った恐ろしい彼女を思い出して身震いをした。


タカオは笑いながらそれに頷く。


「確かに、それはあり得る」


ジェフはタカオの呑気な受け答えに呆れて、ライルに助けを求めた。


「ライルさんならコダとグリフを説得できるよね?僕の言うことなんか絶対聞きもしないもん」


 ライルは少し考えてから渋い顔をした。


「いや、1度何かを決めると、手がつけられなくて。エントか王子の言うことなら聞くんだけど。あ、そろそろ時間だ」


 ライルはジェフの熱い視線に困ったように早口でそう言うと、呼び止める隙もなく、慌てて出ていった。残されたジェフはがっくりとうなだれた。


「コダとグリフがあんなんじゃ、タカオはここに置いていくしかないかもね」


 ジェフはどうにかあの2人を説得できないかと頭を抱えた。


「まぁ、なんとかなるよ」


まるで他人事のようにタカオはジェフを慰める。ジェフはもう机に突っ伏してばたばたとする。


「当の本人がこれだもん!」


 ジェフをなだめながら、タカオはぼそりと呟いていた。


「それより、もう1度ウェンディーネと話さないと。ノームを救えってどういう意味だったんだろう。シルフと同じように大地の契約が必要だってことなのか」


 ジェフはタカオをまじまじと見つめて、信じられないという顔で怒り出した。


「話聞いてた?旅に行けなかったら、いくらノームの心配したって何もできないんだよ!……もう僕お祭り行ってくるっ!」


 ジェフはお手上げだと言わんばかりに両手を上げて手の平を見せた。そしてコダの消えた窓から、同じように消えていく。軽々と窓枠を飛び越えて、次の瞬間にはもう姿が見えない。


「あたしも」


 イズナもそう言うと、ジェフの後を追うように窓から出て行ってしまった。


 タカオはジェフがそんなに怒る理由が理解できず、窓に顔を向けたまま止まっていた。すると、後ろで話を聞いていたレノが、可笑しそうに笑っている。


「ジェフって、すごく心配屋で、優しい子なのね。私の友達によく似てる。話し方まで同じだから、なんだか懐かしくなっちゃうわ」


 タカオは困ったような顔でレノを見ると、レノは慌てて笑うのを止めた。


「ごめんなさい。緊急事態だったわね。それで、どうするの?グレイスとグリフを説得してみましょうか。……私の言うことを聞くとは思えないけど」


 レノでも2人を説得するのは難しいようだった。ユミルも食器を片付けながらそれに続く。


「私の言うことも聞かない子達ですからね」


 ユミルまで、説得することは無理だと判断している時点で、タカオは2人を説得するのは無理ではないかと考えていた。


 それこそ、エントか王子でないと。けれどその1人は遠い森の家で、もう1人は行方不明だ。


「いえ、説得は自分でしてみます。自力で解決しないと」


 そう聞くと、レノは難しい顔をしてタカオから視線をはずす。自分の手元を見つめて、何かできることはないかと考えている様子だった。


「でも、レノさんにお願いがあって」


タカオは言いづらそうに続けた。レノがさっと顔を上げると、タカオは短く言った。


「………………………。」


 レノはタカオの言うことにすぐに頷く。


「ええ。構わないけど。それって、誰にも言わないつもり?」


「はい。誰にも知られずにお願いできますか?」


「ライルや、子供達にも?」


「心配をかけたくないんです」


 タカオは真剣な顔つきで返事をする。レノはもうタカオを見ずに、これからやるべきことを頭の中で整理していく。今の自分にできることと、できないことを。そして一通り問題がないと分かると、やっと返事をした。


「そう、それじゃあ、ここにユミルさんがいてくれて助かったわ。誰にも言わないから、安心して」


 ユミルも自分の名前がでると、にっこりと笑顔で頷く。


「なんだか昔を思い出すわね」


 そう言うと嬉しそうに片付けを再開した。


「昔にもこんなことがあったんですか?」


 タカオが驚いてそう聞くと、ユミルとレノはにやりとした。


「ええ。昔、タチの悪い王子様がいてね。いつも誰かに秘密を背負わせるの。今日みたいに」


 それが、グリフとコダのいう王子だということは、タカオにもすぐに分かった。タカオは気まずくなって、苦笑いをして席を立つ。


「じゃ、じゃあ、あの2人を説得してみないと」


 そう言って慌てて窓に駆け寄り、思いの外、地面まで高さがあると分かると何事もなかったように引き返し扉から出ていった。






「私何か変なこと言った?」


レノはタカオの不思議な行動に首をひねった。

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