契約の森 精霊の瞳を持つ者

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23.

 タカオは急いで立ち上がる。慌てたせいで手元近くの食器に引っかかり、危うくひっくり返しそうになった。


「その地下通路に、闇の者達がいないって保証はあるのか?」


 タカオはサーカス墓場でのことを思い出していた。子供達が無事だったのは、コダとグリフが地上で暴れてくれていたからだ。


 もしそうでなかったら、確実にあの地下でレッドキャップと鉢合わせになり、戦闘になっただろう。そうなれば、全員無事で帰れたかは分からない。


 森を進んで行けば、何が起こるのか分からない。どれほどの危険があるか分かりもしない地下通路に、幼いジェフや、グリフやイズナを連れていくわけにはいかなかった。


 それはグリフやイズナが、普通とはかけ離れた強さを持っていたとしてもだ。


 コダとグリフは目を合わせると、微かに頷く。コダは声を低くして、ゆっくりと答えた。


「地下通路は、エントの力によって守られているんだ。王都も城もそうだ。闇の者はもちろん、森の者達ですら、中には入れない」


 コダの顔は、タカオが昨日みた彼の顔とは違って見えていた。目は輝きを取り戻し、今ではもっと先を見ようとするように開かれている。


「すごい!エントって本当はすごいんだね!……でも、それじゃあ僕達も入れないよね?」


ジェフの素朴な疑問は、喜びかけたタカオを冷静にさせた。


「まぁ、それはそうなんだが」


 コダは言葉を濁らすと頭をかく。それからグリフに視線をやると、同じように言葉を濁らせた。


「ああ、行ってみないことにはな」


 2人の不自然な雰囲気に、ジェフは何か気がついたように息をのんだ。


「もしかして、2人しか知らない通路があるの?!エントも知らない、道が……」


「あ?まぁ、そんなところだな!」


 少しの間を空けて、ジェフの言葉に便乗するように、コダが慌てて大声でそう返す。




ーー絶対に嘘だ。


 コダもグリフも嘘をついている。2人の様子から、タカオはそうとしか思えなかった。闇の者も、森の者も入ることの許されない王都と城。地下通路を通って近くに行くだけで、中には入れるとは思えない。


 そもそも、地下通路も塞がれているとしたら、通る以前に入ることも出来ないはずだ。


「エントか」


 タカオはそう呟き、ジェフはまた、次から次へと質問を繰り出し、コダとグリフを困らせていた。ライルは紅茶を飲みながら、タカオにそっと呟く。


「タカオさん、どうかあの2人のわがままに付き合ってやってください」


 ライルはどこか悲しそうに微笑む。


「やっぱり、地下通路を通っても、通り抜けるなんて出来ないんですね」


 タカオがそう言うと、ライルは頷く。


「ええ。入ることができるかも分かりません。もしかしたら2人は、ウェンディーネのちからでなんとかなるかもしれないと考えているかもしれませんが……」


 ライルは初めから、通ることが出来ないことを知っていたのだ。タカオはライルの言葉を遮る。


「それじゃあ、どうしてあの地図を?」


 コダとグリフはジェフの質問攻めにあい、コダが苛々とし騒がしくなり始めたところだった。


「100年前、あの2人は王都で暮らしていたんです。ほんの短い間でしたが、彼らの全ては、まだあの場所に残したままです」


 タカオは、森がこんなことになって、その当時に彼らに何が起きたのか、その前はどんな暮らしだったのか、知りもしない。


「……突然、なにもかも奪われたんですね」


 そう、想像する以外には何もできなかった。ライルは2人に聞こえないように、さらに声を小さくする。


「過去を見つめる時が、必要だと思うのです。王都で暮らしていた者たちに、別れを言えぬまま、彼らは離れ離れになったので……」


 ライルはそこで言葉を切ると、彼らを見る。


「何かひとつのきっかけがあれば、きっと向かっていけます。シルフを助けるために、“ついで”に王都に寄る。それでもいいから、あの2人には、過去を乗り越えてほしいのです」


 ライルの眼差しはひどく哀しげだった。ライルには2人の気持ちが分かるのだ。それはきっと、自分も同じだからだろう。


「ライルさんは……、いいんですか?一緒に王都までいかなくて」


 タカオの言葉に、ライルは一瞬驚いたように目を見開いた。それから視線をそらすと、困ったように笑った。


「あなたは、私の知り合いによく似て、余計なところにまで気がつく人ですね」


 タカオはなんて返したらいいのか分からず、困った顔をしていると、ライルは噛みしめるように最後に言った。


「ええ、私にも心の整理をする時間が必要です。けれどその前に、やるべきことがある」

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