契約の森 精霊の瞳を持つ者
18.
昨日まで村を覆っていた、不安や困惑は、すっかりと消え去っていた。空はどこまでも青く、村を吹き渡る風はこれまでにないほど穏やかだった。
朝になっても村の水はまだ引いていなかったけれど、村人達はそれぞれの庭に木の板をわたし、橋をかけた。その庭を飾り付け、屋台をだし、音楽を鳴らす。村じゅうの庭がお祭り会場と化していた。家によってその様子は異なり、どこにいっても子供達は楽しそうだった。
音楽と笑い声でやっと目を覚ましたタカオは、ぼんやりとした頭で辺りを見渡す。土と草の香りと、動物のにおいが鼻の辺りを漂っている。コダの馬の勢いのよい鼻息がきこえると、今日が昨日の続きであることを知った。
干し草の上で寝転んだまま伸びをすると、頭を付き合わせて寝ていたはずのコダがいないことに気が付いた。勢いよく起き上がると、やはりコダは消えていた。干し草の上にも、馬達の近くにもいなかった。荷物だけが昨日と同じようにそこにある。
「もうどこかに行ってるのか」
眠たさをかみしめて、このまま干し草から降りようか、それともコダが戻ってくるまでもう一眠りしておこうかと、タカオは頭をぐらぐらとさせながら考えていた。
疲れている、というよりかは、全身が筋肉痛のせいで少しの筋肉を使うだけで痛みが走る。
「今日は、絶対安静だって、イズナならそう言うはずだ」
タカオは勝手にそんなことを言うと、干し草の上に再び倒れこむ。
「そんなこと言わないけど。グリフが呼んでるから早く準備して」
頭の上からイズナの声が聞こえると、タカオはうつ伏せになったままで勢いよく声のほうへ振り返る。昨日は閉じていた木の窓扉が開けられ、そこからイズナが無表情で見下ろしていた。
「わっ……!イズナ!」
まったくの勘だったけれど、これは逃げたほうが良いような気がする。タカオはそんな直感が働いていた。コダの姿が見えないことも何故だか関係しているような気がしてならなかった。
タカオは逃げるように奥に行こうと干し草の上を這う。けれどそれよりも早く、タカオの腰あたりのシャツをイズナは掴んでいた。
「うだうだ寝てるなら、叩き起こしてこいって言われてる」
イズナは掴んだ手に力を入れる。振り返ってイズナを見ると、その目は真剣だった。イズナのグリフに対する気持ちなら、タカオだって知っていた。それだけに、グリフの言ったことを完璧に遂行するだろうとすぐに理解した。
「分かった!分かったから!」
タカオにとって、イズナの力は未知数だった。この村にレッドキャップが襲ってきた時、イズナは顔色も変えずに戦っていた。グリフやコダと同じくらい強いはずだ。
それにーー。
「あ!」
タカオは考えの途中で急に大声を出すと顔をあげた。イズナはタカオが逃げる策でも思いついたと思ったのか、今度は両手でタカオのシャツを掴みなおした。
けれど、声を上げたのは別の理由だった。
ーーレッドキャップのせいでうやむやになってたけど、ミサキ神の件。
『あの神社の神となり、人間にイヅナと呼ばれ焼き出された神だ』
そして、白狐が渡せといった木の箱はどこへやったのか、まったく記憶がないということを突然に思い出していたのだ。
ーーしまった。あれどこやったんだっけ。
タカオは頭を抱えて、この際、干し草に頭ごと突っ込みたい気持ちになっていた。
「タカオ」
ついにイズナが不審な声を出す。タカオは慌ててごまかそうとするけれど、うまい言い逃れはなにも思いつかなかった。かといって、イズナに直接ミサキ神かどうかを聞く勇気もなければ、あの木の箱を先に見つけなければ、話にもならないのだ。
「あ、えっと……そうそう!今日シアンがお祭りに行くって張り切ってて、シアもなんか見せたいものがあるって言ってて。あれなんのことなのかなー!すごい気にな……」
タカオがもう、出口のない迷路に迷い込んだような気がしてきたころ、イズナの表情が曇りはじめていた。
「イズナ?どうかしたか?」
なんだかよく分からないけれど、イズナはタカオが何かを隠していることに勘づいたのかもしれない。もしグリフに知られれば、きっと、それが何か探ろうとするはずだ。タカオはそれが恐ろしかった。
「イズナ?あの……」
イズナはタカオから手を離すと、腕で口のあたりを覆った。
「なんか臭い」
お祭りの賑やかな音楽が響くなか、タカオの困惑したような声が馬達の耳にも届いていた。
「え?」
朝になっても村の水はまだ引いていなかったけれど、村人達はそれぞれの庭に木の板をわたし、橋をかけた。その庭を飾り付け、屋台をだし、音楽を鳴らす。村じゅうの庭がお祭り会場と化していた。家によってその様子は異なり、どこにいっても子供達は楽しそうだった。
音楽と笑い声でやっと目を覚ましたタカオは、ぼんやりとした頭で辺りを見渡す。土と草の香りと、動物のにおいが鼻の辺りを漂っている。コダの馬の勢いのよい鼻息がきこえると、今日が昨日の続きであることを知った。
干し草の上で寝転んだまま伸びをすると、頭を付き合わせて寝ていたはずのコダがいないことに気が付いた。勢いよく起き上がると、やはりコダは消えていた。干し草の上にも、馬達の近くにもいなかった。荷物だけが昨日と同じようにそこにある。
「もうどこかに行ってるのか」
眠たさをかみしめて、このまま干し草から降りようか、それともコダが戻ってくるまでもう一眠りしておこうかと、タカオは頭をぐらぐらとさせながら考えていた。
疲れている、というよりかは、全身が筋肉痛のせいで少しの筋肉を使うだけで痛みが走る。
「今日は、絶対安静だって、イズナならそう言うはずだ」
タカオは勝手にそんなことを言うと、干し草の上に再び倒れこむ。
「そんなこと言わないけど。グリフが呼んでるから早く準備して」
頭の上からイズナの声が聞こえると、タカオはうつ伏せになったままで勢いよく声のほうへ振り返る。昨日は閉じていた木の窓扉が開けられ、そこからイズナが無表情で見下ろしていた。
「わっ……!イズナ!」
まったくの勘だったけれど、これは逃げたほうが良いような気がする。タカオはそんな直感が働いていた。コダの姿が見えないことも何故だか関係しているような気がしてならなかった。
タカオは逃げるように奥に行こうと干し草の上を這う。けれどそれよりも早く、タカオの腰あたりのシャツをイズナは掴んでいた。
「うだうだ寝てるなら、叩き起こしてこいって言われてる」
イズナは掴んだ手に力を入れる。振り返ってイズナを見ると、その目は真剣だった。イズナのグリフに対する気持ちなら、タカオだって知っていた。それだけに、グリフの言ったことを完璧に遂行するだろうとすぐに理解した。
「分かった!分かったから!」
タカオにとって、イズナの力は未知数だった。この村にレッドキャップが襲ってきた時、イズナは顔色も変えずに戦っていた。グリフやコダと同じくらい強いはずだ。
それにーー。
「あ!」
タカオは考えの途中で急に大声を出すと顔をあげた。イズナはタカオが逃げる策でも思いついたと思ったのか、今度は両手でタカオのシャツを掴みなおした。
けれど、声を上げたのは別の理由だった。
ーーレッドキャップのせいでうやむやになってたけど、ミサキ神の件。
『あの神社の神となり、人間にイヅナと呼ばれ焼き出された神だ』
そして、白狐が渡せといった木の箱はどこへやったのか、まったく記憶がないということを突然に思い出していたのだ。
ーーしまった。あれどこやったんだっけ。
タカオは頭を抱えて、この際、干し草に頭ごと突っ込みたい気持ちになっていた。
「タカオ」
ついにイズナが不審な声を出す。タカオは慌ててごまかそうとするけれど、うまい言い逃れはなにも思いつかなかった。かといって、イズナに直接ミサキ神かどうかを聞く勇気もなければ、あの木の箱を先に見つけなければ、話にもならないのだ。
「あ、えっと……そうそう!今日シアンがお祭りに行くって張り切ってて、シアもなんか見せたいものがあるって言ってて。あれなんのことなのかなー!すごい気にな……」
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なんだかよく分からないけれど、イズナはタカオが何かを隠していることに勘づいたのかもしれない。もしグリフに知られれば、きっと、それが何か探ろうとするはずだ。タカオはそれが恐ろしかった。
「イズナ?あの……」
イズナはタカオから手を離すと、腕で口のあたりを覆った。
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