契約の森 精霊の瞳を持つ者
17.
タカオは考えを巡らせていた。なぜ名前をつけたのかと聞かれても、特に理由はないような気がしていた。
「なんとなく、そう思ったからだよ」
そう言って、それが違うと気がつくまでに時間はかからなかった。
「いや、違うな」
タカオは視線を天井に投げて考え込んでいた。コダはもう興味のなさそうに、大きなあくびをしている。
「あの場所がひどく恐ろしいから、名前をつけたんだ。それに、忘れてはいけないからだ」
タカオはサーカス墓場のことを考えていた。血だらけのオーガに止めを刺したこと、血に飢えたレッドキャップ達のことを。それから地下のこと。あそこには、もう聞こえはしない悲鳴がありありと残っていた。
コダを見ると、眉間に皺をよせてタカオを見ていた。きっと理解できずにいる。恐ろしいからといって名前をつける必要はないはずだと、コダの顔はそう言い出しそうだった。
「分からないことは、ずっと恐ろしいんだ。でも名前をつければ、ずいぶんと落ち着くよ」
タカオは慌ててそう付け足した。コダは少し分からなくもないと思ったのか、眉間の皺はだいぶ薄くなっていた。
「名前か……」
コダはそう呟くと、ため息をはきだした。コダに伝わったのか、伝わらなかったのかは分からないけれど、タカオはもうどうでもよくなっていた。それよりも自分の考えに没頭していた。
「でも、素晴らしいことは、言葉にしないほうがいいのかもしれないな」
今では先ほどと逆のことを言いはじめたタカオを、コダは呆れて天井を見上げるばかりだった。
「今度はなんだよ」
「いや、だって、どんなに心が満たされても、言葉にすると思っていたよりそうでもない、というか。わかるだろ、そういうの」
コダは寝転ぶのをやめて起き出すと、大きなため息をはきだした。それは大きな大きなため息だった。
「それは単に、感情に見合うだけの言葉を知らないだけだろ。だいたい、どんなにちっぽけになったとしても、言葉にして誰かと分かち合えること以上に、素晴らしいことはない……って、なんだよ。にやにやして」
コダの話の途中から、タカオはどうしても顔が緩んで仕方がなかった。
「いやだって、なんかジジくさいこと言うなと思って」
そう言ったのは、ただ、ごまかすためだった。グリフとケンカしている時にそういったことを少しでも思い出せば、いがみ合わなくてもよいのでないかとタカオは不思議に思う。
タカオの中には色々な思考が溢れて、これは面白いのか、嬉しいのか、寂しいのかもしれないし、そんな何種類かの言葉には何一つ当てはまらなかった。
結果的に笑っていたけれど、コダの言うとおり、感情に言葉が追いつかず、分類できずに笑ってごまかすのことしかできなかった。
コダは微かに笑うと首を振った。
「お前の言うとおり、俺はもう随分とジジイだよ」
その瞳の奥には、これまでの多くの記憶が詰まっている。
「行くところがないなら、もうお前も寝ろ」
コダは話を切り上げるようにそう言うと、干し草の上に置いていた荷物をどかす。
頭をつきあわせるようにして干し草の上に横になると、タカオはこれまでの疲れが一気に押しよせてくるような気がした。まるでスイッチを切ったように頭はぼんやりとして、もう何も考えられなかった。
その中で、コダの声が眠りに落ちる前に聞こえていた。
「……アルがいなくなって悲しいはずなのに、そうじゃなかった。俺は今、怒っているんだ。あいつは俺を、頼りもしなかった。違う、そうじゃない……」
タカオはぼんやりとした意識の中で、コダの言葉に追いつこうとしていた。
「ああ、分かるよ……感情はいつも何層にもなって、1番底にたどり着くには、時間がかかるんだ」
タカオはもう自分がそう言ったことも記憶しないまま、深い眠りについていた。
「なんとなく、そう思ったからだよ」
そう言って、それが違うと気がつくまでに時間はかからなかった。
「いや、違うな」
タカオは視線を天井に投げて考え込んでいた。コダはもう興味のなさそうに、大きなあくびをしている。
「あの場所がひどく恐ろしいから、名前をつけたんだ。それに、忘れてはいけないからだ」
タカオはサーカス墓場のことを考えていた。血だらけのオーガに止めを刺したこと、血に飢えたレッドキャップ達のことを。それから地下のこと。あそこには、もう聞こえはしない悲鳴がありありと残っていた。
コダを見ると、眉間に皺をよせてタカオを見ていた。きっと理解できずにいる。恐ろしいからといって名前をつける必要はないはずだと、コダの顔はそう言い出しそうだった。
「分からないことは、ずっと恐ろしいんだ。でも名前をつければ、ずいぶんと落ち着くよ」
タカオは慌ててそう付け足した。コダは少し分からなくもないと思ったのか、眉間の皺はだいぶ薄くなっていた。
「名前か……」
コダはそう呟くと、ため息をはきだした。コダに伝わったのか、伝わらなかったのかは分からないけれど、タカオはもうどうでもよくなっていた。それよりも自分の考えに没頭していた。
「でも、素晴らしいことは、言葉にしないほうがいいのかもしれないな」
今では先ほどと逆のことを言いはじめたタカオを、コダは呆れて天井を見上げるばかりだった。
「今度はなんだよ」
「いや、だって、どんなに心が満たされても、言葉にすると思っていたよりそうでもない、というか。わかるだろ、そういうの」
コダは寝転ぶのをやめて起き出すと、大きなため息をはきだした。それは大きな大きなため息だった。
「それは単に、感情に見合うだけの言葉を知らないだけだろ。だいたい、どんなにちっぽけになったとしても、言葉にして誰かと分かち合えること以上に、素晴らしいことはない……って、なんだよ。にやにやして」
コダの話の途中から、タカオはどうしても顔が緩んで仕方がなかった。
「いやだって、なんかジジくさいこと言うなと思って」
そう言ったのは、ただ、ごまかすためだった。グリフとケンカしている時にそういったことを少しでも思い出せば、いがみ合わなくてもよいのでないかとタカオは不思議に思う。
タカオの中には色々な思考が溢れて、これは面白いのか、嬉しいのか、寂しいのかもしれないし、そんな何種類かの言葉には何一つ当てはまらなかった。
結果的に笑っていたけれど、コダの言うとおり、感情に言葉が追いつかず、分類できずに笑ってごまかすのことしかできなかった。
コダは微かに笑うと首を振った。
「お前の言うとおり、俺はもう随分とジジイだよ」
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