契約の森 精霊の瞳を持つ者

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8.

 村の入り口に現れたのは、腰まで水に浸かったタカオだった。


「タカオ!」


 ジェフが誰よりも早くその名を呼ぶ。急に大声で呼ばれたタカオは驚き、びくりとしていた。精霊の瞳を持つ青年はなんて言うだろうと、誰もが期待の眼差しで耳を傾ける。


「あ、えっと、ただ……」


 あまりにも多くの者達が待ち受けていたことに動揺したのか、タカオは照れ臭そうにそう言いかけた。先ほどまで次の足元を確認していたにも関わらず、動揺のために思いっきり次の一歩を踏み出した。


「あっ!それ以上進んじゃダメだよ!」


 なんにしたって、その言葉は遅すぎた。


「いッ!」


 最後の一文字は言えぬまま、タカオはずぼんっと水の中に消えていった。


「やっぱりな」


 グリフが呆れたようにそう呟く。


「やっぱりね」


 シアもなんとなく想像していたことだったために、驚きもしなかった。


「タ、タカオが死んだー!!」


 ジェフは驚いてわけの分からないことを叫ぶ始末だった。その言葉に皆驚き、いたるところからボートが集まり始めた。


 結局、すでにボートを漕ぎだしていたグリフが、水面に上がってきたタカオの首根っこを掴み引き上げた。引き上げられたタカオは、大きく息をして、何度も咳き込む。だいぶ水を飲んでしまったようだ。それでも起き上がろうと無理をする。


 グリフはそんなタカオの背中を力いっぱい叩いた。その拍子にタカオは飲み込んだ水をやっと吐き出した。


「おとなしくしてろ。一体、今の今まで何をしてたんだ」


 いつもの命令口調でグリフはそう言い、タカオがそれに返事をする間もなく、ライル達が待つ家へと向かう。周りはボートばかりとなり、水面は身動きがとれない状態だ。


「タカオさん!大丈夫ですか?」


 ライルはタカオを気遣い、自分の着ていた上着をかける。タカオが1人で戻ってきたということは、ライルもレノも全てを覚悟した。全てはもう終わりを告げている。そう受け止めはじめていた。


 ライルはタカオが何か言う前に、シアの手を握り、もう片方はタカオの肩を掴んでいた。


「タカオさん、ありがとう。シアを、子供達を助けてくれて」


 ライルのその言葉に村の者達も続いた。もう疲れて眠たそうな子供達もタカオの名を呼んでいた。


「シアンのことは仕方がなかったな」


 他の村の者がそうライルの肩を叩く。


「あんなに勇敢な子は他にいないよ」


 シアンがレッドキャップのアジトから抜け出したことはルースから伝わり、シルフのことと同様に、もう誰もが知っていた。子供1人で森の中に入るだなんて、大人のエルフでも、そんなことは誰にも真似できない。


「あの子は私達の誇りです。それが分かっただけで、私もレノも、シアも救われました」


 ああ、そうだ。あの子は勇敢だった。口々に誰もがそう言い、シアはじっと俯いていた。その中で、タカオは何故かにこりと微笑む。


「ライルさん、実はひとつお願いがあって」


 そう言って、ライルの腕を掴んだ。

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