契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

7.

 村の者達が入り口をじっと見守るなか、しばらくたってもタカオが戻ってくる気配はなかった。


「ねぇ、遅くない?もしかして迷子になってるんじゃない?」


 しびれを切らしたようにジェフはそう言うと、片手に持ったランタンを軽くあげて前に伸ばす。持ち手は細く頼りない。少し動かすだけで微かに金属の擦れる音がする。


 庭のすぐそばには水が迫り、ランタンの明かりはすぐ足元で反射した。


 こんな状態でも、全ての家が無事であることに、村の者達は古くからの決まりの意味を知る。


 村の家は全て、小さな丘の上に作らなけばならなかった。王都に住んでいたエルフや、護衛団がこの村に移り住む時も、例外など許されず、新たに家を建てるときは、昔からの風習に従った。


 今では、水は階段下の小さな門はおろか、階段のほんとんどを飲み込んでいた。高さで言えば、タカオの身長を上回るほどだ。


 村の入り口に近い家々の庭には、助けられた子供達やその親達がタカオの帰りを待っていた。ジェフとルースが用意したランタンは庭のふちに等間隔で並べられて、オレンジ色の明かりが足元を照らしている。


「迷子って、一本道で迷うかな……でも、お兄ちゃんならやりかねないかも。もう!私まで心配になってきちゃった」


 シアはライルのズボンの生地を掴む。本当のところ、心配ごとはタカオのことだけではない。それはライルも同じだった。レノの言うように、もしかしたら、タカオがシアンを連れて帰ってきてくれるかもしれない。そんなことはありえないと分かっていても、最後の最後までは、この考えを捨てられそうもなかった。


 ライルはシアの手をそっと握り、同じように心配そうな視線を村の入り口に送った。


「そろそろ、ボートを出しておこう」


 グリフはそう言うと、家に繋がれていた小さなボートに乗りこむ。村の入り口からは、水に何かが落ちる音や、フクロウが鳴く声が聞こえる以外は静かなままだった。


 グリフが乗り込んだボートの船首は、猫の尾のようにするりと見事なカーブを持ち、その先にはランタンが取り付けられている。頼りない微かな灯が、水面に落ちる。


 ユミルの家からも、イズナの許可がおりたレノを乗せて、みんなが集まっている家に向かっていた。彼女のボートは幅の広い安定したボートだ。ユミルのひとかきでボートはすいと一気に進む。


 イズナもそのボートの上で心地よい風に吹かれていた。ユミルのボートにはランタンを取り付けるような場所はなく、ボートの真ん中にランタンが置かれて、ボート全体がぼんやりとした灯に包まれている。


「アルの気配はしないのに、この風はなんだか懐かしい」


 イズナはそう呟いた。レノもそれに微かに頷いた。


「風の精霊様が言った新しい風って、きっとこの風のことなんだわ」


 レノとイズナは、タカオのことも、シルフとのサーカス跡地での戦いのことも、シアからすでに聞いていた。ルースも同じく、村の者達に全てのことを話していた。


 ユミルのボートが到着するのと同じくらいに、グリフのボートが村の入り口へと出発した。すると、村の入り口のほうからは、ざぶざぶと水を進む音がする。誰もが息を飲んで、その音を聞いていた。グリフも漕ぐのをやめて水面に揺られている。

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