契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

38.

 それは、前触れもなく上空からやってきた。斧でも振り下ろされたような凄まじい音と風が落ちてくると、オーガの言葉は途切れてしまった。


 グリフとコダは吹き飛ばされ、床に投げ出された。そしてその風はサーカスの廃墟の壁を一瞬にして外側へと吹き飛ばした。


 背筋が寒くなるほど、それは狂気の混じる風だった。タカオはすでに遅いにも関わらず、思わず耳を塞ぎ目を閉じていた。鋭い耳鳴りが襲う。


 恐る恐る目を開けると、土埃が漂うなか、そこにはウェンディーネの幼い背中があった。視界が悪いせいで、タカオはまるで幻でも見ているような気持ちだった。


「ウェンディーネ」


 まるで存在を確認するように彼女の名を呼ぶ。そしてその直後、息を飲んだ。ウェンディーネの正面には、見たこともない女性の顔があったからだ。


 ウェンディーネの愛らしい顔立ちとは正反対の、きりりとした、冷たく鋭い瞳がウェンディーネを通り越し、タカオを見つめていた。風はその女性から生まれていた。ごうごうと唸りを上げて、なびく髪が風の形をはっきりと見せていた。


 よくよく見れば、その人は風の刃をタカオに向けている。それをウェンディーネが身を盾にして守っていたのだ。まるで、金属が摩擦するような高音があたりに響いていた。


 そして幼いウェンディーネの腕には、風の刃がのしかかり、その腕を切り始めていた。


「ようやく起きたの?……シルフ」


 ウェンディーネは顔色を変えずにそう言うけれど、力が弱っている状態で攻撃を受け続けることは難しい。


「相変わらず、おせっかいね」


 シルフはそう言うと、冷たく微笑み、風の刃をさらにウェンディーネに押し付ける。


「どっちが」


 ウェンディーネは腕を傷つけられても構わずに押し返そうとする。けれどその声は明らかに疲れていた。ウェンディーネは息を切らせている。今にも倒れそうに彼女は苦痛の表情でシルフを見つめ返した。そのシルフの背後には、オーガが倒れている。


 先ほどの恐ろしい風の攻撃は、オーガに向かっていたのだ。あの頑丈な体はシルフの風によって切られ、今ではそこらじゅうに血が飛び散っている。


ーーシルフがオーガを倒した。


 タカオはシルフが自分を助ける為にオーガを倒したのだと思うと同時に、それならなぜ、今は風の刃を向けられているのかわけが分からなかった。


 オーガの呻く声が微かに聞こえると、タカオはどこかで安心していた。その感情にも戸惑っていた。


ーー敵は、倒すべきだ。


 そのために向けた剣だった。けれどオーガが生き延びたことに安堵してもいた。


「ひどく弱っているわね」


 シルフのその声にタカオは我にかえると、ウェンディーネは姿を保っていられず、床に崩れ落ちるように膝をついた。


 はじめにタカオが落ちた水路からウェンディーネはやってきたようで、水が逆流していた。けれどそれももう、重力に逆らえず、水は再び水路へと戻っていく。


 シルフは疲れ切ったウェンディーネを見て気が変わったのか、風を起こすのをやめた。今は浮いたままの剣の向こうにいる。















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