契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

34.









「ライル、レノの具合はどうだ」


 ウェンディーネのいる村では、レッドキャップの襲撃の爪痕が残るなか、誰もが怪我人の手当や壊された家の修復をはじめていた。トッシュは板を担ぎ、工具を運びながら、ちょうどユミルの家から出てきたライルにそう声をかける。


 ユミルの家はこじんまりとしていたけれど、庭には様々な種類の花が咲き、壁には蔦が手をのばしている。家の窓からもれる光によって、いくつかの葉は金色に輝いていた。


 ライルは微かに微笑むと、小さく頷く。


「さっきウェンディーネが手当をしてくれたので、あとは目が覚めるのを待つだけだと。今はイズナがついてくれています」


 そう言うと、トッシュの担いでいる板を自分が持とうと近づく。トッシュはそれに気がつくと、首を振った。


「少し休め」


 ライルはトッシュを見たあと、その向こうにあるお祭りの灯を見つめた。音楽は戻り、陽気に奏でられていた。


「母親達だよ。子供をさらわれた……まるで祈りのようだな」


 ライルの視線の向かう先に気がつくと、トッシュがそう言い、同じようにその音楽の聞こえる方向を見る。その隙に、ライルはトッシュが担ぐ板をとる。


「おいライル……!」


「レノが起きた時、子供達が戻って来た時、村がこんなにぼろぼろでは、みんな驚いてしまいます」


 ライルは息を吐き出した。疲れた吐息ではなく、腹に力を入れるように吐き出した。


「さあ、行きましょう」


 ライルは力強く歩き出す。陽気な音楽もまた、今まで1番大きな音で鳴り響いていた。


 ライルとトッシュが壊れた家へと向かっていると、泉の近くにある火をつけられた家の片付けをジェフが手伝っていた。その横で、ウェンディーネがやけどをした住人の手当をしていた。その光は弱々しく、誰の目にも、彼女が本来の力を使うことができないことは明らかだった。


「精霊様、私はもう大丈夫です。どうか無理をなさらないでください」


 逆に気を使われてしまう始末だった。ウェンディーネは不機嫌そうな顔でその場を後にする。すると、ジェフがウェンディーネを止めた。


「ねぇ、ウェンディーネにはタカオ達がいまどうしてるか分かるの?」


「見ようと思えばね」


 ウェンディーネの機嫌の悪さはどうにもならかった。力が自由にならないことがこれほど不便だとは、いまだかつてなかったのだ。


「あいつのせいで、私の力が……」


 ウェンディーネは恨めしそうに、タカオ達が向かった方向を睨みつける。ジェフは構わずにウェンディーネに近寄ると、嬉しそうに笑顔をみせた。


「やっぱり!じゃあさ、いまどうなったのか見てよ!」


 その言葉に、ライルもトッシュも目を光らせて小走りでやってくる。けれど、ウェンディーネの迷いのない力強い言葉にぎくりとして立ち止まってしまう。


「嫌だ」


 はっきりそう言うと、ウェンディーネは泉に戻ろうとする。ジェフは慌ててウェンディーネの腕を掴んで止める。


「ええ!待ってよ!ちょっとくらい、どうなったか教えてくれてもいいじゃん!タカオのことだもん!ぜったい無茶なことしてるに決まってるもん」


 ウェンディーネはため息をついて振り返り、ジェフにゆっくりという。


「レッドキャップも倒せないのなら、この森を進んでいけない。ここで倒れるなら、そういう運命だったのよ」


 ウェンディーネの冷たい言葉に、ジェフは怒ったように声を荒げた。


「じゃあ!じゃあ、なんで助けたの?!タカオとグリフをなんで助けたの?助けるってことは、ウェンディーネにとって大切な人なんでしょ」


 ジェフがまだ何か言おうとした時、ライルとトッシュが止めに入った。


「ジェフ!止めなさい!」


 トッシュがジェフをウェンディーネから引き離し、ライルがウェンディーネにかけよる。


「ウェンディーネ。タカオさんを助けたことが本当なら、あの人は本当に……」


 その言葉のあと、音楽はぴたりとやみ、誰もが驚く声があたりから聞こえる。全員が振り向くと、真っ黒な夜空に一筋の光が空高く向かっていた。驚いて声を出せないものもいた。その光は夜の森を明るく照らす。


「王家の剣が……」


 ライルは明るい夜空を見上げてそう呟いた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品