契約の森 精霊の瞳を持つ者
55.
屋根裏は、ひとつの窓から落ちる月明かり以外は暗闇だった。タカオは剣を手にすると、床に膝をついたまま、その小さな窓を見上げる。
見事な満月が空高くにある。それは、見慣れた月だった。
ーー本当に、ここはどこなのだろう。
今更そんなことを考えても、答えは出ない。月を見上げて、何度か自分の目線の先を横切る鷹を目で追う。剣を掴む手に力が入る。
この家で目覚めたとき、どれが現実か分からなかった。そもそも全てが夢ではないかとすら思えた。けれど、今、タカオを襲う感情が、これが夢ではないことを証明していた。
痛いほどの怒りが、体の奥深くから目覚めていた。その怒りは心そのものを破壊しかねないほど大きなものだった。自分の心が、まるで、倉庫にいたサラの、あの赤黒い炎に襲われているようだと感じていた。
それを振り払うように、勢いよく立ち上がり、踵を返して歩き出し、玄関へ向かう。これからのことを考えると、タカオにはコートが必要だった。
夜の森を進むなら、あの黒いコートが役立つだろう。ライルから貰ったものの中から目当てのコートを見つけると、袖を通す。レノがくれたシャツと同じように、それはタカオの体によく合い、動きやすい。
シャツに縫われた刺繍と同じものがコートにも縫われていた。
ーーこの模様には、何か意味があるのか……?
先ほどから、玄関のドアの向こうが騒がしいことには気がついていた。けれど、今のタカオにはそんなことはどうでもよかった。ブーツも履きかえた。準備は全て整った。
ドアを開けると、あの騒がしさは一瞬で消えてしまった。顔をあげれば、ライルの家の前には沢山の人がいた。それを見渡すと、誰の顔にも、驚きの表情が見える。
ライルが勢いよく顔を上げて、タカオと目が合う。ライルは顔を歪めて涙を流していた。ライルが何かを呟き、支えていたグリフの手を振り払うと、よろけながらタカオの元へ来る。膝をついてタカオを見上げると、突然大声を出した。
「この村はもう駄目です!早く逃げてください!ここもじきに、王都と同じ運命を辿るでしょう」
ライルは歯を食いしばり、膝に置いた手は震えている。タカオは静かにライルを見つめていた。それはただ、今のこの状況についていけず、何も言えないだけだった。
ライルは何も言わないタカオに続けざまに言う。
「あんなこと、もう2度と、起きてはいけないのに……王都のようには……」
そう言うと、膝に置いた手はきつく拳をつくる。タカオは、ライルが自分と誰かを勘違いしているのだろうと、すぐに分かった。
シアがさらわれ、レノは怪我をし、ライルは様子が変だった。おそらく、今のこの状況が、過去の出来事と重なってしまうのだろう。
そんな中で、タカオはライルの大切な友人の形見の品を身につけていた。きっと混乱して、その友人と勘違いしている。
ライルはタカオを見上げると、銀色の剣をもつその手を急に握り締める。何度も頷き、希望に満ちた目をタカオに向けた。
「100年……100年です。あなたが消えて100年。この日をどんなに待ったか。……この森は変わってしまった。どこもかしこも、みんな死んだようで……でも、あなたがいれば、この森はきっと、また、昔みたいに……!」
ライルは先ほどのことを忘れてしまったように叫んだ。
「さあ!閉ざされた王都に戻りましょう!……レノ!シア、シアン!出発しよう!待ちに待った日が来たぞ!!」
希望に満ちた顔で振り返ると、そこには暗い顔をした村人が大勢でライルを見守っているだけだった。
見事な満月が空高くにある。それは、見慣れた月だった。
ーー本当に、ここはどこなのだろう。
今更そんなことを考えても、答えは出ない。月を見上げて、何度か自分の目線の先を横切る鷹を目で追う。剣を掴む手に力が入る。
この家で目覚めたとき、どれが現実か分からなかった。そもそも全てが夢ではないかとすら思えた。けれど、今、タカオを襲う感情が、これが夢ではないことを証明していた。
痛いほどの怒りが、体の奥深くから目覚めていた。その怒りは心そのものを破壊しかねないほど大きなものだった。自分の心が、まるで、倉庫にいたサラの、あの赤黒い炎に襲われているようだと感じていた。
それを振り払うように、勢いよく立ち上がり、踵を返して歩き出し、玄関へ向かう。これからのことを考えると、タカオにはコートが必要だった。
夜の森を進むなら、あの黒いコートが役立つだろう。ライルから貰ったものの中から目当てのコートを見つけると、袖を通す。レノがくれたシャツと同じように、それはタカオの体によく合い、動きやすい。
シャツに縫われた刺繍と同じものがコートにも縫われていた。
ーーこの模様には、何か意味があるのか……?
先ほどから、玄関のドアの向こうが騒がしいことには気がついていた。けれど、今のタカオにはそんなことはどうでもよかった。ブーツも履きかえた。準備は全て整った。
ドアを開けると、あの騒がしさは一瞬で消えてしまった。顔をあげれば、ライルの家の前には沢山の人がいた。それを見渡すと、誰の顔にも、驚きの表情が見える。
ライルが勢いよく顔を上げて、タカオと目が合う。ライルは顔を歪めて涙を流していた。ライルが何かを呟き、支えていたグリフの手を振り払うと、よろけながらタカオの元へ来る。膝をついてタカオを見上げると、突然大声を出した。
「この村はもう駄目です!早く逃げてください!ここもじきに、王都と同じ運命を辿るでしょう」
ライルは歯を食いしばり、膝に置いた手は震えている。タカオは静かにライルを見つめていた。それはただ、今のこの状況についていけず、何も言えないだけだった。
ライルは何も言わないタカオに続けざまに言う。
「あんなこと、もう2度と、起きてはいけないのに……王都のようには……」
そう言うと、膝に置いた手はきつく拳をつくる。タカオは、ライルが自分と誰かを勘違いしているのだろうと、すぐに分かった。
シアがさらわれ、レノは怪我をし、ライルは様子が変だった。おそらく、今のこの状況が、過去の出来事と重なってしまうのだろう。
そんな中で、タカオはライルの大切な友人の形見の品を身につけていた。きっと混乱して、その友人と勘違いしている。
ライルはタカオを見上げると、銀色の剣をもつその手を急に握り締める。何度も頷き、希望に満ちた目をタカオに向けた。
「100年……100年です。あなたが消えて100年。この日をどんなに待ったか。……この森は変わってしまった。どこもかしこも、みんな死んだようで……でも、あなたがいれば、この森はきっと、また、昔みたいに……!」
ライルは先ほどのことを忘れてしまったように叫んだ。
「さあ!閉ざされた王都に戻りましょう!……レノ!シア、シアン!出発しよう!待ちに待った日が来たぞ!!」
希望に満ちた顔で振り返ると、そこには暗い顔をした村人が大勢でライルを見守っているだけだった。
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