契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

51.

ーーその血は、一体、誰の血だ。


 タカオは心の中でそう呟いていた。その度に、何か大きな足音が心のどこかから聞こえる。けれど、その足音を聞いてはいけない。それは、ウェンディーネではない何かだ。


 走りながら、タカオの左目は熱くなった。見える景色は異様にはっきりと見え、聞こえないはずの遠くの音も、はっきりと聞こえてくる。


 ユミルが腕を振り上げて、油断しているレッドキャップをなぎ倒す。腕が風を切り、レッドキャップの小さなうめきも、骨が歪み軋む、そんな音でさえも聞こえていた。


 グリフの動きはまるで線のようにしか見えない。一直線にレッドキャップに向かう。


 ライルは静かに、剣先を動かしたかと思うと、次の瞬間にはレッドキャップを切りつけていた。


 タカオの横を走っていたイズナは、突然姿を消す。気がつくとタカオのずっと先にいる。そして再び消えると、イズナの通った後にはレッドキャップが次々と倒れて行く。グリフとは違い、イズナは点で動いているようにしか見えなかった。その見えた姿すら、もう残像となっていた。


 ライルをはじめ、ユミルやグリフ、イズナのおかげで、レッドキャップの数はだいぶ減っていた。


「すごい……!」


 次々とレッドキャップ達が倒れる光景を目の当たりにして、無意識にタカオは走りながらそう呟いていた。
 レッドキャップに突っ込んで行って、体当たりしよう。そんなことくらいしか考えていなかったタカオとは、彼らは全く次元が違う。


 それでも、残ったレッドキャップ達が動じることはなかった。相変わらず、微かな笑いを消さないままだった。タカオはそれに違和感を感じていた。


ーー何か、あるのか。レッドキャップ達には、何か目的のようなものがある。


 けれどその何かは分からない。これだけ仲間が倒されているにも関わらず、次は自分かもしれない、この状況で逃げ出すわけでもなく、新たな手に出るわけでもなく。


ーーまるで、わざと倒されているみたいだ。わざと、注意を引いている。


 タカオが自分の走る遅さにうんざりとしはじめていた、そんな時。ライルの家の中から、ガラスの割れる音が聞こえた。こんな騒動の中でその音を聞いた者は、タカオと、はじめから知っていたレッドキャップ達だけだろう。


 その音が聞こえると同時に、レッドキャップ達はライルとユミルだけを狙いはじめた。もうグリフにも、イズナにも興味がないように背を向ける。


 大きなナタが暗い闇を閉じ込めたように真っ黒にみえ、それがライルとユミルを襲った。ユミルがどんなになぎ払っても、レッドキャップは次々と2人に向かう。倒れていたはずのレッドキャップ達も立ち上がり、それはものすごい数となっていた。


「レノ!家の中にいろ!」


 レッドキャップの不気味な行動にライルはそう叫ぶ。誰もがそれが安全だと思っていた。けれど、タカオの声が大きく響き、それを止めさせようとした。


「やめろ!ドアを開けるな!!」


 その言葉は遅く、レノはシアを抱いたまま玄関のドアを開けたところだった。扉を開けたまま、レノがタカオのほうを振り返る。ライルもタカオの言葉に何事かと、レッドキャップの存在も忘れて後ろのレノを見ていた。


「そんな…….」


 ライルの小さな呟きが、タカオに届く。レノが開けたドアの向こうは、闇が広がっていたのだ。
 その暗闇に、赤く濁った目が無数に揺れている。闇の中からは、浅黒い肌の腕が伸び、黒く伸びた爪をつけた手がシアを掴む。それは一瞬の出来事で、シアはレノから奪いさられ、暗闇に吸い込まれてしまった。


 レノは奪われたシアを取り戻そうと、シアの名を叫びながら、闇の中のレッドキャップに飛び込む。


「シア!レノ!!」


 ライルの声が響く中、次の瞬間、あの黒いナタが躊躇することもなくレノを切りつけていた。


 闇の中からは笑い声が漏れている。
 

 レノはその場で膝をつき、レッドキャップ達により、ドアは大きな音をたてて閉められた。廊下を走る音、食器が落ち、割れる音、壁に爪を立てて走り回る音が重なって響いた。


 食事をした部屋を抜け、裏庭へと出る。そしてそこから、あの茂った草に飛び込んで森へと帰っていく。タカオには、見えてはいないけれど全てが聞こえていた。


「ウッドエルフ……捕まえた。これで数、増える。……殺せる数、増える」


 そう嬉しそうに言う声ですら、はっきりと聞こえていた。

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