契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

41.

 ライルがほんの微かに片方の足に力を入れ、今まさに踏み込もうとしている時だった。タカオは逃げ出すタイミングをずっと探していたけれど、ついには見つけられなかった。
 

 ところが、ライルの後ろにある窓が突然、妙な音を出した。まるで外からノックでもしているように、同じリズムで3回、窓を叩く音がする。さすがのライルも、それは不思議なようで思わず振り返ってしまったのだ。


 タカオは音の正体など気にもせず、このチャンスを逃さなかった。ライルが音に気をとられている隙に、タカオは俊敏に駆け出した。


「それじゃあ、ライルさん!」


 そう言った時には、すでに梯子に足をかけていた。


「あっ……!タカオさん!どこへ?!」


 ライルは窓と、それから正反対の場所にいるタカオを交互に見て、どっちをとるべきか悩んでいるようだった。


「お祭りです!」


 タカオはライルの悩んでいる姿を見て、可笑しそうに笑いながら軽快な足音を響かせて走り去った。






 タカオを取り逃がし、ライルは小さく肩を落とした。奇妙な音を出した窓を見ても、その音の正体は謎のままだった。仕方なく、ライルは手に持った剣と小さな箱を海賊の宝箱のような箱にそっと戻した。


 箱をきっちりと閉めたとき、再び窓は奇妙な音を出した。先ほどと同じ、ノックをするような短い、しかしはっきりとした音が屋根裏に響く。


 ライルはすぐさま窓に近寄り、食い入るように見つめるけれど、窓の外には何も見えなかった。いつも通りの景色が広がっている。


 ライルはその小さな窓を、上に押し上げるように開けた。何年も開ける事のなかった窓はガタガタと錆び付いた音を出してやっと上がると、ぎくりとするほど冷たい夜風がお祭りの音楽と共に入ってきた。


 冷たい夜風にひるみながら、ライルは窓から頭だけを出して周囲を見渡した。しかし、窓の外には奇妙な音の原因と思えるものは何もなかった。


 ライルは原因を突き止めるのを諦め、部屋の中へ戻ろうとした。その時だった。窓から出たライルの頭の上から、得体の知れない何かが襲った。夕闇に紛れて風を起こし、鋭い爪でライルの頭を掴み、引っ掻いたのだ。


 ライルは驚き、その何かを手で払おうとしたけれど、窓が小さいために腕が窓の外には出せない。ライルは慌てて頭を部屋の中に戻した。額からは細い血の筋がたらりと流れている。


「あいつ、この村に来てるのか……!」


 血を拭いながらライルはそう呟くと、姿勢を低くして警戒しながら、窓を素早く閉めた。今にも割れそうなほど大きな音を立てて、窓は一気に閉まった。屋根裏はぴたりと全ての音を消したように静まりかえった。


「一体、なんの恨みがあるんだ……アーノルド」


 ライルがそう呟いたとき、下の階からレノの声が聞こえ、それはついに屋根裏に上がってきた。


「ライル?何かあったの?大きな音が……」


 レノは心配そうな様子で梯子を上がってくれ


「いや、いつもの奴だ。問題ない。それより、タカオさんがお祭りに行ったけど……」


 ライルがそう言っても、レノは屋根裏を見渡すばかりだった。


「レノ?何か探し物か?」


 ライルはレノに近づくと、その不安げな瞳をじっと見つめた。レノは自分でも落ち着こうと試みるように、ライルのまっすぐな瞳を見つめ返した。


 それから無理矢理にぎこちない笑顔をつくると、少し震えた声で、いたって明るく言った。


「シアが……部屋にいないの。見かけなかった?」


 明るい声に似合わないレノの青ざめた顔が、ライルの瞳にはっきりと映った。

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